100、卒園式
「天原久遠ちゃん」
「はい」
司会の先生に呼ばれて立ち上がり、私は壇上に立つ園長先生の元へ向かう。
「卒園おめでとう」
練習通りペコリと挨拶し、卒園証書をうやうやしく受け取り、席へと戻る。
そう、あれからあっという間に時は経ち、今日は卒園式だ。
思えばこの3年色々あったものだ。
年少の頃は自分から仕事を立ち上げていたが、年中になるころには大量のオファーが来て大変充実した日々を送っていた。
まあそのせいで園は休みがちだったが、顔を見せると園児たちや先生たち、みんなが暖かく迎えてくれた。
この幼稚園で特に印象に残ったことと言えば、やはりミュージカルだろう。
あのあと2月に再演し、大好評のうちに幕を閉じたライオンクィーンだが、翌年、翌々年にはまた違うミュージカルを行い、再び好評を博した。
初回は園全員参加だったが、2回目は年中と年長、3回目は年長だけ、と本来想定していた形に落ち着かせた。
私が英才教育を施していたから出来ただけで、普通こんなものは年中さん以下には難しいことなのだ。
そのミュージカルだが、初公演から翌年には既に採用する園も現れ、各自成功を納めたようだ。
私もいくつか見に行ったが、暇を持て余したプロが本気を出しただけあって中々のクオリティに仕上がっていた。
翌々年には更に増え、それなりにノウハウも蓄積され、効率化かつクオリティもアップした。
実施した園では子供たちが見違えるように変わったと大変好評だ。
こうして子供ミュージカルは広がり、定番行事として根付いていくのだろう。
中にはミュージカル以外の出し物をする園もあり、今後の発展が楽しみである。
そんなことを思い出していると、新調してピカピカになった体育館の壇上に再び園長先生が立つ。
「園児の皆さん、ご卒園おめでとう」
園長先生には本当にお世話になった。
幼稚園行事で私が何か思いついて、こうやりたいこうしたいと言うと、遠い目をしつつ穏やかな笑顔で頷いてくれるのだ。
その度にマスコミが大騒ぎして、どういう意図で行うのか、どんな教育効果があるのかと質問してくるのは困ったが、仕事が忙しい私に代わって園長が全て対応してくれて本当に助かった。
一時期抜け殻のようになっていた園長だったが、様々な経験を経て今では自信に溢れ若々しささえ感じる日本一有名な園長先生だ。
「元気いっぱいだった君たちの卒園は大変うれ、いや寂しく、切ない気持ちでありますが、これからの君たちの活躍が楽しみでもあります」
そう語る園長先生の顔はいつも以上に穏やかで、まるで何かから開放されたような透明な表情だった。
彼にならこの後入園する私の弟妹を安心して任せられるというものだ。
「続いて来賓の挨拶です」
来賓には知事のみならず、議員や著名人など明らかな超VIPが沢山並んでいて、保護者の皆さんが困惑していた。
私がひっかき回したせいでこの白鳥幼稚園は、毎日視察団がひっきりなしにくる最先端幼稚園として有名になってしまった。
このゲストの数を見てると、如何に私が好き勝手していたかがよくわかる。
しかし長いな、早く終われ。
「では卒園児を代表して、天原久遠ちゃん、お言葉をお願いします」
「はい」
「くおんさま~」
「くおんさま……」
私が立ち上がると、年下の子たちが泣きそうな顔をする。
「皆様、本日は私たちのためにこのような式を挙げてくださり、誠にありがとうございます。私たちは今日この良き日、卒園します。思い起こせばこの3年間、色々なことがありました……」
うーん。挨拶を頼まれたから「卒業生 挨拶 例文」で検索して真面目腐った文を考えてきたが、今思えばあんまり面白くないな。
折角この私が代表となったのだ、自分の言葉で伝えるべきだろう。
私は一応持っていた原稿をペイっと放り出し、胸を反らし腕を組む。
「我が騎士、いや仲間たちよ!この3年どうであった!」
いつものごっこ遊びのノリで語りかけると、阿吽の呼吸で返事がくる。
「はっ、久遠さま!楽しかったであります!」
「最高でした!」
「久遠さまと過ごせて、本当に良かったですわ!」
「ミュージカルをしたことは一生の思い出!」
「運動会も遠足も、久遠さまのおかげですっごく楽しかった!」
退屈そうだった子供たちが目を輝かせて声をあげる。
「そうか、私も本当に楽しかった。皆と過ごせて、一緒に沢山のことをして笑って遊んで、こんなに楽しい幼稚園生活をおくれるなんて思ってもみなかった」
大人の記憶を持つ私にとって、幼稚園など退屈で、ただつまらない時間だと思っていた。
でも実際には全然違った。
訳の分からないごっこ遊びをしたり、変なノリで砂場を取り合ったり、超本格的なミュージカルを成功させたり、楽しいことでいっぱいだった。
「それもこれも全ては最高の仲間たち、そして先生方のおかげです。特に先生方には大変苦労をおかけしました、いつも支えてくださってありがとうございました!」
