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第七十話 狩猟大会

 仲間の元に戻って数日が経ち、ようやく軍勢は解散となった。

 しかし、解散したからといってすぐに帰れるわけでもない。

 元から大陸側に根拠地のある連中は勝手に歩いて帰ればいいが、俺たちのように島から来た人間は船に乗らねば帰れない。

 ところが、帰りの船は行きと違って偉い方から順番である。

 俺たちのような下っ端にはなかなか順番が回ってこない。


 酒保商人から割高な食料を購入してボソボソと食っていると、王様から使者が送られてきた。

 王様からの使者なぞをお迎えするのはこれが初めての事である。


 俺よりもずっと立派な服を着たその近衛騎士は、自分の役目に不満があることを隠そうともしない表情で告げた。


「明日、国王陛下の主催で狩猟が催されることとなった。

 昼前までに街の東の森に参集せよ。

 陛下は気楽な集いにしたいと仰せである故、装いは略式でよい。

 追走猟となるので馬と槍は必ず持参するように。

 腕に自信があるのならば、弓や飛び道具も持参してよい。

 また、戦地での事であるから猟犬は連れずともよい。

 従者は二人までにしろ。何か質問はあるか?」


 俺は恐る恐る手を上げた。


「あの、騎士殿……」


「なんだ」


「ヴェロニカ殿下は既にウェストモントへと発っておいでです。

 ここには私どもしかいないのですが……」


 それを聞いた使者はめんどくさそうにため息をついた。


「陛下がお招きしているのは貴殿だ。殿下ではない」


 なんと。


「他に質問はあるか?」


「いえ、もうありません。

 お答えいただき感謝いたします」


 俺が承知した旨を告げると、使者は忙しそうに去って行った。


 その背を見送りながらふと気づく。

 王様本人には散々失礼な態度をとっておきながら、何をいまさら使者にかしこまっていたんだろう、と。



 翌日、〈犬〉とウィルを伴って集合場所である東の森に向かった。

 道すがら、〈犬〉に狩りについての講釈を受ける。


「追走猟ってのは、勢子を使わず狩者自身が馬に乗って獲物を追いかける狩り方です」


「勢子を使わず?

 ってことは、森の中を馬で走り回るのか?

