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第七十四話 分からせ


 ジェラルドが、こちらに剣の切っ先を向けて叫んだ。


「おい、木こり! やはり納得がいかぬ!

 指揮権をかけて俺と決闘しろ!」


 正気か?

 一瞬そんな疑問が頭をよぎったが、考えるまでもない。

 あいつは今酔っぱらっていて、こちらに向けた切っ先はフラフラと揺れて狙いすら定まっていないのだ。


「若様!」


 ヒューバート殿がジェラルドを止めようと前に出かけたのを、俺は手を横に伸ばして制した。


「盾を貸してください。大きな丸盾がいいです。

 後、木の棒でもあればそれも」


 ここはひとつ、こいつの酒で茹った頭を冷ましてやろう。

 それに、ここで勝てば後が楽になる。

 何しろ向こうから仕掛けてきた決闘だ。

 そこでの約束は流石のこいつも反故にはできまい。

 仮に反故にしてしまえば、その名声には相当な傷がつく。


 ヒューバート殿が俺の意図を汲んで近くにいた兵士に目配せをした。

 兵士がどこかに駆けていく。


「おい、ジェラルド」


 俺は酒で目を真っ赤に充血させたドラ息子に呼びかけた。

 格はともかく身分上は同等になったので、こんな風に名を呼び捨てたところで非礼を責められこそすれ罪には問われない。

 実に気分がいい。

 このためだけでも出世したかいがあった。


「相手してやる。

 でも、ここじゃなんだ。もう少し広いところに行こうぜ」


「いいだろう、来い!」


 俺たちは野営地の真ん中にあるちょっとした広場に移動した。

 先ほどの兵士が追い付いてきて、盾と訓練用の木剣を渡してくれた。

 ジェラルドがそれをみて激昂する。


「おい、貴様! その木剣は何のつもりだ!

