10、CM撮影
「う~ん、久遠ちゃんさぁ、ギャン泣き出来る?」
そうして始まった撮影当日。
私は大勢のスタッフの前で、自信をコナゴナに砕かれるのであった。
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「おはようごさいます!エターナルプロダクションの天原久遠です!今日はよろしくお願いします!」
宣材写真撮影から一週間後、今日はいよいよ私の子役デビューの日だ。
内容は幼児用スマホアプリのCM撮影。
開発はツクヨミゲームス。
ゴリゴリのコネである。
ちなみに直前まで決まっていた子役には
後日もっと良い役をあげるから大丈夫らしい。
納得して交代したならなによりだ。
「おお~小さいのにしっかり挨拶出来て偉いねぇ~」
さすが3歳、挨拶だけで褒められる。
撮影現場である郊外の家型貸しスタジオに着くと、スタッフたちはすでに忙しそうに走り回っていた。
スタジオには明るい照明がいくつも並び、スタッフたちがケーブルを整理したり機材をチェックしたりしている。
「そこのライト、もう少し左!」
私は邪魔にならないよう、隙を見てスタッフたちに元気に挨拶する。
挨拶は大事だ。
特に私はコネでねじ込んだわけだから、ワガママで礼儀知らずと思われてはならない。
謙虚に、それでいてこの子なら大丈夫、この子で良かったと思わせる必要がある。
「恵子さん、今日はよろしくお願いします。娘役の天原久遠です」
「あら〜かわいい子ねぇ。恵子です。今日は私があなたのママよ、宜しくね~」
母親役の女優、恵子さんにも挨拶をする。
「はい!頑張ります!」
「や~んかわい~」
「あの、私初めてなので、緊張して迷惑かけるかもですが……」
「大丈夫よ、お姉さんに任せなさい!ていうか私も母親役初めてだしね。ていうかまだ独身だし、彼氏もいないのに母親役って、もうそんな年なんだって、はは……」
「え、え〜っと、ぜ、全然!姉でいけますよ!見てる人お姉さんかな?って思いますよ!」
「はは、ありがとう。久遠ちゃんからみたら完全におばさんなのに。ごめんね気を使わせて……」
「はーい全員集合ー」
天の助け!
私は急いで舞台裏の監督の元へ向かう。
全員揃ったら監督の隣りに立つアシスタントさんが説明を始める。
「本日は幼児用アプリのCM撮影です。泣いている子供にお母さんがタブレットを差出し、子供は泣き止んでゲームに夢中になる。という内容です」
ふーん、親にとっては神のようなアプリだな。
タケルには妹がいて、姪っ子の子育てを手伝った経験があった。
子育てというのは本当に大変で、毎日大声で泣き叫ぶ姪っ子を相手に、妹はすっかり憔悴しきってノイローゼになってしまった。
姪っ子のあまりの暴れっぷりに、妹はいつか娘を捨てて逃げだすんじゃなかろうかと心配になったほどだ。
その姪っ子ももう中学生くらいか、元気だといいけれど。
そんな地獄を知っているので、実際に幼児を泣き止ませることが出来るなら、親としては是が非でも欲しいアプリだろう。
「これがそのアプリです」
タブレットを渡される。
ディスプレイにはカラフルで様々な形をした図形が動いている。
タップすると反応するようだ。
ほーん。
世のお子様はこれを見ると夢中になって泣き止むらしい。
きっと科学的に研究された成果なんだろうなぁ。
ま、精神が大人な私には通用しないけどね。
……………
「くーちゃんくーちゃん」
「はっ!」
気付けば私は無心で画面をタップしていた。
恐ろしい、流石科学の粋を集めた最新アプリ。
幼児の心を操るなど容易いと言うことか。
「わぁーとっても楽しいですねこれ」
「はっ、ありがたき幸せ!」
この妙に畏まっているのは多分ツクヨミゲームスの人なんだろうなぁ。
ものすごく緊張しておる。
あまり話しかけると倒れそうなので監督に目を向ける。
年齢は30代くらい、CM作りには定評があるのだとか。
「えーそれで久遠ちゃんには特にセリフはないので、泣いてるところから入って、アプリを渡されたらピタリと泣き止んで、その後はアプリで遊んでくれたら、あとは大丈夫です」
流石に3歳児に演技なんて求めないか。
いや自発的に泣くのは難しくないか?
でも幼児なんて常時泣いてる様なものだからなぁ。
なにか泣かせる手段があるのだろう。
「お母さん役は最初オロオロして『泣き止んで〜』とあやしてください、それから『そうだ!』とタブレットを取り出しアプリを起動、久遠ちゃんに渡してください」
「はい」
「泣き止んだら『ほんとに泣き止んだ……ありがとうナキヤメアプリ!』と手を組んで神に祈るようにしてください」
そりゃ神に祈るわ。
「あとは『ナキヤメアプリ、ググレストアから今すぐダウンロード!』と言って終了です、声は別撮りになります」
「わかりました」
さっきは自虐してた恵子さんも、今は別人の様に真剣な表情だ。
「よし、じゃあ皆で良い作品を作ろう」
監督が締めくくる。
そう、これはプロの仕事。
皆で真剣に一つの作品を作り、
最高のものをクライアントに納めるのだ。
アプリの売り上げは私にかかっている。
アプリ開発者やスポンサー、多くの期待を背負っている。
汗ばんできた手をギュッと握る。
さあ、ついに子役デビューだ。
気合入れていくぞ。