表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
88/89

第八十八話 論功行賞

 魔法の膏薬の効果は抜群だった。

 驚くべきことに、殿下のあの傷を一晩で塞いでしまったんである。

 とは言え流した血までは回復させることはできず、殿下は当面の間療養することになった。


 一方、戦争の方はと言えば、こちらは至って順調であった。

 戦場からは逃げおおせたギョーム王は、どうにか王都までは逃げ延びたものの、既に敗戦の報せを受取っていた市民らによって入城を拒否された挙句、追手に討たれた。

 また、会戦の翌日にはロベールを討伐するために北で別行動をとっていたローズポート伯の軍勢の残りがやってきて、丸ごと降伏した。

 それを率いていたローズポート伯の息子、ジェフリーによれば、ギョーム王の双子の弟ロベールは既に討ち取られているとのことだった。

 俺は確認してはいないが、死体も持ってきていたらしいから事実なのだろう。


 こうして、先王エリックの遺児は末娘のアデレードのみとなった。

 幸か不幸か、彼女は王都から大陸領へ逃れ出ようとしたところを、スティーブン殿下への恭順を決めた王都市民によって無傷で逮捕されたのことだった。


 数日の休養の後、俺たちは王都に向けて出立した。

 どうにか馬にのれる程度まで回復した、青白い顔の殿下を先頭に王都へ入城する。

 最も、兵士は城壁の外でお留守番。騎士身分以上の者だけが市壁の門をくぐった。

 市内は建物がぎっちりで大勢は入れないのだ。

 歓迎のため、というよりは好奇心を満たすために集まった市民たちに見守られながら、大通りを進む。

 大通りの突き当り、王城の正門前には、王都市民らによって捕縛されたアデレード姫が待ち構えていた。

 王城の門の鍵をスティーブン殿下に渡すためである。

 王城の正門は落とし格子と跳ね橋とで閉じられていたから、この鍵はあくまで象徴的なものに過ぎない。

 これは、王城の正当な主人が交代したことを示す儀式なんである。


 この儀式の話を聞いた時には、家族を殺されたばかりの女の子になんと酷なことをさせるのかと同情したものだったが、実際の現場を見て少しばかり考えが変わった。

 なにせ、殿下に鍵を渡すアデレードの目つきがそれはもう凄まじいものだったからだ。

 まだ子供だった時分に、視線だけで相手を殺す力を持った悪霊の物語を森婆から聞かされたことがあったが、そいつが実在したならばあんな目をしていたことだろう。

 その瞳の奥に燃え盛るのは憎悪ばかりではない。

 復讐を完遂しようという強い意志までが見て取れた。

 まだ十五にもならない年頃のはずなのに、それがどうしてあのような目ができるのか。

 こいつは生かしておくべきではない、そんな考えが頭をよぎった。


 だが、殿下はその憎悪の視線を、怖れることも、嘲ることもなく真っ向から平然と受け止めている。

 なかなかの胆力であられる。

 殿下が彼女を生かすと決めた以上は、勝手に殺すわけにもいかないだろう。


 それにしても、やはりあの姉弟はよく似ている。

 外見上は冷たく見えても、どこか冷徹になり切れないところがある。

 まあ、盗賊退治とは違うのだから何でもかんでも殺せば解決するというわけにもいかないのかもしれないが。

 そういう難しいことはよくわからないので、俺は考えるのをやめた。

 俺の斧は何でも切れるが、何を切るかは俺次第。

 そして俺に何を切らせるかは殿下次第というわけだ。


 ともかく、殿下が受け取った金ぴかの門の鍵――手のひらほどの大きさで色とりどりの宝石が嵌っている――を頭上に掲げると、ガラガラという鎖の音と共に跳ね橋が下り、落とし格子が上がっていく。

 こうして開いた門を、殿下を先頭にして皆でゾロゾロとくぐる。

 見上げた感じ、さほど堅固な印象は受けなかった。

 防御施設としての恐ろしさで言えば、カチュエの城門や、殿下の本拠地であるシルフィ二城のほうが迫力があった。

 門の両壁には立派な彫刻が施された柱が立ち並んでおり、剣や矢ではなく権威で圧倒しようとしているかのよう。


 普通の城なら、門をくぐった先の中庭には鍛冶屋やら厩舎やらといった施設や小屋が所狭しと並んでいるが、ここでは違う。

 ここにあるのは広々とした、美しい庭園だ。

 そこかしこに、大きな彫像や噴水、ゆったりと休めるベンチ付きの東屋が配されている。

 小川が流れ、小さな橋があり、色とりどりの花が咲いていて、空が随分と広く見えた。

 内城壁の外側、三階だか四階建ての背の高い建物が頭上に張り出すようにひしめいていた都市部と比べると、なんとも贅沢な土地の使い方だ。

 その先に、大きな白亜の宮殿がそびえていた。

 正面には突き出るようにして大きな入り口があり、その後ろには本館が左右に広がる形。

 その姿は優美で荘厳。

 本館の四隅には大きな円塔、屋上にも胸壁が並んでいて要塞らしい形にはなっているのだが、防衛設備としてはいささか不合理な配置だ。

 門と同様、権威を見せつけるための建物なのだろう。


 この中庭で殿下とはいったんお別れ。

 殿下が先に宮殿の脇に建てられた、これまた豪勢な聖堂へと消える。

 それから身分の高いお偉方だけが戴冠式に参列するため城内に招かれた。

 驚くべきことに、この俺もお偉方の中に含まれている!


