表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このセカイの偽りを俺だけが知っている  作者: 蒼風
Ⅰ.ラブコメ前夜の静けさ
8/13

6.突然の早口はオタクの特権。

・当サイトでの更新は「11.そして物語はゆっくりと転がり始める。」までとなります。

・以降はカクヨム版(URL:https://kakuyomu.jp/works/16817330667625191142)をご覧ください。

 もくもく。


 もくもく。


 もくもくもくもく。


(き……気まずい……)


 俺が文芸部室に入ってからかれこれ十分くらい、ずっとこんな感じだ。部室の中央に縦向きに鎮座する長机。その、部室の入り口から向かって左奥に千代(ちよ)。右手前に俺。お互いに弁当箱を広げ、ただただ昼食を取っている。


 もくもく。


 もくもく。


 もくもくもくもく。


 うーん、困った。


 もちろん、こちらからアプローチをかけてもいい。いいんだけど、それにしては大分遠くに陣取ってしまった。


 長机に対してパイプ椅子は三つ。後二つほど部室内にあるにはあるが、長いこと使っていなかったのか、畳んだうえで壁に立てかけて置いてある。


 そして、座れるになっている三つのうち二つが向かい合うようになっているのにも関わらず、よりにもよって「千代と向かい合う位置にない椅子」に腰かけてしまったのだ。この微妙な距離感がまた話しかけづらくしている。


 それだけではない。


 千代の反応もある。


 先ほどがっつりとパンツを見てしまったのはもちろん、俺に責任がある。あると思うのだが、彼女がそれを「自分の責任」と思っている節があるのだ。


 聞けば「俺(宗太郎(そうたろう))はいつもノックはしないので、きっと教師か、新入部員候補ではないかと思った」のだとか。


 それで微妙に緊張してドアを開けようとして、椅子の足にひっかかり、転んで尻もちをつき、見事にスカートを御開帳したところに俺が入ってきてしまったというのだ。


 その話だけを聞けば、イレギュラーなことをした俺が悪いと思うし、そうでなかったとしても、殆ど事故なのだから、どちらかに責任があるとは思えない。


 思えないのだが、千代はずっと自分に責任があると言って譲らず、さっき話かけようとしたときも「ご、ごめんなさいっ!」と言って謝りだしたので、こっちが引いたのだ。


 改めて納得する。


 これはラブコメ始まらないわけだわ。


 簡単な話だ。千代は割と自己肯定感が低い。


 その中でも恋愛に関する部分は特に低い。


 つまりどういうことかって?「自分は男子にモテるような魅力が全然ない」って思っちゃってるってこと。


 だから、そんな自分のパンツなんて宗太郎は見たくなかったに違いない→見せてしまって申し訳ないという形になって謝罪してしまうのだろう。なんと謙虚なことか。


 さっきまでの二人……というか明日香に爪の垢を煎じるどころか切った爪を直接口にねじ込んでやりたい。


 まあ、あれはあれで魅力があるといえばあると思うけど。でも、それくらいすれば、暴力性がもうちょっと緩和される気がするんだよね。体感して思ったけど、暴力性の高いヒロインって良くないわ。


 超のつく筋金入りのマゾなら話は別なんだろうけど。俺はドのつくくらいのノーマルだ。ぶっちゃけデメリットしかないし、一ミリも可愛いと思う要因にならない。フィクションだから許されるのかもしれない。


 とまあ、粗雑な幼馴染の話はさておいて千代だ。


 今、彼女は自分が「汚いものを見せた」という認識でいる。そんなことある?って思うけど、多分そうだ。


 さて、どうしたものか。


 正攻法で話を進めても余り意味が無い気がする。


 何か糸口はないものか。俺は千代……は見てると気付かれそうだから、彼女の周辺を除いた、部室内をざっと見渡す。


 扉ごとの間隔からなんとなくわかってはいたけれど、室内は奥に広い長方形の形をしている。


 そして、それに輪をかけるようにして、両側にはずらっと本棚が並んでいるため。実に奥に縦長な室内構造となってしまっている。なんて言うんだっけ、こういうの。ウナギの寝床?そこまではいかないか。でも、奥に細長いのは事実だ。


 当の本棚には小説だとか、ラノベだとか、文芸部っぽいものがずらっと並んでいる。これらはきっと、歴代の文芸部員が買ったり、置いていったりしたものなのだろう。


 その一角にぽつりと、電気ポットと、カップの類やティーバッグなんかが置いてあるエリアがあった。これは恐らく私物だろう。当然、俺では無く千代のものだ。きっとこのポットで入れた紅茶を片手に、二人で静かな時を過ごしていたのだろうという想像が出来る。いや、今も静かだけどね。一応は。


