第97話 オリーブの首飾りってBGM、我々に刷り込まれた手品のスイッチですよね
私たちは、手配師のゴロンと一緒に、領主の館にやってきました。
行政施設ですし、ここらの地域を統括している領主の仕事場ですから、かしこまった雰囲気の豪邸です。
あんまりお金の匂いはしてこないですね。
でも生垣とか庭の彫刻には、お金がかかっているので、成金みたいな悪趣味がないだけで、それなりにコストはかけているみたいですよ。
ふーん、なんだか先祖代々の金持ちが住んでそうな雰囲気で、それはそれで嫌な感じですね。
まぁいいでしょう。我々はイナズマストーンで儲けたいだけですから、細かい感性なんかは気にしないほうが得です。
というわけで、私たちはホウキとチリトリを使って、領主の館の庭を清掃していきます。
ぶっちゃけめんどくさいですね。報酬ありのアルバイトでもめんどくさいのに、報酬なしでやるとなれば、やる気ゼロですよ。
こういうとき最初に遊び出すのは、僧侶のレーニャさんです。
「めんどくさいわねぇ。報酬なしの掃除って。なんかテキトーにホウキを転がして、それで終わりでいいんじゃないの?」
なんで僧侶のあなたが、真っ先に奉仕活動を投げ出すんでしょうか。
僧侶は奉仕活動を神に捧げて地域に貢献すると思うんですが…………。
まぁいいでしょう。彼女はギャンブルを好むぐらい例外な僧侶ですし。
戦士のアカトムさんは、家柄がいいこともあって、そこまで苦ではないようです。
「領主の館となれば、税金で運用されてる施設なんだから、ボランティアで掃除をしても、そこまで悪い気はしないかも。ただお茶とお弁当ぐらい出してほしいかなぁーって」
おやおや、立派な騎士の家系なのに、無償奉仕ではなく食事を要求するなんて、あなたもすっかり腹黒に染まってきましたね。
いい傾向です。
武道家のシーダさんは、あちょーっと拳法みたいな動きをしながら、掃除をしています。
「こういう鍛錬もある。だからこそ、お腹すいてきたから、お茶とお弁当が欲しい」
たとえ鍛錬していなくても、掃除したら、お腹すきますね。
はぁ、若い冒険者たちが、こうやって無償労働しているんですから、領主さんは、お茶とお弁当ぐらいポケットマネーでごちそうしてくれてもいいと思うんですよね。
ちらっ、ちらっ。
と私たちが領主の執務室をチラ見していたら、正面玄関から小太りの中年男性が出てきました。
彼こそが、この街の領主です。名前はポンポ。ずんぐりむっくりした体型で、しかも目の下にクマがあるせいで、パンダみたいな見た目ですね。
そんなポンポさんですが、ふっふっふと不敵な笑みを浮かべながら、私たちに近づいてきました。
な、なんでしょうか。もしかして私たちが無償労働でクエストを請けたくせに、お茶とお弁当を要求していることに気づいて、文句をいうつもりですか?
えー、そんなケチなこといわないでくださいよー。無償労働にも水と食糧は必要ですってば。
と思った私たちが身構えていると、領主ポンポはカードマジック用のトランプを取り出しました。
「このトランプには種も仕掛けもない。だから好きなカードを一枚選びたまえ。ただし絵柄をこちらに見せないように」
ちゃらららりららん、ちゃらりらららーんららー(手品の定番音楽、オリーブの首飾りが流れ出しました)
はー、なんですか、私たちに文句を言うつもりじゃなくて、手品のお客さんをやってほしいだけですか。
なーんだ、ビビって損しましたね。
っていうか、こちらは無償労働中だっていうのに、めんどくさいオジさんですね。
でも相手はお偉いさんですし、しょうがない、一枚選んであげますか。
はいっ、私が選んだカードは、ハートのエースでした。
このカードの絵柄を領主ポンポに見せないように、裏返した状態で返しました。
領主ポンポは、裏返しのカードを受け取ると、それを屋外テーブルに置きました。
「さぁ遊び人の君、残りのカードをシャッフルしたまえ。それから私が裏返しのカードとまったく同じやつを引き抜いてみせる」
相手に指示されたとおり、私はトランプカードの束を受け取ると、しゃかしゃかとシャッフル。
すぐさま彼に返しました。
ポンポは勝ち誇った顔になると、シャッフルされたばかりの束から、一枚のカードを取り出しました。
ハートのエースです。
裏返しでテーブルに置かれたカードと、まったく同じ絵柄のカードを束から取り出したわけです。
僧侶のレーニャさんと、戦士のアカトムさんと、武道家のシーダさんは、おおっすごいっと驚いています。
ただし私だけは、驚くかどうかの決断に迫られていました。
職業:遊び人。つまり私はカードマジックの種と仕掛けを知っているわけです。
今回使用したトランプには仕掛けがあって、裏面に特殊なパターンが刻まれています。
それを丸暗記してしまえば、簡単にカードマジックが出来るわけです。
いつもの私の性格であれば、種と仕掛けを暴露して、相手の鼻をへし折ることでしょう。
でも相手はお偉いさん、かつ顧客ですからね。
もし鼻をへし折ったら、領主ポンポは不機嫌になって、社会奉仕活動が中断になることでしょう。
ちらっと手配師のゴロンを見ると、私を品定めするような顔をしていました。
つまりゴロンは、この展開になることを見越して、領主の館の社会奉仕活動をやらせたわけです。
『このパーティーのリーダーであるユーリューは、はたして自我を押し殺してでも、顧客に接待行動ができるかどうか?』
困りましたねぇ。私の腹黒マインドだと、領主に媚びへつらうなんて冗談じゃないわけですよ。
でも接待しないと、イナズマストーンを売りさばく相手を紹介してもらえません。
むむむ…………どうしたらいいんでしょうね?