 槍を担いで?」


「はい」


 俺の知っている狩りとはだいぶ違う催しである。

 静かに獲物へと忍び寄って飛び道具で仕留めるようなやり方は、勇敢な騎士様方にはふさわしくないということだろうか。


「それにしても正気じゃないな。

 森の中で馬を全力で駆けさせるなんてできるものなのか?」


「もちろん危険です。

 馬術、槍術ともに高い技量が必要ですし、周囲の騎手達との息の合った連携も求められます。

 獲物に気を取られて事故死なんてしょっちゅうです。

 だからこそ、大物を仕留めれば大変な栄誉となるわけですな」


「俺は乗馬なんてからっきしだぞ」


 〈犬〉から多少の手ほどきは受けているから、今みたいに平らなところなら問題はない。

 多少の悪路でも軽く駆けさせるぐらいならなんとかなるだろう。

 だが、森の中で獲物を追いかけながら武器を操るなんて真似は到底できない。


「でしょうな。でもまあ問題ありません。

 殿は他の方々の邪魔にならないよう、森の隅の方をうろついておけばいいでしょう。


「いいのかよ」


「ええ、狩り自体はおまけみたいなもんですからね。

 どっちかと言えば、本題は社交の方にあります。

 狩りの間はもちろん、その後に開かれる宴の時も、できるだけ大勢と顔を合わせておくのがいいでしょう」


「うげえ」


 思わずうめき声が漏れてしまった。


「そう嫌そうな顔をしないでくださいよ」


「だってよ、どうもお偉い方々ほど俺のことが嫌いっぽいんだよな」


 あの大広間と、先日の野営地での反応の温度差を思い出す。


「殿は成り上がり者ですからね。ある程度は仕方ありません。 

 とはいえ、それだけでもないでしょう。

 そうでない方を一人でも多く見つけて顔をつないでおけば、何かの助けになることもあります。

 どの道、騎士になった以上はもうこういったことは避けて通れません。

 幸い今日は『気楽な集い』らしいですからね。

 殿も気楽に失敗なさればよろしい」 


「そうは言ってもなあ……」


 そんなこんなを聞きながら集合場所に到着。

 既に大勢の参加者がたむろしていたが、事前に気楽な集いと言われていたからか華美な服装をしている者は見当たらなかった。

 というか、大物貴族といった風の人間自体がほとんどいない。

 一人の年若い騎士が、年を食った騎士に話しかけているのが耳に入ってきた。


「実は、私は国王陛下の御前に出るのは初めてなのです。

 もし特別な作法などがあればご教授頂きたいのですが……」


「あいすまぬ。私も国王陛下に直にお会いするのは今日が初めてでな。

 どのように振舞えばいいのかさっぱりわからぬのだ……」


 そうして二人して途方に暮れている。


 それもそのはずで、偉い方々の大部分は既に自分の領地へ帰っているのである。

 未だにここに残されているのは、島側に領地を持ちながら、船の順番を後回しにされるような弱小領主だけなのだろう。


「諸君! 我が招きに応じてよくぞ集まってくれた!」


 いつの間にやってきたのか、皆に呼びかける王様の声があたりに響いた。

 集まっていた者たちが慌てふためいて膝をついたので俺もそれに倣う。


「よいよい。皆顔を上げ、立ち上がってくれ。

 頭を下げねばならぬのははわしの方だ。

 一刻も早く領地に帰りたいだろうところ、長らく足止めしてしまい大変申し訳なく思う」


 そう言って王様は手近にいた騎士に頭を下げた。

 たまげたのは下げられた方である。

 恰好からして周囲にいるのと同じような下っ端騎士に違いあるまい。


「へ、陛下! 私のような者にそんなことをなさってはなりません!

 どうかお顔をお上げください……」


 王様は顔を上げると、彼の肩を抱きながら満面に笑みを浮かべて叫んだ。


「そうか、許してくれるか! ありがたいことだ!」


 許すも何も、大きな所領を持つ大貴族ならいざ知らず、下っ端騎士の立場ではそう言うしかあるまいが。

 しかし、許した彼も嬉しそうにニコニコしている。


「わしは良き臣下を持った!

 諸君のような忠義の者らこそ、我が王国の礎である!

 今日の集いは諸君らへの感謝の印だ。

 我が森を開放する故、思う存分狩りを楽しんでくれ!

 狩りの後は宴の用意をさせておる!

