第119話 ムーンライトセレナーデ
はい、逮捕された私は、衛兵詰め所に連れてこられました。
こっそり教えておくと、罪状がついたかどうかはともかく、捕まるのは初めてじゃないですねぇ。
だから落ち着いているわけです。
それはさておき、国家反逆罪なんてマジでやってないですからね。
武道家のシーダさんがいったように、もし皇帝の悪口を言ったと誤解されているだけなら、反省文を詠唱するだけで即釈放ですから。
しかも前科つかないですからねー。
という感じで、あれこれ考えていると、取り調べ担当の衛兵が入ってきました。
ちょっとこれまでの衛兵と雰囲気が違いますね。なんかこう上品でありながら高圧的な感じです。
たぶん階級が高い衛兵です。
それも身元のしっかりしたタイプ。うちのパーティーの戦士のアカトムさんみたいな由緒正しい生まれの衛兵でしょう。
そんなお高くまとった衛兵ですけど、調書を開かずにこう言いました。
「しばらく待っていろ」
待つだけ?
取り調べはしないんでしょうか。
うーむ、下手にこちらから口を開くと状況が悪化しそうな雰囲気です。
こういうときは黙って様子を見たほうがいいでしょう。
しばらくして、廊下から複数の足音が聞こえてくると、取調室の前でぴたっと立ち止まりました。
がちゃりとドアが開いて、何者かが入ってきます。
その人物の顔を見た瞬間、私は自分の認識能力を一瞬だけ疑いました。
皇帝です。
皇帝本人がそこにいました。
我らが帝国で一番偉い人ですよ。
ライオンみたいな顔付きで、実年齢は四十代後半なのに、いまだ三十代前半みたいな若々しさを維持した男です。
そんな生命力のみなぎった皇帝が、私の顔を武具みたいに品定めしてから、こう言いました。
「ユーリュー、しっかりギャンブルに励んでいるか?」
なにをいっているんでしょうか、このお偉いさんは。
ここは衛兵詰め所だし、あなたは皇帝だし、私は一レベルの遊び人ですよ。
しかも冤罪で捕まっているのに、なんで犯罪をやらかしたかどうかをたずねるんじゃなくて、ギャンブルをやっているかどうかをたずねているんですか?
まぁ皇帝が相手なのに、返事をしないってわけにもいかないでしょうから、とりあえず答えておきますけど。
「しっかりかどうかはわかりませんが、必要な場面でやっていますよ」
「ギャンブル、ちゃんと強いか?」
なぜか質問の口調に圧がありました。
なんで皇帝なんて圧倒的に上の立場の人間が、たかがレベル一の遊び人にそんなギャンブルの強さを確認したがるんでしょうか。
気にはなるんですけど、嘘をつく場面でもないでしょうから、そのまま答えます。
「基本的には強いですよ。そうでなければ遊び人は務まらないので」
どうやら満足したらしく、皇帝は肩の力を抜きました。
「それならいい。あともし父親に会うことがあったら、『ムーンライトセレナーデ』と伝えてくれ」
「……合言葉っぽい響きですね。というか、なんで皇帝が指名手配犯にメッセージを伝えようとするんです?」
かなり怪しくなってきました。
私のお父さんが指名手配犯であり、元海軍の関係者であることはすでに触れたとおりです
となれば、なんで皇帝が元海軍の指名手配犯を追及するわけではなく、合言葉を伝えようとしているんでしょうか。
「余計な詮索はしなくていい。またいつか会うこともあるだろう、さらばだ」
それだけ言い残して皇帝は帰ろうとしたんですが、取調室の出入口で一時停止して、一言だけ付け加えました。
「お前のやらかした置き引きや当て逃げなんかの罪は不問にしておく。今後はおとなしくしておくんだな」
ば、バレてりゅぅぅぅー!
…………い、いやでもまぁ、不問にしてくれるっていうし、ラッキーということで、ここはひとつ。
取り調べ担当の衛兵も、苦虫を潰したような顔でこう言いました。
「親子そろって、グレーゾーンの塊みたいなやつらだ」
なんてひどい言い草でしょう、まぁグレーゾーンの自覚はありますけどね。
とにかくこうして私は釈放されることになりました。
つまり別件逮捕だったんですね、皇帝が私に『ムーンライトセレナーデ』という合言葉を伝えるための。
そうなってくると……手配師ゴロンが例の仕立て屋を紹介するところまでふくめて、皇帝の陰謀だったんでしょうか?
それとも手配師ゴロンの仕事に、皇帝が介入しただけでしょうか。
それを確かめるために、もう一度仕立て屋にいきましょうか。




