第92話 珍しく真面目なバトルシーンが始まったと思ったのに、結局オチは私のギャグ
映画の前監督は、私のことを指さして、ぎょっとした顔になりました。
「ああっ! お前、映画の撮影現場で、おれをクビにしたやつじゃないか!」
はい、その通りです。
私こそが、あなたを撮影現場から追放したことによって、本命の犯罪者を野放しにしてしまった間抜けですよ。
っていうか、前監督の顔を注意深く観察してみると、ヘビみたいな髭が生えていて、頭髪の中に角が隠れていました。
「その髭と角、あなたが人間じゃないことに、もっと早く気づくべきでした」
「ふんっ、気づくのが遅かったな。それじゃあ、そこを通してもらおうか」
もし私ひとりでしたら、前監督の逃亡を防ぐことはできなかったでしょう。
しかし私をおんぶしている盗賊イシュタルが、堂々と仁王立ちで通せん坊しました。
「逃がすはずないだろうが、魔王の配下を」
「その強気な態度は、このマジックアイテムを前にしても続けられるかな?」
前監督は、筒みたいな形のマジックアイテムをかざしました。
するとマジックアイテムが起動して、謎の発光現象が始まりました。
きらりきらりと鈴みたいな音が鳴りだして、筒の先端から不気味な黒い光が飛び出してきます。
それはイシュタルを包み込んで、ひゅーんっと不快な音が鳴り響きます。
いったいなにが起きたんでしょうか?
それを説明するように、前監督は、わっはっはっと肩で笑いました。
「このマジックアイテムはな、大昔の魔族が作ったもので、人間を弱体化させる効果を持っているのだ。どうだ、恐ろしいだろう?」
たしかに恐ろしいです。
だって魔王軍が探していたマジックアイテムは、人間に対してピンポイントで悪影響を与えるものですから。
うーん、こんなとんでもないモノを私たちが追いかけていたなんて、まさに身の丈に合っていなかったですね。
依頼主である衛兵隊のみなさん、情報の分析はスピーディーかつ正確に行ってくださいよ。
それはそれとして、いまこの場をどうやって乗り切るかですよ。
いくらイシュタルが、勇者パーティーに所属できるほど強くても、マジックアイテムで能力が弱体化してしまったら、魔王直属の配下と戦うのは難しいんじゃないですか?
と思ったのは、私が弱いからなんでしょうね。
肝心のイシュタルは、まるで気にしていませんでした。
「たしかにそのアイテムを魔王に使われていたら、面倒だったかもしれないな。だがお前に使われても、まるで脅威じゃないんだよ」
なんて強気なんでしょう。それだけ自信があるんでしょうか?
それともハッタリで敵をビビらせようとしているとか?
うーん、わかりません。だって私、戦闘のプロじゃないですし。
ちなみに前監督は、鼻で笑っていました。
「抜かせ、青二才の若造が。それだけ能力が弱体化すれば、お前の長所であるスピード能力を活かせないだろうが」
うん、私もそう思います。
スピード自慢の盗賊が、スピード能力を落とされてしまったら、長所を失うんじゃないでしょうか。
でもイシュタルは、まるで動じていませんでした。
「だったら試してみようぜ。俺様のスピードの上限がどんなもんかってな――」
イシュタルは私をおんぶしたまま、とんでもないスピードで加速して、前監督の懐に飛び込むと――鮮やかに短剣を振り抜きました。
それらの動作を、私の目でも認識できたんですから、たしかにマジックアイテムで弱体化していたんでしょうね。
ただし、スピード能力の絶対値が高すぎたので、たとえ弱体化したところで、十二分に速いんですよ。
こうして前監督は縦にズバっと切り裂かれて、肉体が左右に泣き別れすると、その場にドサリと倒れました。
「は、早すぎる……こんなあっけなく負けるなんて……」
イシュタルは、筒みたいなマジックアイテムを拾うと、短剣で切り刻んでバラバラに解体しました。
「俺様のスピードは常識外れなんだから、常識的に能力を弱体化させる効果じゃ出力不足だったな」
「おのれ、化け物め…………」
こうして映画の前監督こと魔王の直属の配下は消滅しました。
いやぁ、ちゃんと強いですねぇ、この単純男は。
なんで私をおんぶしたまま、しかもマジックアイテムで弱体化した状態で、普通に勝っちゃうんでしょう。
ちなみに私はですね、イシュタルにおんぶされたまま、超スピードで動かれてしまったせいで、乗り物に酔ったときと同じ症状を起こしていました。
「うぅ、目がまわりますぅ、ぎもちわるいですぅ……吐きそう……」
「お、おいバカ! 俺様がおんぶしている状態で吐くんじゃねぇ!」
「げろげろー、おげー」
「うわぁ! 俺様の肩にかかってるが!?」
ず、ずいまぜーん、さすがの私も、これは悪いと思っていますぅ……。
と謝りたいんですが、一度吐くと、全部吐くまで止まらなくて……。
げろげろー。
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