 酒はたんまり用意したが、あいにくと肉だけはまだ準備できてはおらぬ。

 諸君らの猟果に期待する! わしの腹を大いに満たしてくれると信じておるぞ!」


 参加者たちは大盛り上がりである。

 普段であれば直にお言葉を賜ることも稀な雲上人にこうも言われれば当然か。

 喜び勇んで馬に跨り、開始の合図を待ち構えている。


「殿、私らも準備をいたしましょう」


「おう、そうだな」


 〈犬〉に促され、俺も騎乗して槍を受取る。

 馬の上で槍なんぞをまともに扱えるような腕前ではないので格好だけだ。


 角笛が吹き鳴らされ、無数の猟犬が解き放たれた。

 獲物を見つけるための鼻が利くやつらで、騎乗した参加者たちがそれを追って一斉に森へ駈け込んでいく。

 でこぼこな上に樹やら枝やらの障害物だらけな中を、よくもまああの速度で駆ける気になれるものだ。


 俺はウィルと〈犬〉とを伴って、のんびりと森の中に入った。

 森の中は犬の吠える声やら悲鳴じみた鳥の鳴き声やらでめちゃくちゃだ。

 おかげで騎士たちが通り過ぎた後は逆に生き物の気配が全く感じられない。

 犬たちが遠ざかり、静まり返った森の中をぽっくりぽっくりと慎重に進む。

 俺の馬術の腕前ではこれがやっとなんである。


「さて、どうしたもんかね」


 俺の呟きに〈犬〉が応じた。


「当初の予定通り、顔つなぎと行きましょう。

 誰も彼もが狩りに熱心なわけじゃありませんからね。

 同じように参加している振りでぶらついてるお方を見つけて話しかけましょう。

 下手に出て『新参者ゆえ作法がわかりませぬ。ご教授願いたい』とでも言えば、まあいろいろ話は聞けるでしょう。

 それで邪険にされるようなら、そいつは最初から脈なしです。

 無理せず次を探せばよろしい」


「よし、分かった。

 じゃあ、早速行こうか」


 そう言って、誰かいないかと周囲を見回した途端、背後から声がかかった。


「おお、ジャックではないか」


 振り向けば、そこには王様がいた。

 それぞれ槍と弓とを携えた従者を二人連れただけの身軽な格好だ。


「どうしたのだ、こんなところには獲物はおらぬぞ」


「あ、陛下――」


 慌てて馬から降りようとしたが止められた。


「下馬せずともよい。狩猟の最中は騎乗のままで良しとされておる。

 言葉遣いも、今に限っては砕けたものでよい。

 それで、どうしたのだ。勇猛なそなたであればてっきり先頭切って獲物を追いかけておるものと思っておったのだが」


「はあ……では言葉に甘えまして。

 ああ……元が木こりなもんでな。馬はからっきしなんだ。

 少しは乗れるけど、森の中を駆けさせられる程じゃないんだよ。

 その上、獲物をどうこうするなんてとてもとても」


「なるほどな。これは少し配慮が足らなかったか。

 ならば無理をする必要ない。無茶をして怪我をする者が毎回出るのだ。

 まあ、どうせ参加者の大半は手ぶらで帰ってくる。

 あまり気にせずともよい」


 そんなものなのか。


「ところで、陛下こそ狩りはしなくていいのか?」


「なに、ここはわしの森だからな。狩りはいつでもできる。

 それよりも普段は顔を合わせられぬ者たちの話でも聞こうと思ってな。

 狩りの邪魔まではするつもりはない故、そなたのように退屈そうにしている者を探しておったのよ。

 こういう時ではないと、今日呼んだような下々の者らは高貴な奴らが群がってきて蹴散らしてしまう。

 ゆっくりと話もできん」


 なるほど。

 とは言え、今日ここにいたのは小さいとはいえ領地を持つ歴とした貴族たちだ。

 俺から見れば決して下々と言えるような奴らじゃない。


「そういえば、そなたは元は木こりだったそうだな。

 どうだ、木こりから見てこの森は。

 わしは中々のものと思っておるのだが」


 森はどうだと聞かれても正直なところ困る。

 俺の仕事は薪を作ることだけだったから、森の管理やらナンヤらは全く知らない。

 木こりの意見を聞かれているんだから木こりとして答えればいいか。


「まあ、豊かな方なんじゃないかな。

 樹は良く生い茂ってるし、薪には困らないんじゃないか?」


 俺に言えるのはこの程度だ。

 しかし、王様はこの回答に満足したらしい。


「それなら、領地はどうだ。

 そなた、王領でも木こりのまねごとをしてくれておったようだが」


 盗賊として暴れまわっていたことを言っているのだろう。


「あっちはてんでダメだな。

 もうちょっと真面目に手入れをすべきだろうよ」


 王様が不思議そうに片眉を上げた。


「ふむ? 税収はきちっと上がって来ておる。

 特に不作などの報告もない。

 てっきり順調なものとばかり思っておったが」


 まじかよ。本当にあの状況を把握してなかったってのか。


「冗談じゃない。

 そりゃ豊作だろうが不作だろうが関係ないだろうさ。

 その税収とやらは貧乏人から血を搾り取って集めたようなもんだ。

 その上、あんたの目の届かないところで代官や地主が好き放題。

 余計に搾り取った分はそいつらが全部自分の懐に入れてる。

 おかげで、小作人はどいつもこいつも痩せこけて、壁もろくにないあばら家に住んでるんだ。

 こっちじゃどうかわからんが、島の方ではあんた、相当恨まれてるぜ」


供の一人が剣の柄に手を伸ばしながら叫ぶ。


「貴様! いくらお許しがあるとはいえ無礼にも程があるぞ!」


 王様がそれを制しながら俺に尋ねた。


「それは真か?」


「誓って本当だ。俺は嘘は言わねえ」


「ふむ……」


 王様は視線を落とすと難しい顔をしてしばらく黙り込んでいたが、再び顔を上げて口を開いた。


「まさに、ヴェロニカの言っていた通りであったか。

 やはり反省すべきことが多いな。

 そなたの忠言はありがたく受け取っておこう」


 それから、気分を入れ替えるようにわざとらしく明るい表情と声で言った。  


「そなたのおかげで有益な話が聞けた。

 やはり、下々の話は意識してよく聞かねばならぬな。

 まだ話を聞かねばならぬものが大勢いる故、ここまでといたす。

 また機会があればよろしく頼もう」


 言葉の調子からいささか気安さが抜けている。

 木こりとおっさんの会話はここまでということだろう。


「はっ。こちらこそ話を聞いていただき、感謝いたします」


 恭しく一礼して見せると、王様は尊大に頷いた。


「うむ」


 それから、一度こちらに背を向けた後、また振り返って言った。


「ああ、そうだ。あの二人に伝言を頼む。

 例の件、いましばらく時間がかかる。

 だが、雪解けの頃には良い知らせを聞かせることができるだろう、とな」


「はっ。必ずお伝えいたします」


「それから、そなたにも頼みがある。

 これからもあの二人をよく支えてやってくれ。

 あちらがどう思っているかは知らぬが、わしの方では実の子供も同然と思っておるのだ」


「わかりました。こちらも必ずお伝えします」


 俺がそう答えると、王様は苦笑いをした。


「いや、いい。

 言ったところで信じぬだろうからな」


 そうだろうか?

 俺にはそうは思えなかった。

 苦笑いを浮かべるおっさんの顔がどうにも寂しそうに見えて、俺は思わず口を開いた。


「殿下も口では色々と申しておりましたが、根っこのところでは陛下を信じていたと思います。

 少なくと、私はそう感じました」


 さもなければ、おっさんと話し合いの場が持てることになったことを姫様があんなに喜ぶはずがないのだ。

 王様は少しの間呆けた顔をしていたが、すぐにおっさんに戻ったように頬を緩めて言った。


「……そうか。そなたが言うのであれば、そうなのだろう。

 それでは木こりの勇士よ、また会おうぞ」


「はっ」


 立ち去るおっさんのその背中は、心なしか晴れやかに見えた。



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