 そんな、平常時の光景にも思いを馳せながら、視線を移していくと、


「あ。『邪気眼でもラブコメがしたい』……」


「!?」


 見つけた。


 見つけてしまった。


 千代のものと思わしき鞄に、ラブコメ作品のキーホルダーがついているのを。


 タイトルは『邪気眼でもラブコメがしたい』。


 その名の通り、中二病のキャラクターが出てくるラブコメ作品だ。俺の(多分死ぬ前の)おぼろげな記憶だと、アニメ化したのですらざっと十年くらい前だったような気がするけどな。もしかして、時間軸も違うのか?そもそも異世界だとしたら時間軸もクソも無いような気はするけど。


「あ、あの」


「ん?」


 その時、だった。


 千代が俺に話しかける。


 気が付けば、弁当を食べる手も止まっていて、俺の方をじっと見ている。


 明日香とは違ってきちんと上着まで制服を着ている。髪は両側を縛ったおさげ。前髪は切るのが面倒なのか、目が合うのが嫌なのか、かなり長く伸ばしている。その結果、目線を合わせるのが難しい。


 まあ、合わせると嫌がりそうだから合わせないけどさ。にしてもまあ、本当に「ザ・文学少女」っていうビジュアルだ。もしこの世界に創造主がいるなら、そいつはきっとド・王道が好きなんだろう。


 少しの間があったのち、千代がゆっくりと、


「み、見ましたか……?」


 はて、なんのことだろう?


 確かに、パンツなら見た。それはもうがっつりと見た。純白の飾り気がないものだったということすら覚えている。ということで「パンツを見たか」という問いなら答えはイエスだ。


 が、このタイミングでそんなことを聞いてくるとは思いがたい。


 と、なると、可能性としては、


「えっと……それ?」


 俺は取り合えずキーホルダーを指さしてみる。いや、別にタイトルで言えばいいんだけど、ほら、そういう固有名詞がそのままか分かんないじゃん?創作だとコンビニとかそういう名前がビミョーに捻った面白ネームになってることが多いしさ。


 と、まあ、さっきは全く働かなかった危機管理能力を働かせた俺だが、そのかい虚しく、


「そ、そうです。『邪気眼でもラブコメがしたい』です」


 なんだい。そのままじゃないか。


 まあいいや。


 それなら答えは簡単だ。


「ああ、見たよ」


 十年ほど前に、だが。


 既に話の内容は殆ど覚えていない。細かなキャラクター名だって微妙に怪しい。ただ、出来が良かったこともあってか、大筋は覚えている。


 主人公は所謂高二病とでも言えばいいのだろうか。中二病だった過去を卒業して、高校デビューを図ろうとしている少年。ヒロインは絶賛中二病の邪気眼美少女。この作品もまた、ヒロインが主人公の家の近くに引っ越してきて物語が始まるのだ。


 作りとしてはまあシンプルだし、ドの付く王道だ。王道だが、中二病というエッセンスが割といい具合に効いていて面白い作品だった……と記憶している。


 ちなみに、アニメは二期までやっているのだが、その二期に関しては、どういう話だったのかが全く思い出せない……という情報も付随する。出来が良ければもちろん記憶しているはずだし、もし出来が悪かったり、酷いシナリオなら、それはそれで記憶にのこるはずなのだが、覚えていないというのはどういうことなんだろう?分からない。


 とまあ、そんなわけで、一応はある程度記憶している作品なので、千代が見ている作品が、その記憶のものと全く同じであれば、話を合わせることくらいは出来るだろうと思っていたのだが、


「見ました?どうでしたか!?」


 ずいっ。


「え、どうって言われても」


「面白かったですか!?」


 ずずいっ。


「や、まあ、面白くは」


「具体的にどのあたりが面白かったですか!?」


 ずずずいっ。


 あれぇ?


 おかしいな。


 俺は今、さっきまで「ちょっと奥手の、自己肯定感の低い文学少女」と話していたはずなんだよ。だからこそ会話のとっかかりに困っていたし、だからこそ、なにかきっかけはないかと思って、結果としてキーホルダーに行きついたんだよ。


 その結果がこれ。


 分かりやすい言葉で言うなら「オタク特有の早口」。


 なるほどね。なんとなく見えてきた気がする。


 要するにこのギャップっていうかストッッパーレスなところで大分敬遠されたりしてきてるってわけね。こりゃまためんど……難しいヒロインだ。ごめんよ、神様(仮)。王道好きとか、捻りがないとか言って。いや、それは言ってないか。まあいいや。ともかくごめん。貴方の作ったヒロインはしっかりと一癖ありましたよ。


 なるほどね。納得。これはラブコメにならんわけだわ。っていうか顔が近い。いつのまに対面に移動したんだよ。キスの距離感だよこれ。


次回更新は明日(1/8)の18時です。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