第七十二話 次の戦い
「ジャック、叔父様がお隠れになったわ」
「隠れたって、どこへ?」
俺の当然の疑問に、姫様がため息をついた。
「ジャック、隠れたっていうのはこの場合は死んだという意味よ。
エリック陛下がお亡くなりになったってこと」
「死んだ?」
「狩りの最中の事故死、だそうよ。
それ以上の事は伝わってきていないから、詳細も真相も不明よ」
喜ばしい報せ、ではない。
多少なりともあの王様の人となりを知ってしまった後では、もはや単純に喜ぶことはできなかった。
ともあれ、これで姫様達に順番がまわってきたわけだ――
そこまで考えて、俺はようやく事態の深刻さを把握した。
王様はスティーブン殿下に王位を譲る件について、公にはまだ発言していなかったはずだ。
つまり、間違いなく荒れる。
スティーブン殿下が口を開いた。
「すでに、エリック王の長子ギョームが王都の宝物庫を抑え戴冠式を行う旨を宣言しました」
公の場でなければ、この方の物腰はいつも、誰に対しても丁寧だ。
しかし、やはり先を越されたか。
となると次に起きることも予想がつく。
「そう遠くないうちに、我々を先王暗殺の黒幕として非難する声明が出るはずです。
ウェストモントは我々が抑えているものの、ノルディアとウェンランドの諸侯の多くはあちら側につくでしょう。
数においては劣勢が確定ですから、戦となればウェストモントの要害に拠っての持久戦を強いられることになります。
その間、ジャック殿のフォレストウォッチ勢には王領内での妨害行動に当たってもらいます。
私としては、まずは平和裏に事を収めたいと考えていますので、すぐには軍勢の召集は行いません。
しかし、フォレストウォッチ勢については、敵地に潜入する必要上本軍に先立って進発してもらう必要があります。
急ぎ出陣の準備を進めておいてください」
「はっ」
「数において劣る我々が勝利するには、ジャック殿の活躍が必要不可欠です。
何より、ただでさえ疲弊している王領が、戦となればさらに激しい略奪に晒されるのは必定です。
彼らを守る力が必要なのです。
大変危険な任務ではありますが、よろしくお願いします」
はてさて、実際のところ俺達なんかがどの程度役に立つものやら。
そうは思いつつも、こんな風に丁寧に頼み込まれれば悪い気はしない。
「お任せください、殿下。
必ずやお役に立って見せます」
*
大急ぎで拠点に戻り、出陣の準備をする。
準備が整った頃になって丁度良くシルフィニ城からの伝令が来た。
「殿下より、ウェストモント諸侯に召集令が発せられた。
貴殿らも急ぎ戦支度を整えシルフィニ城下に参集されたし」
既に準備を整えていた俺たちは、大急ぎで城下に向かう。
城からはさほど離れてもいないのだから、当然一番乗りと思っていたのだが違った。
武装した見慣れぬ一団が俺たちよりも先に野営地の設営を始めていたのである。
騎士と従者、それから弓兵が合わせて百五十といったところか。
装備は極めて良好で、騎兵はもちろん従者や弓兵達もきっちりと揃いの防具を着こんでいる。
設営の手際もよく、戦い慣れた強兵であることが察せられた。
名のある連中に違いないはずだが、不思議なことに所属を示すための旗も掲げず、紋章が描かれているはずの盾までもが真っ黒に塗りつぶされている。
何やら訳ありらしい。
下手に近づいて因縁をつけられてはかなわないので、兄弟達には極力接触しないよう言い含め、〈犬〉とともに城へと向かう。
先の戦で召集された時とは違い、今の俺は殿下直臣の騎士で城代という立場であるから、検兵官に報告して終わりというわけにはいかないのだ
殿下の取次役に到着の報告とご挨拶をしに来た旨を伝える。
今は先客がいるとのことで控えの間にて待たされることになった。
用意された腰掛でぼんやりと過ごすことしばし。
謁見の間に続く扉が開き、先客とやらが姿を現した。
「チッ」
こちらを見つけるなり忌々しそうに舌打ちしたのは、あのホースヤード伯のドラ息子である。
ジェラルドのやつは苛立ちを隠しもせずにこちらを一瞥すると、後はまるっきり無視して控えの間を出て行った。
酷く不機嫌な様子だったが、気分が悪いのはこちらの方だ。
先の戦で、ミュール城にいた俺たちに撤退の伝令を送らず見殺しにしようとしたらしいという噂は、きっちりとこの耳に入ってきている。
俺たちだけならいざ知らず、姫様まで危険に晒したのは忘れない。
たとえ奴が何も知らなかったにしてもだ。
ジェラルドが姿を消すのと同時に謁見の間への扉が再び開き、中へと招かれる。
俺は殿下の前に片膝をついて頭を垂れ、お声がかかるのを待つ。
「よく来てくれましたジャック。
口上は簡単にお願いします」
「はっ。フォレストウォッチ城城代ジャック。守備兵百六十名を率いて参陣いたしました」
ちなみに連れてきた兵の内訳はこんな感じ。
盗賊時代からの古参兵が六十。
ウェストモント出身の弓兵が六十。
同じくウェストモントの郷士兵が四十。
ちなみに、残り四十人はお留守番。
ウェストモント出身の新人たちを中心に残してきた。
文句は出たが、王領が戦場であれば土地勘のある古参兵たちをなるべく多く連れていきたいので仕方がない。
「さすがの速さですね。
早速ですが用件に入ります。顔を上げて楽にしてください」
「はい」
「まずは現在の状況について。
事態は予想通りに進んでいます。
先立って、ウェンランド王を自称する僭主ギョームより、我々を先王エリック暗殺の首謀者として討伐する旨の宣言が出されました。
同時に、ウェンランド諸侯にも召集令が発令されています。
ローズポート伯を筆頭に、サンセット伯、ホースヤード伯、ケントブル伯、ノースランド伯等、ウェンランドの主要な諸侯はギョームを支持しこの召集に応じているとのことです」
ん? ホースヤード伯が? どういうことだ?
彼はそもそも反乱を目論み、スティーブン殿下を陰ながら支持していたはずだ。
この期に及んで向こう側につくとはどういうことか。
そもそも、さっき控えの間でそのホースヤード伯の息子とすれ違ったばかりである。
伯爵が敵に回ったのなら、あいつは一体何をしに来ていたのか。
「不思議そうですね」
「は、はい……今しがた、ホースヤード伯のご子息を見かけたところでしたので」
スティーブン殿下が薄く笑った。
「ホースヤード伯は我々の同盟者です。
今はギョームの元に参じていますが、機を見て反旗を翻す算段です。
その誠意の証としてご子息が兵士を率いて我々に助力しに来てくれたのですよ」
なるほど。これで色々合点が行った。
先ほど見た軍勢の盾が黒く塗りつぶされていたのもそのためか。
すれ違った時に奴がひどく不機嫌だったのも、実質人質にされたためと思えば腑に落ちる。
俺は少しだけ楽しい気分になってきた。
「さて、フォレストウォッチ勢についてなのですが、こちらも大きな変更はありません。
本軍の集結の完了を待たず王領に潜入し、妨害任務に当たってもらいます」
「はっ」
「ただし、一点変更があります」
はて、なんだろうか?
なんだか酷く嫌な予感がする。
スティーブン殿下がニコリと笑って言う。
「そう身構えないでくださいよ。悪い話ではありませんから。
現在城下に野営中している黒盾の軍勢を貴方の指揮下に置きます。
存分に活用してください」
湧きかけていた楽しい気分が吹き飛んでしまった。




