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このセカイの偽りを俺だけが知っている  作者: 蒼風
Ⅰ.ラブコメ前夜の静けさ
6/13

4.シュレディンガーのお弁当箱。

・当サイトでの更新は「11.そして物語はゆっくりと転がり始める。」までとなります。

・以降はカクヨム版(URL:https://kakuyomu.jp/works/16817330667625191142)をご覧ください。

 さて。


 昼休みだ。


 午前中の授業は俺が思っていたよりもつつがなく進んだ。


 そりゃ、高校生が習う授業の内容なんて、社会人どころか、大学生になっていれば、もうとっくに一度習ったものばかり。そんなもので苦戦することなど決してない。それが学問を修めるということだから。


 と、まあそれは表向きの話。


 実際のところは、高校で勉強した内容なんて、大学の二年生にもなれば綺麗さっぱり脳内から削除され、大学で学んだ内容だって、やっぱり社会人になったら一部の印象的な授業を除いてきれいさっぱり記憶がから消し飛ぶのが常だ。


 まあ、別に内容を覚えてるかどうかが重要じゃないんだろうけどな。大事なのは「一度習い、考え、理解した経験」があるかどうか。細かな知識なんて二の次だ。


 が、そんなわけで、高校生の授業でやった内容なぞ記憶しているわけもなく、そんな状態で高校三年生、しかも学年の初めではない、四月の中盤という微妙な時期に突然放り込まれるのだ。不安が無いわけがない。


 そして、そもそもそれ以前に、俺自身、一体何歳で死んで、この世界に─死んだのかどうかも怪しいが今はそういうことにしておきたい─やってきたのかが分からないのだ。


 体感では社会人になっていたような気もするし、なっていなかったような気もする。高校は……多分卒業している。それくらい曖昧な状態なのだ。しかも、その“前の記憶”の時、俺は勉強が出来たのか、出来ていなかったのかも皆目見当がつかない。分からないことだらけ。


 が、蓋を開けてみれば、俺の想像より遥かに分かることの方が多かった。


 授業の内容は、まあそこそこだ。ただついていけないという感じはない。


 後、これは単純に意外なのだが、面白い。不思議なもんだ。もしかしたら俺は、勉強大好き男だったのかもしれない。


 そんなわけで昼休みである。


 そして、ここでもまた、ラブコメっぽい……っていうか学園ものっぽい出来事が発生した。


(購買部の争奪戦ねえ)


 これもまた、学園もののフィクションにしか登場しないイベントといっていい。

いや。


 分からない。


 もしかしたらどこかの学校では、今日も貴重なパンを求めて、学生同士でトンデモバトルが繰り広げられているのかもしれない。


 しかし、少なくとも俺自身は見たことがないし、聞いたこともない。


 と、いうわけで、あくまでフィクションにのみ存在するイベントだと認識していたのだが、それが今、現実に発生している。


 具体的に起きたことといえば、四限目が終わるやいなや、クラスの半分くらいが、購買部に向かってダッシュした。教師が廊下を走るなというテンプレートな注意をするが、ほとんどは聞いていない。だってそんなものを素直に聞き入れていれば、戦いに負けてしまうから。学校の廊下、皆で走れば怖くない状態。


 その向かう先は当然購買部。目当てはきっと、パンなのだろう。何故ならこの争奪戦に負けると、学生の間で人気のない野菜サンドみたいなもので空腹を満たすことになるからだ。


 つくづく思う。


 学校外で買ってくるとか、そういう発想は無いんだろうか。


 購買部でパンを買えるのだから、金銭の持ち込みが禁止されているはずはないし、そうでなくとも、生徒たちが人気のパンを手にしようと一目散に、しかもほぼほぼ全員で廊下をよーいどんで全力疾走する行為自体ははっきり言って危険なはずで、そうであれば最初から学外で買ってくることを許可したほうがいいと思うんだが。謎だ。


 まあ、ラブコメとか学園物のイベントなんて大体がお決まりだから、いちいちツッコミを入れていたらきりがないのかもしれないけど。


 で、俺がそんな争奪戦を俺が見送った理由はと言えば、


(弁当があるんだな、これが)