 城の大広間には、カチュエで見たような真っ赤な絨毯が広間を二分するように玉座までまっすぐ敷かれていた。

 俺たちはその絨毯を踏まぬよう二手に分かれて進み、ダニエルが指揮する小姓たちに案内されて決められた位置に等間隔で並ぶ。

 大雑把にみて、右手には当初から殿下の配下にあったウェストモント諸侯が、左手にはホースヤード伯を筆頭にしたウェンランドの寝返り組が配されているようだ。

 いやに閑散として見えるのは、大広間の大きさもさることながら最後まであの双子についていた負け組や、戦に出ていなかった大陸領の領主たちが参列していないせいだろう。

 だったら外で待たせている騎士たちも賑やかしに呼び込んだほうが見栄えがしたろうとも思ったのだが、戴冠式に参列できるのは国王の直臣だけであるらしい。

 なるほど、言われてみれば俺も扱いの上では殿下の直臣であった。


 そんな俺が式場内で与えられた位置ときたら、右手最前列右端というものだった。

 どエライことである。他に知った顔で最前列にいる奴といえば、左手組にいるホースヤード伯ぐらいなものだ。

 伯爵の位置は絨毯最寄りなので、あちら側の筆頭ということになる。

 ともかく、それと同列、肩を並べる存在に俺は成ったのだという。

 ダニエル曰く、「先の戦での功績を鑑みれば当然の位置」とのことだったがどうにも実感がわかない。


 儀式自体はいたって簡素なものだった。

 まず、真っ白な僧服に金刺繍といういでたちの偉そうな神官が、王冠を捧げ持ちながら赤絨毯の上を進み、玉座の手前に立つ。

 次いで殿下がやってきて、神官の前に跪く。

 神官が恭しくその頭に冠を乗せると、今度は殿下――もう王冠を被ったから陛下か――が立ちあがって神官がその前に跪いた。

 それから陛下が剣を抜き、「異議のある者は居らぬか!」と呼ばわって誰も名乗り出ないことを確認してから、玉座に腰を下ろした。

 

 次いで。参列した諸侯が前の列、赤い絨毯に近い方から右、左と順に一人ずつ名が呼ばれ、陛下の前に出て忠誠を誓っていく。

 それに対して、陛下はその忠誠を受ける旨を告げ、功績を讃えてそれに応じた褒章を言い渡す。


「ホースヤード伯ジョンよ、そなたの忠誠は確かに受け取った。

 そなたは此度の戦において敵陣中に潜り込み、敵勢をその内部から分裂せしめた。

 のみならず、内応策の実行に当たっては多くの諸侯を味方に引き入れ勝利をより確実なものとした。

 その手腕はまこと、称賛に値する。

 また、ローズポート勢の強襲に際しては迅速な救援により私の命を救った。

 これらの功績を勘案し、そなたを我が宰相に任ずる。

 今後も忠勤を期待する。下がってよい」


 とまあ、いちいちこんな具合なものだから大した数ではないとはいえ、とにかく時間がかかった。

 それにしても、陛下はこの場にいる全員の顔と名前と功績とを記憶しているんだろうか?


「フォレストウォッチ城城代、騎士ジャック。御前に出でよ!」


「はっ!」


 ようやく俺の番が回ってきた。

 立ち上がり、一列目のお偉方の後ろを通って赤絨毯の上に。

 それから玉座が乗っている舞台の一歩下まで進み、片膝をついて首を垂れる。


「我が親愛なる〈木こり〉のジャックよ」


 陛下からの呼びかけが、俺だけ他と違った。

 そのことに少しばかりざわめきが起きる。


「そなたは、手勢とともに敵地へと潜入し、敵勢への妨害を良く行った。

 そればかりか我が民へと救いの手を差し伸べ、その生活を安んじた。

 これこそ、余が臣下に求めるところである。

 今後とも、皆の手本となるよう慈悲深くあることを望む。

 また、ローズポート勢の強襲に際しては、たった一人その前に立ち塞がり、かのリチャード卿をも討ち取った。

 そなたは誰よりも余に忠実で、慈悲深く、勇敢である。

 まさに騎士の鑑と言えるだろう。

 よってそなたを、フォレストウォッチ城の正式な城主に任じ、〈王の箱庭〉の守護者とする。

 かの地は、我ら姉弟にとっても思い入れの深い土地である。

 公正かつ安らかな統治を期待する。下がってよい」


 〈王の箱庭〉だって!?

 俺は混乱した。だってそこは姫様の領地じゃないか!

 背後でも驚きの気配が起きている。

 どちらかと言えば、ウェストモント勢で固められている右手側のほうが反応が大きい。

 俺の功績だって決して小さなものではない、とは自負している。

 だが、それでもあの土地に見合うほどだろうか?

 わからん。

 動揺しすぎて、方々から突き刺さっているであろういろいろな目線を気にする余裕もなく、どうにか立ち上がり元の位置に戻った。

 頭を整理する時間が欲しい。


「ホースヤード伯ジョンの子、騎士ジェラルド。御前に出でよ」


 次に呼ばれたのはあのドラ息子であった。

 俺と同じような、左手側最前列の端に配されていたのだ。

 まあ、あいつが何を貰おうと興味はない。

 今のうちに考えをまとめておこう。


「騎士ジェラルドよ。

 そなたは、手勢とともに真っ先に我がもとへと馳せ参じてくれた。

 そして騎士ジャックとともに敵の只中での危険な任務を良くこなし、敵勢の活動を妨害せしめた。

 また、ローズポート勢の強襲に際しては、私の隣で共に戦い、この命を救ってくれた。

 この功績を鑑み、余が姉ヴェロニカをそなたに嫁がせるものとする。

 王家に連なる一員として、親子ともどもより一層の忠勤を期待する。下がってよい」


 思考が全部吹っ飛んだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
ちょっと待って!待って待って待ってえええ!!!
そうだよなあ 国内の安定のためにはそうかるよな それに異を唱えるべきではない‥んだけども
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