第108話 はぐれドラゴンと山吹色のお菓子
青い鱗のドラゴンは、巨大な手で領主の館の壁をぶち抜くと、石板に手を伸ばしました。
「僕の黒歴史を返せ!」
ひえええ、ドラゴンって、ただパンチするだけで壁を壊せるんですねぇ。
やっぱあらゆる伝説の下地になるだけあって、強いですよ、この種族。
なお舘の主である領主ポンポは、冷や汗を流しながらも、毅然と対応しました。
「落ち着きたまえ、ドラゴンくん。ちゃんと石板は返すから、これ以上館を壊さないでくれ」
領主だけではなく、私たちパーティーも、領主の舘が壊れてしまったことを身振り手振りで強調しました。
すると青い鱗のドラゴンは、罪悪感を感じたらしく、ちょっとだけ落ち着きました。
「そ、そうだね。たしかにこのままだと建物が壊れちゃうなぁ。でもなんで人間たちは、僕の黒歴史を掘り返したのさ?」
現在の精神状態であれば、私の説明を噛み砕いてくれそうなので、挙手して答えました。
「その石板、かなり臭いじゃないですか? あなたの魔力が原因で呪いが発生して、悪玉菌の発生源になってしまったんですよ。そのせいでペスカータン山のイナズマストーンが食べられなくなりました」
青い鱗のドラゴンは、石板の臭さに気づいて、顔をしかめました。
「そうか。昔、僕が小説を書いたとき、無意識でドラゴンの魔力が入ってしまったんだな……」
「ざっと三十年前から発生していた現象なんですが、今日まで気づかないものですか? イナズマストーンは、あなたたちドラゴンが常用する胃薬なのに」
「僕が普段使ってるイナズマストーンは、この地域の隣にある沼地のやつだから、ペスカータン山の臭いに気づかなかったんだよ」
「ふーむ? しかし仲間内で話題にならなかったんですか、ペスカータン山のイナズマストーンが臭くなったって」
青い鱗のドラゴンは、とても悔しそうな顔で、理由を説明しました。
「…………僕は、はぐれドラゴンだから、仲間内でどんな情報が出回ってるのか知らなくてね」
な、なるほど……例のなろう小説ドラゴン版を書いてしまうようなヒエラルキーに位置しているから、仲間との交流がないわけですか。
気の毒ですねぇ。
バカにするわけじゃなくて、本当にかわいそうです。
それはさておき、私はドラゴンに追加の質問をしました。
「ちなみに、なんでこの石板は山小屋の下に埋まっていたんですか?」
「誤って人間や野生動物が石板を掘り返さないように、僕が山小屋を作ってフタをしたんだ。だから山小屋のほうに魔法をかけて、誰かが掘り返したらすぐ気づくように細工してあった」
「それですぐ気づいたんですか、私たちが掘り返したことに」
「そうさ。でも石板に書いた小説に、僕の魔力が入り込んだことには気づいてなかったな。それだけ当時は熱中していたってことなんだろうけど」
まぁ小説を書くことは、日記帳を書くことと同じく、精神の憂さ晴らしをこっそりやるのに最適ですからね。
灰色の青春を送っていると、熱中しやすいんでしょう。
私からの質問が終われば、今度は領主ポンポがドラゴンに質問しました。
「石板にかかった呪いは、ドラゴンの魔力が根源だから、人間で解呪するのは難しい。なんとか呪いを解いてくれないかね?」
「うーん、意図して作った呪いじゃないから、解くのは難しいよ。でたらめな魔法式で発動した魔法って再現性がないからさ」
「なにか解呪の糸口はないのかね?」
「北海の山にいるドラゴンのおばばに聞けばわかるかも」
「なんとあらゆる逸話に記されているドラゴンの知恵袋が実在しているのかね! ぜひ会わせてほしい!」
たしかにドラゴンの知恵袋は、冒険譚の定番ですよね。
そこに感動して興奮する気持ちはわかります。
でもあなたは領主の業務をやっているはずでは、という気持ちを込めて、私はツッコみました。
「つまり知識欲を優先して、公務をサボるんですか?」
領主ポンポは、ついに開き直りました。
「いいじゃないか、どうせ暇な仕事なんだし! そんなことよりドラゴンの知恵袋だ!」
ふーん、税金の無駄遣いって、こうやって発生するんですねぇ。
私たちが白い目で見ていると、領主は引き出しから高級お菓子を取り出しました。
「黙っていてくれれば、定期的に首都限定販売のお菓子をあげる」
ま、まったく、私たちが、食べ物に釣られるとでも????
はい、全会一致で釣られました。
「定期的に、そこをお忘れなく」
「うむ、忘れない」
契約成立。私たちは領主ポンポが公務をサボるのを黙認する代わりに、首都限定のおいしいお菓子をもらうことになりました。
もちろん契約成立の瞬間だけ、VITの配信カメラはオフにしてあります。
えっ、役人から賄賂を受け取ったんじゃないかって?
いやだなぁ、そんな人聞きの悪いことを言わないでくださいよ。
ただ活動拠点の領主と仲良くなっただけじゃないですか。
*CMです*
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