第64話 監督と発砲とクーデター
私と戦士のアカトムさんは、ユーリ&アカという役柄を演じるために、小道具であるパトカーに乗車しました。
アカトムさんは助手席に座りながら、何度も首をひねりました。
「ねぇユーリュー、これってそもそも乗り物なの? 馬車とはなにか違うの?」
「パトカーといって、内燃動力で動いているんですが……細かいことは気にしないで、映画の小道具という言葉だけで納得したほうが幸せですよ……」
「そうだね。ユーリューみたいな腹黒がそこまでいうんだから、きっと細かいことを気にしたら負けなんだろう」
すでに配信もオンにしていて、お客さんたちが集まっているんですが、ツッコミの嵐です。
『この乗り物、馬に引かれてないし風も吹いてないのに、なんで動いてるんだ?』『こっそり魔法か錬金術で動かしてるんじゃないか』『それな、よくあるトリックだよ』
うんうん、そうですよ、みなさんの鋭い推理のとおりですよ。
そういうことにしておくと平和に物語が進行します。
という感じで、私はパトカーを運転しながら、刑事のユーリ役を演じていきます。
「この前バーで口説いた女といい感じになったんだけど、すぐケンカになっちゃってさ」
アカトムさんも、相棒刑事のアカ役として台本を読んでいきます。
「なんで別れたんだよ、いい女だったんだろ?」
「事件の呼び出しがあったから、女の誘いを断ったら、もうカンカン」
「女より仕事を選んじゃったわけね」
「やめられるはずないだろ、こんなおもしろい仕事」
くわー! なんてトレンディ(死語)な匂いのするセリフ! 現代の若者が見たら謎の儀式に感じるでしょうね!?
と内心悶絶しながら、パトカーは事件現場にたどりつきました。
港の撮影セットに、被害者役の人が、うつ伏せで倒れていました。
もちろん死体を演じているだけで普通に呼吸しています。なんなら血ノリは小麦粉で作った偽物です。
私とアカトムさんは、ユーリ&アカの役柄を維持したまま、被害者役の近くにしゃがみました。
「傷口を見てくれアカ、ナイフでめった刺しだ。金品は盗られてない」
「動機は怨恨かな」
「通り魔かもしれないぜ。ナイフで刺すことが楽しいタイプ」
「あー、やだやだ。そんな犯人、追いかけたくないね」
「そういうときはマグナムの出番」
「おいおい課長に怒られるぞ。そんな気軽にぶっ放すなって」
「手が滑ったんだよ」
「ああ、たしかにオレも手が滑りそう」
と、台本のセリフをいいつつ、アカ役のアカトムさんは小道具のマグナムをぺたぺた触りました。
その瞬間、誤って引き金を引いてしまって、ずどんっと発砲です。
……ええっ、発砲!? しかも飛び出した弾丸が映画セットに直撃して穴が空きました!?
私は役者なのに「カーット!」と叫んでカメラを停めました。
「おいこら監督! 本物の拳銃使ってどうするんですか!? ケガ人出たらシャレにならないでしょうが!」
監督は、にやりと笑いました。
「芸術は爆発だ!」
「太陽の塔! ……じゃなくて、こういうときはおもちゃの拳銃を用意して、特殊効果で、まるで発砲したように見せかけるんですよ!?」
「そんなまどろっこしいことやってられるか!」
「ええい、こうなったら奥の手です! このバカ監督を降板させて、私が代わりに撮影を続行します! この案に賛成する人は手を挙げてください!」
撮影スタッフ全員が、一切迷わず手を挙げました。
しかも『ようやく監督クビかよ、正直せいせいした』といわんばかりの表情でした。
こうして監督は前監督になり、冷や汗をだらだら垂らしました。
「えっ、こんなあっさりクーデター成功?」
私は、前監督の狼狽する顔をびしっと指さしました。
「あなたの嫌われっぷりから推理しましたが、さては私たちが代役を務める前の役者さんたち、あなたの無茶な撮影のせいでケガしたんでしょう?」
「あ、あれはあいつらが運動オンチだから悪いのであって……ごにょごにょ」
「そうやってふざけた言い訳をしながら、故郷に帰るといいですよ。すでに私が映画監督なので」
「ええい、おぼえてろよ!」
ありふれた捨て台詞を残しながら、前監督は逃げていきました。
私は勝ち誇りながら、撮影スタッフに伝えました。
「安心してください。台本はすべて覚えています。さぁ最高の映画を撮影しましょう」
こうして私が映画監督になって撮影継続になったわけですが、あくまで今回のクエストの目的は窃盗犯を捕まえるための囮役ということは忘れないでおきましょう。
*CMです*
帝国公共広報です。近年VITの普及に伴い新しい仕事が増えましたが、きちんと安全を確保してから業務を開始してください。労災はマニュアル作成と手順の徹底で減らせます。慢心と油断はケガの原因。このフレーズを覚えてくださいね。




