銀行で雨宿りをする独身男
雨、止まないな...。まあ、あと20分ぐらい休憩時間はあるからまだここでぼーっとしておくけど。
何だろう。銀行ってお昼でも普通に忙しそうだな。窓口は見る限り全部埋まっている様だし、順番待ちが何人もソファに座って待っている様子。
やっぱり銀行も大変なんだよな...。ああ、何でもいいけど働きたくねぇ。
どうにかして不労所得で一生食ってはいけないのだろうか..。
今も、窓口のところに貼られている投資信託やNISAのポスターを眺めながらそんなことを考えたりしているが、現実的にどう考えても不労所得はまだまだ厳しい。
本当にため息しかでない。
でも、銀行ってやっぱり美人な女性が多いよな...。何となくだが特にこの銀行は可愛いというよりはピシっとした綺麗めの美人が多い気がする。
どうしても俺も男だからぼーっとしているとそういう情報が自然と目に入ってきてしまう。
「...」
ただ、目に入るといえば、どうしてもさっきから目に入ってしまうことがもう一つある。
本当にどうしても気になってしまうことが一つあるのだ...。
そう。どう考えても、さっきからそこにいるお祖母ちゃん。明かにATMの前で落ち着きがない...。それも携帯を片手に...。
こっちのATMコーナーは人が空いているから尚更目立って目に入ってくる。
で、静かにそのお祖母ちゃんの会話を盗み聞きと言うか、暇つぶしに静かに聞いているんだけれども...。
まさか、自分がこういう場に遭遇するとは。実際、全く持って思ってもいなかった。と言うか、今もまだあるのかよ。その手法...。マジか。
そんな偶然ってある? まあ、無くはないのか。でも、本当に極わずかすぎる現場に遭遇してしまっているのは事実に違いないだろう。
「すみません...」
ちょっと、さすがに会話を聞いてしまっている以上は、俺もそのお祖母ちゃんに声をかけざるを得なく、静かにそう肩を叩く。
杞憂に終わればそれでいいのだが、どうしても会話的に...。
「はい?どうしました。ちょっと、ちょっと今急いでるんですけど」
「えーっと、その電話ってもしかして、息子さんか娘さんが、何か事故とかトラブルを起こして、お金を振り込めって電話だったりしませんか...」
「え? 何でわかるの。そ、そうなのよ。だから急がないと」
あぁ...。
「ちょっと、ストップしてください。それ振り込め詐欺の可能性が高いです。一旦電話切って、お子さんにもう一度掛けなおしてください」
「ちょ、違うの。今は弁護士の人と話してるの。さっきなんて警察の人とも話してたんだから。だから詐欺なわけないじゃない。だから離して。一刻も早く振り込まなきゃ息子が大変なことになるの!」
あぁ...確定。
「離して!何で手掴むの!止めて!止めてちょうだい!」
いや、離せるか...。離せるわけがない..。でも、このお婆さんは俺の言うことを聞く気配がない。全く。
正直、このままだと俺が普通にヤバい人に見られかねない。
って、ちょうどいいところに、一瞬手が空いたであろう銀行員のお姉さんの後ろ姿が見える。
「すみません!そこの受付の前を歩いている銀行員のお姉さん!こっち来てください」
そして、何とか俺の声に反応してくれたその髪の明るいお姉さん。
良かった。久しぶりに大きな声出したかいがある。そしてこちらに歩いてきてくれるそのお姉さ...。
「え?」
「はい、どうかされました?」
って、い、いや、今はそれどころではない。
「って、え? な、何ですか。この状況」
「いや、おそらくこの人、振り込め詐欺にひっかかってます。一緒に止めてください」
「え? 本当ですか。わ、わかりました!」
そして、俺が手を掴んでいるお婆さんに色々と隣から話しかけるその美人な銀行員。
いや、気のせいかと思ったけど。
思いっきり名札...。
そうだよな。と言うか、この顔。おそらく間違いない。
このちょっとメイクが濃い目の気の強そうな美人は...
「え? そうなの? わ、わかりました。なら一回代わります。お願いします」
そして、彼女の存在に気をとられすぎて、正直、どういう会話をしてそうなっているのかはわからない自分がいるが、いつの間にか彼女がお婆さんの携帯を使って相手と話をしている光景が俺の目に。
「やっぱりすぐ切れました。では、すみませんが、その息子さんにもう一回。電話してみてください」
「はい。か、かけてみます」
と言うか、このババア...。何で彼女の言うことは聞いて俺の言うことは...。
何だ? 俺が悪いのか? 俺がコミュ障なのか?
「え? 仁、今電話かけてきてたでしょ。かけてない? 痴漢は? え、し、してない。わかった。よ、よかった。うん。わかった。はい。じゃあ...」
まあ、そんなことは置いておいて。気がついたら何か丸くおさまってしまっているっぽい...。
息子が痴漢か...。まあ、それは焦るのもわかるけど...。そうか。この年齢なら騙される可能性もやはりあるのか...。
「あ、ありがとうございます。詐欺だったみたい。詐欺。あ、ありがとう」
とりあえず、お婆ちゃんも詐欺であることがわかって、お金も振り込まなくて済んだみたいだし、無事解決...だな。
まあ、最終的に解決したのはそこの彼女だが...
「ありがとうございます!お手柄です。ご協力感謝します!」
って、気がつけば、その銀行員の彼女が俺の両手を握ってそう笑顔で嬉しそうに微笑みかけてくる光景...
「え、いや、僕は何も...。こちらこそ...」
と言うか、やっぱりどう考えてもそうだよな...。
そうだけど。この感じ。おそらくこいつ...俺のこと
俺だと気づいていないな。
と言うか、そもそも忘れている?
まあ、別にもうどうでもいいけれど。
名札の名前、そしてその顔...。
俺はわかる。
お前、間違いなく高校が同じだったあの本城明里だよな。
「警察がもうすぐ来るんですけど、一応参考人としてお兄さんも残っていただきたいみたいなのですが、お願いできますでしょうか。もちろんいい意味での参考人みたいなので」
「え、あ...はい」
まあ、理由が理由だから、別にちょっとぐらい遅れても問題はないとは思うけれども、ただ...
「ふふ、本当にお手柄ですよ。ところで、スーツですけどお兄さんはこの辺りで働いている人ですか? もしかして、そこの商社だったり...」
「え、ああ、まあ...」
「え? 本当ですか。すごいじゃないですかー」
普通に話しかけてくるけど、本当にこいつ、気づいていないのか...。
確かに、昼休みってこともあって社員証も外しているし、俺は大学で身長がかなり伸びたタイプの人間だから、あの頃に比べると身長もかなり違うのかもしれないが、マジか...。
いや、色々とめんどくさいから別に忘れてくれているのであればそれで良い、と言うか、そっちの方が個人的にも良いから、もうこのまま忘れていてもらおうとは思っているのだが...。
何だろう。本当に別に俺からは何も言わないが、それはそれでムカつくな...。
モザイクはかかっていたとは言え、あんな動画をあげておいて...。
まあ、一旦それはもうどうでもいい。変にほじくり返されるのも嫌でしかないからな。
だからとりあえず、来るのであれば一刻も早く来てくれないかな。
警察さん...。
と言うか、何だ。この偶然のハプニングからのさらにこの偶然...。
ちょっと色々と重なりすぎて頭が...
で、何でさらに雨も強くなってんだよ...。




