第三話
本日の更新は、第三話、第四話となります。
そう思った瞬間、瑠奈は何も考えられなくなった。
(でも、一体……え……? 何が、どうなってるの……?)
通話相手が出ない電話は、諦めてとうとう切った。そして、瑠奈はゆっくりと店内を見渡す。
勿論、棚やショーケースで所々視界は遮られている。それでも、何故か先程より娘の居場所がはっきりと見える様な気がした。
それは、不意に何かに気付いたかの様な瞬間だった。
そうだ。以前から、瑠奈は胸に消し去れない違和感を感じていたのだ。
それは、家でも理解できない事が多々起きていたから。
だから瑠奈は正直、脳味噌が捉えている現象が現実なのかも、もう信じられなくなっていたのだ。
最近、家では毎晩の様に夫婦喧嘩をしていた。恐らく、瑠奈達はソレでもお互いできるだけ会話をしようと努めてはいたのだろう。
ただ、そうしようとする度に、結局言い争いになってしまうのだ。
そしてそれは、口論だけではなく時には物理的な被害をももたらすのだった。
だが、何故かそんな喧嘩の最中に壊れた物は、次の日には元に戻っているのだ。
例えば、卓が勢いに任せて割ってしまった皿。そんな物が、ふと気が付くと棚に仕舞ってあったり。
夫が張り倒した際に他の家具に当たって背もたれの部分に罅が入ってしまった椅子。それが次の朝、まるで何事もなかったかの様に元の状態でテーブルの下に治っていたり。
最初にそれが起きた時、瑠奈は一瞬驚いたものの、きっと自分の思い違いだったのだろうと考え、あまり気に留めなかった。
だがそれが二度、三度と続いた時、何かがおかしいと思い始めた。
『どうして、まだコレがココにあるの?』
そう考え始めた途端、他にも奇妙なことに気付き始めた。
食べてしまった食料品がパントリーに収納されていたり。注文してもいない商品が通販から送られて来たり。
一つ一つ取れば、大した問題ではないのかもしれない。或いは、どこか「お得」な気分になることでもあるのかもしれない。
それとも、ただ瑠奈が忘れっぽくなっているだけなのだろうか。実際は、ちゃんと家の中に存在しているべき物ばかりなのだろうか。
そして、彼女が一々気にし過ぎなのだろうか。
ただ、数日毎に予期せぬ発見があるのは、不思議……或いは、気味が悪い。
だって、無い筈のモノが、その存在をまだ主張している様ではないか。
でも、流石に娘がいなくなるのは、大事だ。
(カンナは……? 早く……早く、見つけなきゃ……)
以前テレビか何かで、『誘拐犯は実は身近な人』と聞いた様な気がする。
でも、瑠奈達家族は一緒に住んでいるから、そんな筈は無い。
無いのだが……
そう考えながらも、瑠奈の足はスーパーの出口の方へと進む。視界の隅で、店の人が慌てた様子で店内を走っているのが見えた気がした。
一つ目の自動ドアを出ると、ムワッとした空気に体当たりする。
幾つも並んだショッピングカートの脇を通り、二つ目の自動ドアを出ようとした所……
「すみません! 確か、高木様でいらっしゃいましたよね?」
店内にいる誰かから呼び止められた。
まさか、カンナが見つかったのか? そう期待しながら、瑠奈は自分の名前を呼んだ女性の方を勢いよく振り返る。
スーパーの店員さんだ。何度かレジで対応してもらった事がある。ポイントカードも見せた事があるから、それで瑠奈の名前を覚えていたのだろうか。彼女の名前は確か……「飯田」さん?「飯村」さん?ではなかっただろうか。
「お呼び止めしてしまい、申し訳ございません。あの、いつもご贔屓頂き、ありがとうございます。あの、私、飯村と申します」
彼女はそう言いながら、自分のエプロンに付けられている名札を示した。
「あの、お嬢様を探していらっしゃるとの事でしたが……その……」
その「飯村さん」と言う人は、言いにくそうにスーパーの中を振り返る。よく見ると、最初に瑠奈に声をかけて来た店員と、もう一人、ワイシャツを着た男性が彼女の後ろの方に立っている。
「誠に申し上げにくいのですが、その……」
「あの、すみません……娘は……娘が、見つかったんですか?」
瑠奈は彼女の言葉の続きを促す様に、質問する。見つかっていないのなら、早く外に出て探したいのだ。
早く。この気持ちをどうにかさせてくれ。
「その、本日ご来店頂きました時は、その……高木様は、お一人だったご様子でしたが」
「え……?」
何を言っているのだ、彼女は。どうしてそんな事を思ったのだ。
「えっと、あの……どうして、そんな……」
息が詰まる気持ちを抑え込みながら、瑠奈は訊こうとした。
「あの、申し訳ございません。先程高木様がご来店なさった時、私偶々青果売り場におりまして。そして、その、高木様がその時お一人だったのを見ておりまして……」
「あ……」
そう……なのか? 娘と一緒には来なかったのか、今日は? 娘は、ここにはいないのか?
その時だった。
未だ手に握りしめていた携帯が、ピコン!と鳴る。画面を見ると、誰かからテキストメッセージが届いていた。
「えっと、あの……ちょ、ちょっと失礼します!」
そう店員達に言いながら、瑠奈は慌てて携帯のメッセージをチェックする。
杉沢涼子さん。確か、同じ棟の一階に住んでいる、幾つか年上の女性だ。
『ちびっ子たちとやっと図書館から帰って来ました〜♪
外暑かったー!
杏奈ちゃんのお迎え、いつでも大丈夫です!』
そんな言葉が、瑠奈の携帯に届いていた。