会社に戻った独身男
本当に、ついさっきまでの銀行での出来事で色々と思うことがありすぎて、まだ頭が混乱している自分がいる。
「斎藤さん、斎藤さん!昼休みにそこの銀行で振り込め詐欺の被害を防いだって本当ですか?」
「えーっとまあ、半分ぐらいは本当かもな...」
「さすがです!さすがすぎます!」
まあ、最終的に防いだのはあいつ、本城明里だしな...。
って、また近いな。佐倉...。
でも、ついさっき銀行と警察から解放されて、会社に戻ってきてデスクに座ったところだが、この佐倉でもう何人目だ。多くはないが、もう何人かからは声をかけられた。
そうか。何だかんだで普通に昼休みは越えそうだったから、課長に電話して色々と話した件が何人かに広まっていったという感じか。
正直、悪い気分ではない。
悪い気分ではないが、正直、今日のこと。かなり大袈裟なことになってしまいそうな気がする...。
警察の人に聞く限り、俺、どうやら警察から感謝状をもらうことになるらしい。それも、あの本城と一緒に...。
しかも、おそらくニュースのネット記事に乗ると思いますよ。とか言われたし、さらにもしかしたらテレビニュースにも一瞬流れることになるかも。とか。
もちろん、それもあの本城と一緒に...。
そんなの嫌だし、普通に断ったのだが、何故か流れに流されに流され、いつのまにか、渋々首を縦に振ってしまった自分があの時いた...。
まあ、何故かもう会社の広報部等にも情報は行っているみたいで、さっき課長に前日は十分に睡眠をとっておくようになんてことを言われたりもした...。
十分に睡眠? どういう意味だ。この目はそんなことではおそらく改善はされないはずだが...。あと、なら前日はもちろん残業なしで帰らせてくれるのだろうな。そうでないと、言っていることに矛盾が生じるけれどもどうなのだろうか、ハゲ。
あと、そう言えば...。
一応、俺も警察に聞かれて名前を言う機会があったのだが、その時、その俺の名前に彼女、本城が一瞬反応したような気がしたのは気のせいだろうか...。
何というか、気持ちレベルではあるが、その後の彼女の視線が俺の顔に頻繁にジロジロと向かってきたような気もするのだが、どうなのだろうか。
何となく、事情聴取の後半あたりで、一瞬俺の顔を見て目を見開かれた瞬間があった気がするのだが、それもどうなのだろうか...。
おそらく俺の考えすぎだとは思うが、色々と気になる動きがあった。
まあ、最終的に事情聴取が終わった後はあっちの銀行の店長さんと少し話をしただけで、他に無駄話もせずに急ぎの仕事がある体でそそくさと会社に戻ってきたから、彼女とも警察を待っていたあの時間以降は何も会話はしていない。
まあ、別にする必要もないから、思い出していても出していなくても、心底どっちでもいいのだが、そうか。ネットニュースの記事とかに...。
はあ、本当に、ただただ面倒くさい。
面倒くさいけれど、一応、ちょっとスーツも新調しておくか。いや、ちょうど前々からしようと思っていただけで、今回のためとかそういうわけではない。本当に。
そして美容院は...まだ大丈夫だな。
まあ、もう今さら断ることもできないだろうし、仕方なく予定通り感謝状はいただく。あくまで仕方なく。
でも、本当にこんなことってあるんだな...。完全に他人事だと思ってニュースとかでも警察から賞状をもらっている人をぼーっと見ていたが、まさか自分がその立場になるとは...
とりあえず、お婆さんが被害に合わなくてよかった。本当にその一言に限る。
「あ、そうだ。斎藤さん!今日の夜の件なんですけど」
「あー、そうだそうだ。結局どこにした?」
「ふふ、内緒にしておきます。でも、ちゃんとしたところなのでそこは安心しておいていただければ」
ちゃんとしたところ...。いや、個人的には全然ちゃんとしていないところでいい...と言うか、そっちの方が楽で落ち着くのだが。
まあ、何故か機嫌がものすごく良さそうだし、とりあえず佐倉がそこでいいのであれば何でもいいか。
「わかった。ありがとう...」
とりあえず、雨もいつの間にか止んだみたいだし、あとは面倒くさくて仕方がないが、午後の仕事を終わらせるだけ。そして明日は祝日。労働に耐えろ、俺。
って、何だ。また誰かからlineだ。
「...」




