27歳独身の男
昔から死んだ魚の目をしていると言われて俺は生きてきた。
別に自分的にそうは思っていなかったが、目つきが悪いことも相まって他者からはきっとそう見えてしまうものなのだろう。あと身長はそれなりに高いが、猫背気味なことも原因か。
ただ、こればかりは生まれつきのものなのだからどうしようもない。
まあ、愛想がないことと、ひねくれている性格については知ったことではない。おかげで友達が極めて少ないのと27歳になった現在まで全くモテたことがないという代償を支払っているので、そこは許してもらわないと割に合わない。
特に最近は、残業続きの社畜三昧でさらにその死んだ目に拍車がかかっているように感じる。
今だってコンビニ弁当片手にようやく自宅のあるマンションに夜遅くに帰ってきたところだ。
それにしても、なぜ俺、斎藤雄大はこの世界に生きているのだろうか。
それなりの企業に就職ができたかと思えば、朝から晩までやりたくもない仕事をひたすらしてお金を稼ぐ毎日。
趣味や生き甲斐があるかと言われればそれもなく、車や服などにも特に興味はない。ゆえにあなたは何のために生きているのかと問われると、やはりその答えは今の自分の中にはない。
普通、一般的に俺ぐらいの歳の奴ならば、彼女や妻、子供のために生きていると口にもできるのだろうが、俺にそんな相手はいないし、今後できることもないと断言できる。
もし、そんな存在がいたら、俺もその相手が自分が生きるための目的になるのだろうかと考えたりもするが、それこそ考えるだけ無駄な意味のない時間だ。
そして、そんなことを考えていると、どうしてもいつも過去のとある出来事を思い出してしまう。
一応、こんな俺でもそういう色恋の経験がこれまでにないわけでは実はないから。
こう見えて人生で一度だけそういう経験をしたことがある。
信じられずに嘘かと思われるかもしれないが、実際に高校の頃に学年で1番、いや、学校で1番の美女に告白された経験が俺にはあるのだ。
そう。嘘で。
クラスの陽キャグループによくある罰ゲーム的なノリで、負けた奴が誰かに告白する際に、おそらく騙しても今後の自分の学校生活に差し支えのない俺が彼女のターゲットに選ばれた。
実際、それまで何の関係もなく、ほとんど話したことのないクラスメイトの彼女が俺に告白してくるなんてありえない話で、何故あの時の俺がそんな茶番に騙されて了承して、さらに3回もデートをしてしまうなんて馬鹿な真似をしてしまったのかは今でもわからない。今でも...。
挙句の果てにはそのデート風景が当時インフルエンサーと言っても過言ではないレベルのフォロワーがいた彼女の友達に動画サイトにあげられて俺は世間のいい笑い者になる始末。
一応、動画内の俺の顔にモザイクはかけられていたが、学校の奴らからすればそれが俺であることはほとんどの奴らが知っていること。本当に最悪だった。そして、その動画は消されずにまだサイト内に残されたまま...。
でも、改めて何だろう。『クラスの冴えない男が学年1可愛い美少女同級生に告白されたら一体どうなる?』って。
動画のタイトルのセンスがなさすぎると思うのは俺だけだろうか。
別にどうもならない。本人に動画の投稿がすぐにバレて3話で打ち切りになるだけだ...。
まあ、もう十年も前のこと。いくら再生回数が万を超えているとはいえ、今となっては誰の記憶にも残っていないはずだし、どうでもいいこと。
ただ、俺のひねくれ具合を加速させたのは間違いなくこの出来事によるものだろう。おかげ様で今の俺のできあがりだ。
一方、その俺に嘘告白をかましてくれた彼女は確か高校を卒業後、大学ではミスコンでグランプリだったたっけか? そしてアナウンサーや芸能人でも目指していたのかと思えばそうでもなかったみたいで、当時あったSNSなども今は綺麗さっぱり見つからない。
だから、今どこで彼女が何をしているのかは皆目見当もつかないが、彼女のことだ。ぬくぬくと順風満帆な成功者の生活を送っていることは間違いない。
まあ、もう関わることなんて二度とないだろうし、どうでもいいことだけど。
と、つい数か月前までは思っていた。
「あ、おかえり。今、帰り? 私も今日は残業でさー。もうくたくたー」
今、自宅のあるマンションのエントランスには俺ともう一人の女。
スラっとしたビジネススーツを身にまとい、昔の可愛さもしっかりと残しつつ、キリっとしたデキる女の雰囲気をも身にまとう、これでもかと髪の綺麗な美女。
普通であればまあ俺が関わることはないであろうレベルの女性。美人すぎて話しかけずらいような女性と表現すればわかりやすいだろうか。
とにもかくにも極陰の俺とは正反対のオーラを持つ女性。人間としての格と言うか、これと同い年であると思うと自尊心がいつも削りに削られる。
そして、そんな彼女がその見た目からはギャップのある人懐っこい笑みで隣からこちらに向かって話しかけてくる。
「そうだ。ねぇ、ねぇ、見てこれ。ほら、ミキのところ赤ちゃん生まれたんだってさ。超可愛いよねー。いいなー。ふふ、ほら、この写真も可愛い」
それも、昔から仲のいい友達に話しかけてくる感じで...。
改めて思ってしまうが、彼女は昔の俺との出来事を覚えていないのだろうか。昔の...あの時のことを。
まあ、自分からあの黒歴史を掘り起こすつもりも毛頭ないが、彼女が引っ越してきたと思っていたらいつの間にかこんな感じの関係になっていた...。
あと俺はそのミキとも別に仲良くないし、高校時代はあなたともこんな感じで話した記憶はやはりない。
「ふふ、私の場合まずは彼氏を作るところから始めないとなんだけどね。あ、エレベーター来た。ほら、乗ろ」
まあ、彼女からすれば当時のその嘘告白の出来事も十年ほど前のほんの些細な遊びの一つ...なはずだ。覚えていなくてもおかしくはないのだろう。おかしくは...。
当然、思い出してもらおうとも思わない。今まで人と関わってきた数も何もかもが彼女の方が圧倒的に多いはずだから本当に彼女にとってはあの出来事は些末な出来事のひとつでしかない。
この距離の近さだって、元々の彼女の社交的な性格から来るもので何の特別な意味もない。それに、何が彼氏だ。お前レベルなら選び放題のバイキング状態だろ。と心に思いはするが別に口に出したりはしない。
とりあえずだ。どう転んでも俺がそんな彼女にもうあの時の様な思いをさせられること。それだけはない。
この、高校時代に嘘告白で俺に恥をかかせてくれた西野美桜、彼女に勘違いさせられることも絶対にない。
まあ、そもそも彼女自身も俺に興味は今も昔も全くないのだろうから、何も問題はない。何も...
ないけれど、まさかそんな彼女が十年ぶりに俺と同じマンションで再会するだけではなく、隣人になるなんて、あの頃は思ってもみなかった。実際、あの出来事以降、全く関わりなく卒業を迎えてそれっきりだったから。
そう。ただの隣人。それだけの関係で、それ以上でもそれ以下でももちろんないのだから、何も思うことはない。強いて言えば一体どういう確率でこうなってしまったのだろうかと言うところだろうか。
本当に。
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