隣人とドライブをする独身男
また、赤信号。今日はさっきから本当によく信号に捕まる。
「フフッ、雄大くん。マジで面白すぎなんだけど。何その話。やば、またツボに入った」
「いや、何も面白いことを言ったつもりはないんだが...」
「ほんと、天然だよねー。雄大くんって」
そうか。夜のこの時間、こっちの下道は確かに混んでいてもおかしくはない。やっぱり、国道の方を走るのが正解だったかなんてことをハンドルを握りながらぼーっと考えたりもするが、予約の時間には普通に間に合いそうだから別にどっちでもいい。
「あー、おもしろ」
そして、さっきから俺は、本当にただ彼女に聞かれたことについて素直に答えているだけで、何も面白ことを言おうとしたつもりも、言ったつもりもない...。
にも関わらず、隣の助手席では何故か爆笑レベルで楽しそうに笑っている彼女、隣人の西野美桜がいる光景...。
「そうだ。今日行くところって開店セールで大トロが1皿100円なんだって、雄大くん、大トロ好きでしょ。めっちゃ好きそう」
「まあ、嫌いではない。嫌いでは...」
「ふふっ、出た。嫌いではない。雄大くんの嫌いではないは好きってことだもんねー」
「....」
まあ正直...未だに車の助手席に彼女が乗っているこの光景は慣れたものではないし、慣れるものでもない。
一方で、そんな俺を尻目に隣にいる彼女は最早、家にいるのかと言うレベルで自然に俺の隣に座っている様。
そして、そんな彼女に俺自身も負けじと何も感じていないように自然に振舞っているつもりではいるが、やはりこの決して広くはない軽自動車に二人きり...。
すぐそこには肩があたってもおかしくない距離で実際に彼女がいる状況。
今も、赤信号ということもあって、話をしてくる彼女の顔をチラっと見たが、それはもう至近距離から、俺の目をまっすぐに見つめながら楽しそうに微笑んでくる光景。
まあ一応...初めの頃に比べれば会話をまだ上手く返せるようになったつもりではいるが、それでもこの状況、普通に慣れるわけがない...。
いや、それは隣が彼女だからというわけではなく、そもそもこれまで女性をこんな風に車に乗せたこともずっとなければ、こんな風にどこかに二人で行くみたいな経験も全くしてこなかったからであって、特別彼女のことを意識しているとか、そういうわけでは、そういうわけでは...ない。ないはずだ。
そう。それに彼女はこういうことに慣れているだけ。彼女ほどモテる女性であれば男と一緒にご飯なんて何度も言っているだろうし、きっと高級車の助手席なんかにも乗りなれているはずだ。だからこそ、こんな軽自動車の助手席、ましては隣に座っているのが俺な状況に、俺みたいに動揺する意味も理由も何一つない。
今も気が付けば彼女は隣でスマホを弄りながら鼻歌を楽しそうに歌っている。
本当に俺はバカだ。何をまた考えようとしていた。
ありえない。バカすぎる。これでは本当に勘違い男になるところだ。俺はそんなバカではないし、バカになるつもりはない、
そう。俺は自分がわかっている。
そして、そんなことをまた色々と考えていたら信号が青になり、俺はアクセルを静かにまた踏み込む。
そう。ただの隣人。隣人でなくなれば彼女は全くの赤の他人でしかない。
「あ、美味しそうなしゃぶしゃぶの店が最近、近くのショッピングモールに入ったんだって!」
「へー」
「ねぇ、ふふ、来週もあいてる? 一緒に行こ!」
そう。ただの...隣人だ。
俺は二度と勘違いなんてしないのだから...。