第74話 相馬眼
新馬戦用のファンファーレが鳴りまして、ついにレースがスタートしました。
初々しい競走馬たちは、ゆったりとしたスピードで、スターティングゲートを飛び出すと、縦に長い隊列を形成しました。
すべての馬がレース初体験ですから、万が一の事故に備えて、馬群の間隔がちょっと広めですね。
もし新馬戦でタイトな馬群を形成してしまうと、他馬との接触に驚いた若い馬が暴走したときに、退避場所がなくなってしまうわけですよ。
そういう事故が起きた場合、最悪のパターンだと多重落馬事故に繋がるので、馬群に隙間を空けて、安全マージンを確保してあるわけですね。
そんなレースだからこそ、基本的には前方集団が有利だったりします。
もし標準的なレースであれば、先行した有力馬がそのまま勝つはずです。
「……そういうスタンダードな決着をするんであれば、ガンギマリのトキさんは、あんな買い方をしないはず」
ガンギマリのトキさんは、大穴の三連単をフォーメーションで買ってありました。彼女の表情から察するところ、やたらと自信があるようですね。
それに対して私は、中穴ぐらいを三連複を五頭ボックスで買ってあるわけですが、あんまり自信がありません。
うーん、なんだか嫌な予感がしますねぇ。
やがてレースは最後の直線を迎えました。
先行集団は、すでに脚色が衰えていて、後方に控えていた人気薄の馬たちが、一斉に伸びてきました。
「うわっ、ガンギマリのトキさんが買った馬ばかり伸びてきて、私の買った馬は手ごたえが怪しい!」
私の中で本命だった馬は、ずるずる後退して、十着でゴールインです。
もちろん五頭ボックスで買っているので、一頭だけ着外になっても問題はないんですが、問題は残り四頭でした。
二頭だけ的中していて、残りの二頭は外れですね。
つまり欲張って三連複で買ったのが間違いです。
中穴の馬たちが二頭も入ったんですから、ワイドないし馬連のボックスで買えば的中していたんです。
うわー、これはやってしまいましたねぇ。
しかも武道家のシーダさんが、ランダム要素で買い目に馬は、きっちり三着以内に入っていたので、私は仲間の幸運をうまく活かせなかった形です。
猛省しています。職病としての遊び人は、ギャンブルに強くないといけないわけですから。
ちなみに先頭でゴールインした馬は、単勝万馬券に該当する馬だったので、三連単は五十万ゴールドの払い戻しでした。
当然のようにガンギマリのトキさんは、この大穴馬券をゲットしていました。
私は悔しさを押し殺しつつ、次のレースに備えてトキさんに質問しました。
「トキさん、いったいどうやってこんな波乱の結末を予測できたんです?」
「どれだけ良血馬でもねぇ、一戦目だけは教育騎乗に徹しないといけない馬ってのがいるのさ。そういう負けることを前提にレースを走らせるときってのは、調教師の追い切りコメントと騎手の表情に後ろめたさが出るんだよ」
「なるほど、人気馬が飛ぶことを先読みしていたわけですか……もう一つ教えてほしいんですけど、なんで大穴の馬が先頭でゴールインすることがわかったんです?」
「生産牧場、管理厩舎、乗っている騎手、すべてが三流だ。しかし調教データだけ見れば、かなり優秀な馬だとわかった。それだけで買えるんだよ」
馬券を買う人間たちの基本的な傾向なんですが、G1レース常連の生産牧場と、一流の厩舎と、一流の騎手を厚めに買うわけですよ。
それとは正反対の属性を持った馬に関しては、どうしても軽視しがちです。
実際の統計としても、一流の牧場・厩舎・騎手で買ったほうが、的中率は高くなります。
しかし今回の新馬戦では、そういう傾向を無視した決着になりました。
つまりガンギマリのトキさんは、馬を見る目があるわけです。それも相馬眼と呼べるレベルで。
もしやと思った私は、思いきってトキさんにたずねてみました。
「もしかしてガンギマリのトキさん、若いころ馬の生産に関わってたんですか?」
「帝国陸軍の厩舎担当だったのさ。きちんと定年まで働いたよ」
つまりトキさんは、戦争経験者かつ熟練のホースマンです。
こんな手ごわい人材が競馬に入り浸っているなら、そりゃあ馬券に強くなるはずですよ。
トキさんは、私にとって強敵そのものですが、遊び人として負けるわけにはいきません。
現時点の回収率勝負ですが、さきほどのレースで高額払戻金をゲットした影響により、ガンギマリのトキさんが大幅リードになりました。
次のレースで逆転しないと、前監督の逃げた先がわからないままになってしまいます。
絶対に負けませんよ。レベル一の遊び人であっても、得意分野であれば勝てることを証明します。
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