独身男と祝日のお昼
俺は今、横断歩道を小さい子が親と一緒に歩いている光景に、ゆっくりと車のブレーキを踏む。
「ふふっ、可愛いね」
「まあ、確かに」
実際、普通に可愛いとは思う。5歳ぐらいだろうか。手をあげながらチマチマと白線の上を歩いている。
「と言うか、オーダーで一週間後にもうできるって。ものすごく早くない?」
「確かに早いな」
一応、スーツ選びはもう終わった。色々と疲れたが終わった。
後は隣の助手席にさっきから座る彼女、西野美桜と自宅のあるマンションにこのまま帰るだけ。
「じゃあ、来週の土曜日にでも一緒にまた取りにこよっか」
「オッケー...じゃなくて、別に一人で取りに行くから大丈夫だって、悪いし」
あまりにも自然に提案してくるものだから、そのまま俺も首を縦に振りかけてしまった。
そして、ちょっと進んだところで今度は信号が赤信号になり、そのまままたブレーキを踏む俺。
「ふふっ、いいじゃん。暇だから付いていかせてよー。ねぇ、いいでしょ。今日だって私がかっこいいの選んであげたじゃん!」
「まぁ...別にそっちがいいならいいけど」
「やったー」
別にそっちがいいなら...俺は別に。
「あ、そうだ。お昼、どうする?」
「え?お昼?」
「うん、もう12時半じゃん、どっか行こうよ? あ、この辺りなら最近美味しそうな、うどん屋さんができたの知ってる?」
「え、そうなの? いや、知らない...」
「じゃあ、そこ行こ!ねぇ、いいでしょ?」
そう言って、隣から俺の肩を優しくゆすって微笑んでくる彼女。
「いや、まぁ...いいけど」
そして、全くそんな予定はなかったが、何だかんだでいつもいつも彼女のお願いには首を縦に振ってしまっている俺。
まあ、別に昼ご飯を既に買っていたのならば断わるけれども、別に買ってもいないし、用意もしていないから断る理由がない。ただそれだけだ。
今だって家がたまたま隣だから一緒に車に乗っているだけ。ただそれだけだ。
「やったー、ほら、サイトのこの写真見て。めちゃくちゃ美味しそうでしょ」
「まあ、美味そうだな。確かに」
そう。それだけだ。
「あ、ふふ、でもさ。そこでも私たち夫婦に間違えられちゃったらどうしよっか」
「い、いや、んなわけないだろ」
また何を言い出すかと思えば、何だいきなり...。本当に
それもそんなに楽しそうにニヤニヤと....
「えー、何でー、そんなわけあったじゃんー」
「知るか、からかうな」
「ふふ、また顔赤いね」
「いや、赤くないから、それを言うならそっちがだろ」
本当に。これでもかと深く笑っているように見えるその顔が、ものすごく赤くなっているのはそっちだ...。
「えー、出ちゃってるかな?」
いや、で、出てるって、何がだよ。それに何だよ。その感じは...。その横顔の表情は...
”プップー”
って、後ろからは後続車からのクラクションの音。
そして急いで顔を前に向けると思いっきり信号は青に...。
すみません...。
「ふふ、ごめん、ごめん」
「いや、こっちこそ...」
とりあえず、うどん屋ね。うどん屋。
それにしても、今日は心なしかいつもより暑いと思うのは気のせいだろうか...。
まあ、気のせいだ...な。