朝から拗らせている男
「ねぇ、ちょっと今日って朝から日差しが強くない?」
「そうか?」
「って、ちょっと歩くの早ーい。駅同じなんだから一緒に行けばいいじゃんかー」
今日も俺の隣からはカツカツと、軽快だがそれなりに重圧のある綺麗な音が聞こえてくる。
「そうそう。これぐらいがちょうどいいかな。あ、そう言えば今日は午後から雨降るかもだけど、ちゃんと傘もって出てきた?」
「まあ」
「ふふ、さすが」
理由は朝、自宅の扉を開けて仕事に向かおうと思った矢先、今日も隣に住むこいつ、西野美桜と不幸にも鉢合わせたから。
一応隣人だし、向こうも朝から働いているのだから仕方のないことではあるのかもしれないが、ただ最近はちょっとその頻度が多すぎる気がする...。
だからと言って、彼女が俺と家を出る時間を合わせようとしているなんて思うつもりなんて毛頭ないし、思ってしまえばそれこそまたあの時の二の舞だ。めんどくさい。
「あれ、何か肩に紐みたいなものがついてない? ちょっと止まって」
「ん?」
「ふふっ。はい、取れたー」
「あぁ、すまん」
でも、この澄んだ朝の空気の中、他の人も駅に向かって歩くこの道路を、隣の彼女と二人で話をしながら歩いている光景。一体、他の周りにいる人からは客観的にどう見えているのだろうか。まあ、どう見えていても何もないし、どうも見えていないのだろうが。
「あ、そうだ。今日帰り何時になりそう?」
「え? 何で?」
「ふふっ。さぁ、何ででしょう!って、ちょっ、また。時間あるんだからもっとゆっくり歩こうよー。もー」
家を出て、駅まで二人で一緒に歩く。見る人が見ればこれって同棲しているカップ...なわけないな。
この、上から下までピシッとモデルのように綺麗にスーツを着こなし、朝から楽しそうに全開の笑顔を振りまいて来る隣の完璧美女と、可能な限り見た目も心もクールビズを志すこの朝から死んだ目をした鬱屈凡人の俺とでは釣り合いようがどこにもない。
「ん? なに? 私の顔に何かついてる? え?もしかしてメイク、変なことになってたりする?」
「いや、別に。いつも通りだけど」
「そ、なら良かった。もー、いきなりそんなにまじまじと見るからびっくりするじゃん」
そして、そう言って、笑いながら俺の肩を静かに叩いてくる彼女。
って、そもそもまた何故俺はこんな思考に陥っている...。おかしすぎるだろ。ちょっとでも勘違いして心の扉を彼女に開いてみろ。あの頃のように悲惨な目に合うことは目に見えている。
そもそも朝一緒に歩いているってだけで同棲しているカップルを連想するって発想が普通に気持ち悪いな。普通に隣のこいつからしたら、たまたま目的地が同じ知っている奴と途中で会ったから、一緒に歩いているだけ。それ以上でもそれ以下でもないのだろう。駄目だ。今まで必要最小限の人間としか関わってこなかった弊害が今ここで。
いや、違う。高校の頃にこの彼女と色々あった弊害が今ここに出ている。そういうことだ。いや、それだと俺はもう十年前の話をいつまでも根に持っているそれはそれで痛い奴...。
「ふふ、じゃあ、またlineするから昼までに返事ちょうだい。お仕事頑張ってねー」
「ああ。そっちこそ」
何の返事かは全くわかっていないが、色々としょうものないことを考えているといつのまにかもう最寄りの駅。
彼女とは乗る電車の方面が違うから改札を通り抜ければもう別々ではあるが、何だよ。その遠く離れたところからも目があえば小さく俺にバイバイと手を振る仕草。
何がしたい。いや、彼女にとってはやはりこれが普通なのだろう。恐ろしいが社交的な大人の普通もこっちなのかもしれない。いや、こっちなのだろう。常に話をする時には俺の目を見て話しかけてくることも至って普通で、人の目を見て話すことは小学生でも知っている当たり前のこと。
むしろ、その当たり前ができていないのが俺か...。
とりあえず、そんな女性の行動を自分に好意があるなどと勘違いするダサい男がストーカーになったり人生を自分自身で破滅させる。
そう。俺は絶対にそっち側ではない。
だから俺はもうあの時のような勘違いはしない。
そう勘違いは...