斎藤雄大という男
斎藤さん。彼は今日もいつも通りに朝からそれはもうダルそうに仕事をしている。とはいえ、別に適当に仕事をしているとかそういうわけでは決してない。
傍から見るだけではわからないだろうが、今もデスクのパソコンの前では本来であれば3人がかりでするような仕事を一人で淡々とこなしている。それはもう死んだ魚の様な目で。
「あー、帰りてぇ」
そして斎藤さん。彼は後輩の僕から見てもかなり面白い。いつも口を開けば何かしらの悪態をついて、ぐたーっとしている。手だけはめちゃくちゃカタカタと動かしながら...。
『働きたくねぇ』『不労所得で生きていきてぇ』『会社に隕石落ちてこねぇかな』『俺に面倒をかけたやつはこ〇す』など日々豊富なボキャブラリーの悪態をブツブツと呟きながら仕事に取り組んでいるのは職場での彼の平常運転だ。
かと言って、嫌味があるかと言われると全くなく、実際、僕は彼、斎藤さんに数えきれないほどの迷惑をかけてきたと自負をしているが、まだ殺〇れていない。
むしろ、いつもめちゃくちゃフォローをしてもらっている。そう。逆に彼のおかげで僕は今この職場で生きていけている。
普段はいい顔を周りに振りまき、聞こえのいい言葉ばかりを言って本当に大事な時には何も助けてくれない人たちが多い中、斎藤さんはその逆で、普段は周りに聞こえの悪い言葉ばかりを息をするように吐いておきながら、本当に大事な時にはいち早く助けに入ってくれる。
まさに天邪鬼とは斎藤さんのような人のことを言うのだろう。
そのせいで彼のことを知らない人からは碌でもない奴のように見られることも多いが、同じ課になったり本当の彼を知った人に彼のことを悪く言う人はいない。
そもそも、あの量の仕事を一人で何だかんだで期日までにあのスピードで終わらせるところがすごいのはもちろんのこと、いくら忙しくても全くもってイライラしているところを表にするわけでもなく、日々しょうものない悪態はつきながらもフラットな状態で仕事をこなすところがすごすぎる。
本当に新採で入ってきた時の僕の教育係が彼だったのは良かったと今でも思う。
現に同期との飲み会の場とかでも、皆の愚痴の中ではやれ上司が理不尽だとか、教育係に質問をしても威圧的で聞きづらいとか、キレるスイッチがわからないとか。常にイライラしているとかそういうことを言っている奴が多くいた中、僕の場合は全くそういう不満を持つことはなかったから。
そう。斎藤さんはどんなに忙しい時であろうと、白目になりながら『めんどくせぇ』とかそういう悪態はつくが、かなり質問には親身に答えてくれる人。
いや、むしろ、自分の仕事を二の次にしてまで、もういいですレベルで細かなところまで色々と教えてくれるレベルだった。全く威圧感みたいなものも出してこないから、いつも気兼ねなくわかないことについては相談ができるし、むしろ向こうから仕事の具合を聞いてくることも多い。
一応、そんな彼に怒られたことも何度かあるのはあるけれど、それは本当に僕が至らなさすぎる点があった時だったし、全く理不尽ではなく、最後は必ずフォローして助けてくれた。
そして普段はケチで人に俺は奢らねぇみたいなキャラでいる癖に、そういう時に限ってご飯とかに連れて行ってくれたりした。
正直、僕が女ならばそんな彼に惚れていたかもしれない...。別に僕にそっちの趣味があるわけではないから、あくまで僕が女だった場合だけれども。
でも、その点でいえばだ。
斎藤さんが彼女がいない。いや、できないっていうのは僕はやっぱりちょっと納得がいかない。
本人は『俺に彼女ができるわけないだろうが』『俺みたいにモテない奴は一生独身でいた方が幸せなんだよ。モテる奴だけ恋愛して勝手に結婚しとけ』とか、『俺は彼女を作らないんじゃない。モテねぇから疾うの昔にそういうのは諦めただけだ」とか色々と言ってはいるが。
正直、全くもって僕はそうは思わない。
確かに目はいつも死んでいるが、別に顔も悪いとは思わないし、身長もおそらく180cmあるかないかレベルには高い。清潔感も普通にある。
それに最近気がついたが、あの腕に血管が浮き出てきている感じ...
『俺は筋トレとかは絶対にしねぇから。社会人になってまで運動とか死んでもしないから』とか言っていたけど。
多分、筋トレとかしてるよな...。心なしか背中も若干広くなっている気がするし、しっかり見てみると全体的に男らしさが明らかに昔よりもあがっている気がする。
斎藤さんは天邪鬼だ。絶対にしないとか言っていることに限って、実際していたとしても全くもっておかしくはない。
普通にかっこいいと僕は思うのだが、あれだろうか。男から見る男のかっこよさと女から見る男のかっこよさはやはり違うのだろうか。
いや、でも...
「斎藤さん、斎藤さん!うちの実家が犬を飼い始めたんですけど、これ斎藤さんに似てません?ふふ、特に目とか」
「何か、この犬の目、言ってはわるいが死んだ魚のような感じなんだけど、俺のこと舐めてる...?」
「ふふっ、はい!舐めてます! lineに送っておきましたので、アイコンにしてくださいね!ほら、何だかんだで可愛いでしょ?」
「はいはい、気が向いたらな」
「もう、絶対にするつもりないじゃないですかー」
そう。今、目に映っているのは、斎藤さんにいつものように楽しそうに話しかけていく僕の同期、佐倉の姿。
今年から別の部署からこの課に異動してきた女性。
僕の同期の中ではおそらく一番美人で、一般的に見てもアイドルレベルで可愛いのだが、僕の記憶では割と気が強くて、いや、かなり気が強くて、プライドも高く、サバサバしている部分もあったりとちょっと恋愛対象的な女性ではなかった...。なかったはずなのだが...
なんだ、気が付けば斎藤さんにベタベタと。それもあんな、らしくもない甘ったるい声で最近はいつもいつも楽しそうに。
異動がこっちに決まった時に『私、ああいういい加減な人嫌いだから、もしかしたら喧嘩しちゃうかもだけど。その時はごめんね』とか言っていたお前は一体、どこに行った...。
今も何だ。そのわざとらしいボディタッチは。お前そんなキャラじゃなかっただろ...。何か普通に今も仕草とかも可愛いし。何だよ、そのキラキラとした目。
いや、斎藤さん。
これは斎藤さんの中ではモテていないのでしょうか...。
僕からすれば十分モテているように見えるのですが...。
かなり羨ましいレベルで。
でも、見ていると確かに斎藤さんはそんな佐倉にもいつも通りで平常運転。デレデレしたり、鼻の下を伸ばしたりとかそういうのが何故か一切ないように見える。俺に対する対応と全くもって同じ感じで佐倉にも対応している。
何だろう。何かがぶっ壊れているのだろうか。斎藤さん。
それとも本当は色々と意識しているが、わざと感情を押し殺して表情に出ない様にしているとか? いや、そもそもそういう感情自体が出てこないように色々と押し殺しているとか? でも、そんなことをする必要があるのだろうか。いや、ないな。
だって、斎藤さん、彼には彼女もいないし、そんなことをする必要は全くない。それとも過去になんかあったとか?確かに言動とかを聞いてると斎藤さんは割といや、かなり自己評価が低いところがある気がする。
それか本当にそういうのにただ鈍感すぎるだけとか?
やっぱり色々と斎藤さんはわからない。でも、だからこそ...
面白い。