「「「ありがとうございました!」」」
園児達が唱和すると先生たちは苦笑いを浮かべたり、涙を浮かべたりして拍手をしてくれた。
「そして騎士団諸君」
「はっ」
「うっ…くっ……」
「今日を持って解散だ!」
「はい……!」
「くおんしゃま……!」
「私の騎士として仕えたことを誇りに、この先も前を向いて生きて欲しい」
「解散しても俺たちはずっと久遠さまの騎士です……!」
「いつかまた、久遠さまの元へ馳せ参じます!」
「ふ、馬鹿どもめ、楽しみにしている」
3年間続いたこのごっこ遊びも、今日でお終いだ。
始めはただの子分で下っ端だったのに、今ではどこに出しても恥ずかしくない自慢の我が騎士たち。
きっと全員がひとかどの人物になるに違いない。
「最後に、私たちから先生、保護者の皆さま、在園児のみんなに歌を贈ります、私達の成長した姿を見てください」
そして本来の流れに戻し、卒園児全員による歌を歌う。
歌は普通の歌だ、よく卒園式で歌われる定番の曲。
あんなに難しいミュージカルを数こなした私たちにとって、その歌は大した曲ではなかったけれど。
これから新たなステージへと旅立つ私たちには、なによりも相応しい歌だった。
―――――――――――
「くおんしゃまぁぁ行かないでぇぇ~」
「おーよしよし」
式も終わって、私は級友たちと別れを惜しんでいた。
「小太郎、久遠さまを頼むぞ!」
「任せとけ!」
「スーちゃんも元気でねぇ!」
「うん!」
私はお受験をし、私立の超名門学園に進学することにした。
偏差値も高いが授業料も高い、上流階級の子息子女が多く通う学園だ。
……本当は女子校に通いたかった。
ハイソなお嬢様学園でお姉さまに甘えたり妹のタイを直したりしたかった。
だが高天原グループ次期総帥候補かつ月詠家の次期当主の私にそんなことは許されない。
金持ちのボンボンたちと交流を深め、将来の基盤を整える必要がある。
故に泣く泣く、ほんとーに仕方なく、共学へと進学することにした。
そんな上流かつ優秀な子供しか入ることが出来ない学園なので、級友たちとは全員お別れだと思ったが、なんと小太郎とスミレちゃんも一緒に行くという。
2人はどうやら結構なお金持ちらしい。
「久遠さま、小学校はどうシメますか?」
「シメんわアホ」
「わーいくおんちゃんと一緒だー」
正直嬉しい。
嬉しいがこのままだとスミレちゃんはともかく、小太郎が幼馴染枠になってしまう。
私をブス呼ばわりして真っ先に子分になったお調子者で天性の三下小太郎が幼馴染……。
私はどんな漫画でも幼馴染キャラが推しになるのですごく微妙な気分だ……。
さて、と。
「ミドリ先生、これ、みんなで買ったお花です」
「久遠ちゃんみんな、ありがとう、卒園おめでとう」
最後に、3年間ずっと担任だったミドリ先生に挨拶をする。
代表として私がみんなでお金を出し合い買った花束を渡す。
親の金ではなく、ちゃんと自分たちで稼いだお金だ。
「先生には大変な苦労をおかけしました」
「ふふ、ほんとよ」
始めは自分の立ち位置に苦悩していた新人教諭の姿は既になく、今ではすっかり逞しい頼れる先生になっていた。
ちなみに隣りのアオイ先生は去年辞めてアクセサリー職人になった。
「久遠ちゃんはほんとーに手が掛からないけど手のかかる子で、私は何度も心労で死にかけたけど、でも、楽しかったなぁ。こんな良い子たちと3年間ずっと一緒でさ……。こんなの、先生寂しいに決まってるよ……ヒック」
「おーよしよし」
私は泣いてしまったミドリ先生の頭を撫でる。
そういえば最初の頃はこうして励ましてたっけ。
「あー先生泣いてるー!」
「ばか、そっとしとけよ」
「ぜんぜーぃ、あだしもぉ~!」
「せんせ~おわかれヤダ~」
園児たち全員が集まってミドリ先生を囲んでもみくちゃにする。
「みんなぁ~グスッ、小学校でも元気でねぇ~」
恥も外聞もなく園児たちと一緒になって泣く先生。
こんな先生だからこそ、私も楽しく過ごせたのだろう。
先生、大好きだよ、今までありがとうございました。
私は頭を深く下げてお別れする。
「さて、いよいよ小学生か」
小学生になると仕事の幅が広がり、出来ることも色々増える。
やってみたいことも沢山ある。
なにより新たな出会いがあるかもしれない。
「楽しみだな」
天原久遠。白鳥幼稚園、卒業。
祝100話!
ここまで読んでくれてありがとうございます。
皆さんの応援のおかげでここまで続けることが出来ました。
引き続き、久遠の物語をお楽しみください。
あ、良ければ☆評価くれたりSNSで拡散してください泣いて喜びますm(__)m
100話に新章突入なんてキリいいじゃん、とか思ってましたが書いてみたら章終わりっぽいエピソードになってしまった……。
次回から新章突入します。