 斧はどうした!」


 一応剣の振り方も教わっている。

 俺の得物は斧だが、多くは剣を持った者を相手にするのだから、その戦い方も知っておいた方がよいというのが師匠の言い分だった。


「必要になったら出すさ。

 それよりも、さっさと始めようぜ」


「馬鹿にしやがって!」


 叫ぶや否やジェラルドが斬りかかってきた。

 別に馬鹿にしているつもりはない。

 許されるなら金の斧で真っ二つにしてやりたいが、そうはいかないので仕方なく木剣を借りているだけだ。

 なんせこいつは大事な人質なんである。


 俺は盾を腕と平行に寝かせ、ジェラルドが剣を振り上げてがら空きになった右脇に向けて踏み込みながらまっすぐに突き出す。

 狙い通りに盾の縁が奴の右脇を強打。ついでに剣の振り下ろしも阻止。

 師匠直伝の基本技である。

 俺自身も度々食らってひどい目にあっている。

 そのまま、さらに押し込みながら木剣を握った右手でジェラルドの腹に一発お見舞いする。

 奴は体をくの字に曲げて、そのままその場にしゃがみこんだ。


「俺の勝ちだな。

 おい、気は済んだか?」


 そう呼びかけると、ジェラルドは顔を苦痛に歪めながらもこちらをキッと睨み上げて叫ぶ。


「ふざけるな! 俺はまだ死んでいない!」


 ふざけるなはこっちのセリフである。

 そっちは死ぬまでやっても困らないかもしれないが、俺は困るのだ。


「おい誰か! ここに盾をもて!」


 奴は俺を睨みながらそう叫んだが、誰も動こうとしなかった。

 一拍置いてそのことに気づいたジェラルドは、俺から視線を外して周囲を見回し、一番近くにいた兵士に命令した。


「そこのお前! 俺の盾を持ってこい!」


 剣の切っ先で指名されたその兵士は飛び上がるようにして駆けていく。

 待っている間にいくらか回復したのか、ジェラルドはゆっくりと立ち上がった。

 どうしてこうも憎々しい視線を向けてくるのかさっぱりわからない。

 恨みがあるのはむしろこちらの方のはずだ。


 ジェラルドが戻ってきた兵士から涙滴型の盾を受け取り、構えをとった。

 少しばかり頭も冷えたのか、ほとんど隙のないしっかりとした騎士の構えである。


 互いに傾げた盾に上半身と剣(こちらは棒だが)を隠し、慎重に間合いを探り合う。

 少しばかり相手を見誤ったかもしれない。そんな予感が頭をよぎる。


 直後、相手が突きを放ってきた。

 鋭く危険な一撃だったが、俺はそれを傾げた盾でいなし、先ほどと同じように盾を突き出して右腕の拘束を図る。

 が、ジェラルドは素早く右半身を引きながら自身の盾の縁でこちらの盾を押し返した。

 やはりこいつ、なかなかの腕前だ。


 ジェラルドが続けて盾の外側から突きを差し入れてくる。

 こちらは盾の縁で剣の横腹を押し、切っ先を外にそらして身を守る。

 こちらも対抗して、棒を盾の縁を滑らすように動かしながら次々と突きを放つ。

 すべてジェラルドの盾に防がれたが計算の内だ。

 何よりも重要なのは受け身に回らないこと。

 常に敵に対応を迫り続けること。


 盾と盾。剣と棒。押し合い突き合いながらの膠着状態が続く。

 互いに相手の無防備な側面に回り込もうと、円を描くように動き続ける。

 足を止めてはいけない。手首は常に蛇のように柔軟に。

 俺は師匠の教えを忠実に守り、手堅く守りながら戦いを進める。

 今のところすべての攻撃を防げているが、状況はだいぶまずい。

 剣ならば突きの一撃でも傷を与えて戦意を奪えるかもしれないが、棒で小突いてもそうはならない。

 酔っぱらいの痛覚は鈍っている。


「はっ!」 


 不意に、ジェラルドが気合のこもった振り下ろしの一撃を放った。

 思わず盾を上げてそれを受け止める。

 が、咄嗟のことだったので盾を上げすぎた。視界が一瞬塞がった。

 強い殺気を感じて訳も分からず後ろに飛び下がる。


 ヒュン。


 剣の切っ先が、盾の下をくぐって先ほどまで俺の足のあった所を薙いだ。

 ジェラルドが切っ先を返して突きを放つモーションに入っているのが見える。

 だがこちらは慌てて飛び下がっていたものだから態勢が崩れている。

 回避も盾も間に合わない。

 もう駄目だと思った刹那、ジェラルドが踏み出した足がよろめいた。

 酔いのせいだろう。

 剣の突き出しがわずかに遅れ、盾が間に合った。

 動揺する酔っぱらいの側頭部に棒の一撃を見舞う。

 ジェラルドは横っ飛びに吹っ飛んで倒れ伏した。

 いつの間にか人垣をなすほどに集まっていた野次馬たちが歓声を上げた。


「今度こそ勝負ありだな」


 今の打撃で耳が切れたのか、血を流しながら上半身を起こしたジェラルドに俺は勝利を宣言した。

 ところが、である。


「認めねえ!」


 そう叫ぶが早いか、ジェラルドのやつは剣も盾も放り捨てて殴りかかってきた。

 ああそうかい、決闘じゃなくてただの喧嘩だってんならこっちも容赦はしねえぞ。


 ふらつきながら突進してくるその足を払う。

 すっかり頭に血が上っているからか、ジェラルドの奴はあっさりと転倒した。

 そのまま馬乗りになって、左右から顔面を強打し続ける。


「ジャ、ジャック殿!

 おやめください! こちらの負けです!」


 ヒューバート殿が慌てて止めに入ってくる。

 その必死な様子に、頭に上っていた血がスッと降りた。

 ジェラルドがぐったりと動かないことを確認し、慎重に立ち上がる。


 顔面を赤く腫らしながら横たわるその姿は、どことなくいつかの女を連想させた。

 なんとなく気まずくなった俺はヒューバート殿に詫びた。


「申し訳ありません。少しばかりやりすぎました」


「いえ、非はこちらにあります。

 気になさりませぬよう……」


 ヒューバート殿の表情は何とも複雑である。

 本当にこの人は苦労人だなあ。

 なんでこんな奴に仕え続けてるんだか。


 帰り道に〈犬〉に説教を食らう。


「殿、さっきのは危なかったですな。

 あまり無茶をせんでください」


「悪かったよ」


 実際、ジェラルドの奴は予想外に強かった。

 足への切り払いをかわせたのも、その後の突きが遅れたのも全くの偶然だ。

 奴に酒が入っていなければ負けていたかもしれない。


「でもまあ、これで立場ははっきりしたろ。

 あいつも自分で仕掛けた決闘で負けたんだ。

 流石にもう、真っ向から刃向かってくることはないだろうよ」


「そうならいいんですがね。

 ありゃ執念深いタチですよ。

 表向きは従っても、腹の中では何考えてるか」


「確かになあ……じゃあどうすりゃよかったんだよ」


「そういわれると難しいですがね……。

 でもまあ、次があったら斧は出したほうがいいでしょう」


「まあな」


 斧があれば勝てるだろうが、殺すわけにもいかないし、かといって手加減して勝てる自信もない。

 本当に面倒な奴だ。


 あんなのと一緒に戦わなければならないとは、まったく先が思いやられる。


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