 そう、弁当だ。


 しかもただの弁当じゃない。


 兄貴を愛してやまないブラコン妹の手作り弁当だ。


 恐らくは朝食の準備をする前か、同時進行で二人分作っているのだろう。今朝も持たされた。きっと、購買部で争奪戦をするまでもなく、腹も心も満たされるはずだ。


 が、ひとつ、問題点がある。


(デコ弁とか、そういうんじゃないよな……)


 不思議なもので、俺の脳内には「弁当の中身」に関する“情報”がない。


 そんなはずはないだろうと思うのだが、よくよく考えてみれば、弁当なんてそれこそ毎日のように持たされているはずだ。それ以外でも、俺の口にするものは基本的に妹・こまちの作った食事なのだ。あまりにもあたりまえ過ぎて意識していない、という可能性はある。


 自分のことなのに何を言っているんだという気がしなくもないが、どうやら、この世界に関する情報は、俺がこの世界にずっと生きていたと仮定した場合、気に留めないような些末な出来事に関してはあまり無いようなのだ。


 不思議なもんだ。電車に轢き殺されたのも俺の人生。ラブコメのテンプレみたいな設定とイベントに包まれたこの世界もまた、俺の人生。にも拘わらずどちらに対してもいまいち実感がない。例えるなら、そう。そのちょうど間くらいにある道を歩いているような、そんな感覚すらある。


 意味が分からないと自分でも思うが、でもそうまとめるのが体感と一番近いのだから仕方ない。どっちも自分で、どっちも自分じゃない。そして、ことこの世界に関しては「ずっとこの世界で生きてきた場合に、あまり気にならない要素」に関しての情報はない。それが事実、なのだ。


 そんなわけで、俺は今、手元……より正確には鞄の奥底に大事に大事にしまわれている弁当箱の中身がどうなっているのかを一切知らない。言ってしまえばパンドラの箱だ。


 ここで開封してみたら、桜でんぶでハートマークだとか、「お兄ちゃん大好き」だとか、そんなことが書かれていたとしよう。それをたまたまクラスメートが見ていたとしよう。一体どんな反応をされるのかは想像に難くない。


 あのツンデレな反応からするとそれは無いようにも思う。一方で、俺の脳内にある「昼休みはいつも部室に行って昼食を取っている」という情報がミョーに気になる。


 ちなみに、部室というのは文芸部のことだ。部員は俺と、同じく三年生の天野(あまの)千代(ちよ)の二人。部長は天野で、部室の鍵も基本朝に天野が空けて、夕方には閉める。そして、彼女は十中八九この昼休みも部室にいる。俺の持っている情報はそれくらいだ。


 今までの状況を考えれば、そんな何かが起きそうな密室に二年近くも一緒にいたはずだが、きっと何も起きていないのだろう。十八禁なイベントどころか、全年齢対象版なラブコメイベントすらも皆無。ホントに思うんだけど、ラブコメ主人公の性欲って作品途中まで機能しないようにリミッターでもかけてある?


 いや、性欲基準で語るのもどうかとは思うよ。思うけど、そうじゃないと、同じ部活動に所属する男女二人になんの進展もないなんてことがあるとは思えないんだけどなぁ。


 一応、去年までは先輩も在籍してたらしい。らしいけど、それだって殆ど籍を置いているだけだったみたいだし、実質文学少女と密室に二人きりよ。


 これがお隣さんの声が筒抜けの格安賃貸ならともかく、部室棟なんてわざわざ銘打ってる場所でですよ。なんでなにも起きないんだろう。


 実は何度も告白されてるけど難聴だから聞き逃したとか無いよなぁ……ラブコメ主人公の呪われた標準装備みたいなところあるからな。難聴。後はヘタレと、無駄な博愛主義も大体セット。


 っと……ラブコメ主人公の異様な奥手っぷりについて考えてる場合じゃない。昼休みだって有限だ。どれくらい有限かっていうと、誰かがかみ砕いて説明したあらすじだけで作品を読んだ気になる現代っ子の時間くらい有限だ。とっとと部室に移動しよう。うん。

次回更新は明日(1/6)の18時です。

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