第68話 闇市で昔の知り合いと再会しました
やってまいりました、闇市。
都市の外壁と防風林の間に、小ぢんまりとした露店が広がっていました。
移動式の闇市ですから、風呂敷を広げて、その上に商品を並べてあるんですね。
もし衛兵が近づいてきたら、すぐに風呂敷を畳んで逃げる仕組みです。
当たり前ですが、こういう場所をVITで撮影してはいけないので、配信用のやつはオフにして、映画撮影用のやつはモザイク処理をかけたあと、音声もエフェクターをかけてマスクしました。
もし固有名詞が出てきたら、ピーっと音を出してログに残らないようにします。
戦士のアカトムさんが、心配そうにサングラスをズラしながら、私にたずねました。
「こういうところって、ご新規さんお断りだと思うんだけど、大丈夫なの?」
私は、スーツ姿の仲間たちと円陣を組むと、小さな声で説明しました。
「蛇の道は蛇といいます。私のコネが使えるかもしれないので、みなさんはここで待っていてください」
読者のみなさんは知っていると思いますが、私はスリと置き引きで路銀を稼いでいた時期があります。
あの時代のツテを活かせる人脈がこの街に存在していれば、前監督の足取りがわかるはずです。
と思った矢先に、発見しましたよ、昔の知り合い。
盗賊のミシェールさんです。三十代後半の女性で、肉食獣みたいな体つきをした豪傑です。腰にはシャムシールという曲刀をぶら下げていて、いつでも戦えるように身構えています。
「ミシェールさん、お久しぶりです」
私がそっと近づくと、ミシェールさんは日焼けした顔で苦笑いしました。
「なんだい、誰かと思ったらタイダルウェイブの娘かい。相変わらず弱そうだ」
タイダルウェイブというのは、私のお父さんの二つ名ですね。
他にも複数の二つ名を持っているんですけど、海に関連した二つ名になりがちなのは、帝国海兵隊出身だからですね。
ちなみミシェールさんは、お父さんの元部下です。
「ミシェールさんぐらい情報の感度が高い人であれば、すでに噂を聞いているかもしれないんですけど、私、映画を撮影しているんですよ」
「ああ、胡散臭い刑事ものを撮影してるんだろ。しかもその現場で小道具を盗んでたやつが、どこぞの冒険者に捕まって、しかも首謀者だけ逃げたとか」
「お恥ずかしながら、その捕まえた冒険者というのが私でして」
「あんた、冒険者になったのかい。まるで向いてないから、故郷に帰って母親の洋菓子店を継いだほうがいいよ」
「私には母みたいな料理の腕もないし、可愛くもないので」
うちの母、びっくりするぐらい美人なんです。それなのにどうして娘である私はこんな不細工に生まれたんでしょう????
その答えは、ミシェールさんが私の代わりに言ってくれました。
「顔はイカつい父親に似て、身体能力は虚弱な母親に似て。あんた本当に運がないねぇ。似る部分が逆だったら、誰もがうらやむ完全無欠の美少女だったのに」
そうなんです。もし顔がお母さんに似た美少女で、身体能力がお父さんと同じ怪物級だったら、勇者パーティーに入れたと思うんですよね。
でもまぁ、そんな都合のいいステータスを持てずに生まれてしまったので、いまある条件でサバイバルしていくしかないです。
「私のことはいいんですよ。それより泥棒だった前監督の行方を追っているんです。指名手配もかかっていますし、衛兵の受付を抱き込んだ常習犯だったせいで、もし彼を放置しておくと、衛兵隊がここに突撃してくると思いますよ」
衛兵の受付を抱き込んでいた、というキーワードにミシェールさんの表情が強張りました。
衛兵隊にしてみれば不祥事ですから、さっさと事件を終わらせたいわけですよ。
となれば、窃盗事件の捜査では考えられない規模の人数を送り込んでくるので、闇市の関係者たちは巻き添えで逮捕される可能性があるんですね。
どうやらミシェールさんは、闇市全体を守るために、前監督を切り捨てることにしたみたいです。
「前監督と取引のあったやつが、競馬場に入り浸ってる。わたしが現地までついていくから、あんたがギャンブル勝負で情報を引き出してくれ」
「ギャンブル勝負なんですか? ミシェールさんが口利きしてくれるわけじゃなくて?」
「無類の勝負好きなんだよ。どれだけお金を積んでも無視するのに、ギャンブル勝負で負けたらコロっと喋るやつだ」
どうやら情報の持ち主は、ただのギャンブル中毒者じゃなくて、変わり者らしいですね。
私はギャンブルが好きなわけではないんですが、勝負できるぐらいには知識があるので、どんとこいですよ。
**CMです**
質屋パレスからお知らせです。各都市にある闇市は我々とは一切関係ありません。いいですか、関係ないですからね。本当の本当ですからね(広告の右下に小さくて黄色い亀が描いてある。これが闇市の開催地の目印)




