仕事帰りの独身男と隣人女
「おかえり、ふふ、どうだった。その髪型。会社で何か言われた?」
「あ、ああ。まあ」
「かっこいいって?」
「いや、別にそこまでは...」
「本当に? ふふ、何か今日の雄大くんが機嫌よさげな感じがするのは気のせい?」
俺は今日も疲れた身体を引きずりながら、ぼーっと自宅の最寄駅に到着。と思っていたら彼女もどこかに出かけていたよう。さっきたまたま改札で鉢合わせて、今一緒にお互いの自宅のあるマンションに真っ暗な夜空のなか帰宅中。
季節も季節だからだろうか。心なしか、やんわりと吹く夜風も寒く感じてくる。
「有給?」
「うん。ちょっと今日はお祖母ちゃん家に帰ってた」
一応、私服だったのと何となく今日も機嫌が良さそうだったら聞いてみたが、そうか。いいな有給。
「ふふっ、お祖母ちゃんったら結婚はまだなの?だってさ。彼氏もいないにのにね」
「そ、そうか」
でも、お婆ちゃんか。俺は久しく会ってないな。
って、そういえば久しく会っていないで思いだしたけど、高校の同窓会の件、彼女のことだからすぐにでも俺に何か聞いてくるかもとか思っていたのだが、今も隣を歩く彼女は意外にも何も言ってこない。
まあ、それはそうか。別に彼女が俺に聞いてくる意味もそもそもない。普通に一人で行く感じだよな。それはそうだ。
でも、確か....
って、
「だ、大丈夫か」
「う、うん。ごめん。ちょっとよそ見して...た」
「わ、悪い」
「い、いや、こっちこそ」
つい数瞬ではあるが、俺の顔の前に彼女の顔が、それはもう至近距離に...。それはもう...。
すぐに距離を取ったが、何かにつまづきこけそうになった彼女を支えるためだったから仕方がない。仕方がない...が。
そういえば...
そうだった。あの時も...
確か、夜、俺の部活帰りに彼女が学校の最寄り駅の前で待っていて。
駄目だ。つい先日に見た夢もそうだが。何で最近はあの時のことが何故こう何度も頭の中に....何で。
何で...。
『ごめん。違うの。私は本当に斎藤くんのことが好きなの。嘘じゃないの。あの動画は明里が勝手に...。信じて...』
あの時も今みたいに暗くてよくは見えなかったけど彼女はちょうど....
いや、考えるな。思い出しても意味のないことを。
思い出すな。思い出しても意味がない。
そんな意思とは裏腹に俺の頭にはどんどんとあの時の光景がフラッシュバックしてしまう。
『信じて。斎藤くん...本当に好き。斎藤くんは憶えていないかもしれないけど___。』
そして、夢で見たように俺は彼女から....今でも信じられないがその時に
キスを...
くっ、何でまた思い出して...何で。
いや、でも....
でも、あの動画は彼女たちがネットにあげたもので。実際嘘告白で騙されて、証拠もあって...。そもそも彼女が俺に告白するなんてありえなくて....
それも動画にされる可能性だって頭によぎったりして...。でも、彼女はあれは友達が勝手にって...。でも、その友達はあれはドッキリだって、でも、それが本当かどうかなんて...。
頭がもう色々ぐちゃぐちゃになってしまって
最低にも俺は彼女を軽く突き飛ばしてしまって...。
『いや、俺はお前が嫌いだから』と言ったことは憶えていて...
そして、その時に最後に見た彼女の表情は...泣いて。
でも、それすらも暗かったから勘違いかもしれなくて....
俺は逃げるように彼女をおいて...そこからはもう学校でも
「ど、どうかした。雄大くん...」
「い、いや、ごめん」
本当に何で今こんなことを思い出して...何で。
あれは、嘘告白だった。ちゃんと証拠は今でも残っているし、そもそも、もう何年も前の終わったこと。
彼女も俺にひどいことをしたし、俺も最後に彼女にひどいことをした。それで差し引きゼロで終わって。自分の中でも消化して終わらせて...。
「いや、ちょっと考え事をな」
「そ、そっか」
終わらせて、今も、もう会うこともないと思っていた彼女が...まさかの隣に引っ越してきた時には驚いたけど、俺も彼女もお互いに初対面のような感じで特に深く関わることもなかった。なかったはずなのに....俺から何故かついボロを出して
そこらも数か月は俺も彼女もお互いにぎこちない感じで、あのことについてはお互い何も触れないようにして、いや、向こうは本当にただもう何も覚えていないだけかもしれないけど、気が付けば今みたいに仲良く話しかけてくれるようになって...。それが、俺も何だかんだでらしくもなく心地よくなって、さらに喋ったり、徐々にご飯に行ったり、色々とあって...今の様な関係というか何というか
いや...これはただ、いや、駄目だ。
俺はまた何を考えている。
もう10年も前に終わった話を何を考えて。
そう。彼女のあの時の言葉が本当で俺のことをまた....なんてそんなことだって思ったこともないから。俺はそんな勘違い野郎じゃない。ないから。
もしあれが、あの時のことが本当だったとしたら...俺は本当に最低な奴でしかないしな。
どちらにしろ、こんな俺が彼女に今さらそもそも釣り合うわけがないし...そのつもりもない。
そう。俺と彼女はただの隣人関係。
「ふふ、ねぇ、ちょっと寒いし、コンビニでも寄らない」
「ん?コンビニ?」
「そ、知ってた? 今年もさ、もうおでん始まったんだよ。どうせ今日はまだご飯たべてないんでしょ?」
「まあ、まだだけど」
「じゃあ、一緒に食べよ。私も食べたのは食べたけど、軽くだったからお腹空いてるし、駄目?」
「いや...まあ、いいけど」
「やった!」
そう。ただの隣人関係。それ以上でもそれ以下でもない。
それ以上でも、それ以下でもない...から