祝日の独身男
祝日の朝10時ごろ
天気がいいこともあってか、外の空気がものすごく澄んでいるように感じられて気持ちのいい朝だ。
そして今日は一応、朝早くから隣人の西野との用事があったのだが、何故かその流れで今、二人で俺たちは紳士服の店にスーツを見に来ている...。
もちろん、俺のスーツを。
予定では彼女だけマンションに先に降ろしてから、一人でここには来るつもりだったのだが、付いてくると言ってきかないのだから仕方がない。
そして、たった今、駐車場に車を止めて店内の自動ドアをくぐったところ。
まあ、せっかくだから、どこからどう見てもお洒落な彼女のセンスに頼って選んでみるのもいいかもしれない。そう思っただけだ。
今だって、俺のラフな格好に対して、彼女の私服はものすごくお洒落なものだとさすがの俺でもわかる。まあ、彼女の場合は何を着てもお洒落に見えるのかもしれないが。
「ふふっ、私がかっこいいのを選んであげるね」
「ああ、頼むわ...」
そして、そんなことを考えていると、もう店員さんと思われるスーツ姿の女性が俺たちのところへと駆け寄ってくる光景。歳はおそらく俺たちよりもそれなりに上だろうが、ものすごくしっかりとした感じの女性。
さすがに紳士服の店だけあって、着ているスーツも着こなしも素直にカッコいいと思う。おそらく相当高いもの。さすがにこれは会社から支給されているのだろうか。
って、今はそんなことはまあどうでもいいこと。
とりあえず、今日は今も目に見えている膨大なスーツから何を選ぶかが重要だ。
せっかく、いつもより高い買い物をするのだから慎重に選びたい。
「いらっしゃいませ。本日は旦那様のスーツを選びにいらっしゃった形でしょうか?」
「...」
旦那様...?
「いえ、違います...」
そんなわけがないだろうが...
「あ、失礼しました。では、奥様のスーツですね。かしこまりました」
「...」
いや、何故そうなる...。勝手にかしこまるな。
そして、恐る恐るゆっくりと隣に顔を向けると、何故かそこにはくすくすと笑って同じく俺に目を合わせてくる西野美桜の姿。
「ふふっ、違います、違います、今日は旦那のスーツを」
「おい...。違うだろ」
「えーっと、ではやはり今日は奥様の?」
いや、だから違う。店員さん、あんたは一旦黙ってろ。
「いえ、違います...。俺たち別に夫婦ではないんで。後、今日は俺のを選びに来ました」
「すみません。失礼しました。とても仲がよくてお似合いのカップルだったのでもうご結婚されているのかと。かしこまりました。彼氏様のスーツですね。ご案内いたします」
いや、だからどうしてそうなる...。もう否定するのも疲れた。
この店員は完全に目が節穴だ。もう何でもいい。
で、西野、何でお前はお前で何も言わずにずっと面白がって爆笑している。
「おい、否定しろよ...。俺なんかの彼女認定されてるんだぞ」
「ふふっ、別にいいじゃん。何か面白いし」
駄目だ。こういう奴だった。
まあ、別にこの場に知っている奴がいるわけでもないし、そっちがいいのならまあ、俺は別に...。これ以上は何も...。
言っても無駄だしな。そう。言っても無駄だから。また、からかわれているだけ。そう。からかわれているだけだ。
そして、気が付けば少し前を歩くその店員さんにかけよっていく彼女。
「店員さん、店員さん、彼氏はネイビースーツがいいと思うんですけどどうですか?」
「あ、いいですねー。では、こちらに案内します」
「おい...」
「ふふ、ちょっと顔赤くなってない?」
「あ? な、なってねぇよ」
本当に何言ってんだ。こいつ。
それに顔が赤くなってるのは俺ではなく...
いや、何でもない。多分気温の差でそう見えてるだけだ。
そっちもこっちも...。まあ、俺はなってはないが。そう。俺はなっていない。
まあ、もう何でもいい。
今日はスーツを選べればそれでいい。
そう。他のことはもうどうでもいい。
あと、そう言えばスマホにこの店の割引クーポンが確か。
って、スマホと言えば、そういや昨日の夜のあいつのlineは本当にすごかったな。
『斎藤さん、お願いします。どうにか明日の夜。僕に予定を空けてくれませんか? でないと僕が殺されます。本当に殺されます。助けてください』
的なlineが俺に鬼の様にあいつから来た。
まあ、村田には悪いがとりあえず既読スルー。
とりあえず、まあ、あの男は一回こ〇されるのもありかもしれないな。
どうせあいつすぐに生き返るタイプの人間だし、そう。一回こ〇されとけ。
一応、骨は拾ってやる...。
「雄大くん、何してんの。こっちこっち。ほら、これとかどう?」
「え、ああ、じゃあ一旦それ試着してみるわ」
まあ、場所が場所だけあってやはりそれなりに高そうな感じではあるが、とりあえず昨日浮いた金の分もあるし、今日は予定通り、それなりのスーツを買うか。
そう。それなりのな。