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第六十八話 王位請求


「さあ、叔父様。腹を割った話し合いをいたしましょう」


 王様は俺の方をチラリとみて、それから視線をまっすぐに姫様に向けなおしてから言った。


「よかろう。約束は守るとも。

 そこからでは少しばかり遠かろう。

 もっと近くに来なさい」


 そう言って王様は、殿下と姫様に先程まで自身の息子たちが座っていた席を示した。

 そうして、二人が席を移すのを待って、再び口を開く。


「一応、要求を聞いておこうか」


 姫様の要求はいたって簡潔だった。


「王位を。貴方は王に相応しくない」


 あまりに酷い言い様だが王様は腹を立てた様子も見せず、力なく笑った。


「ふむ、随分と率直に言ってくれる。

 ステフよ、そなたは」


 いつもの、王族の仮面をかぶった時とは違う顔つきで、殿下は答えた。


「姉上と同じです、叔父上。王冠を私にお譲り頂きたい」


 その様は堂々としていて、姫様の前でだけ見せていたようなあの気弱な表情は欠片もない。


「実に良い面構えになったな。

 どうした、戦場で何か心変わりするような出来事でもあったか?」


「数多の不幸を見ました。

 知らずにいたのならあるいは、しかし知ってしまった以上は見過ごすわけにはまいりません」


 殿下の言葉をおっさんは鼻で笑った。

 突如としてその眼が凄みを帯びる。


「お前たちなら上手くできるとでも?

 たかが一度の勝利で思い上がっているのではあるまいな」


 歴戦の勇士のみが身に纏うことができるその恐るべき圧力を、細身の王子は、しかし正面から受け止めてのけた。

 なお怯まぬ殿下を見ておっさんは嬉し気に犬歯をむき出しにした。さらなる闘気がその全身から放たれる。

 その迫力たるや、直接あてられたわけでもない俺ですら怯みそうになるほどだった。

 姫様も仮面を被ることでかろうじて恐怖をやり過ごしている様子だ。


 だが、殿下は身じろぎすらしない。

 そんな殿下に向けて、おっさんの口から感情の乗った言葉が次々と迸る。


「王権を掌握すれば何もかもが思い通りになるとでも思っているのか?

 だとすればとんでもない話だ。

 お前とて、ウェストモントの統治にはそれなりに苦労をしているはずだ。

 王ともなればその数倍に、いやそれどころではない労苦がお前を待ち受けているだろう。

 やれ失地を回復しろ、それ新しい領地をよこせ。

 領主どもときたらどいつもこいつもわがままばかり言いおる。

 言われて軍勢を集めてみれば既定の半分もいない上、命令すらまともに聞かぬ。

 それでいて負ければわしのせいだと陰口を抜かしおる。

 逃げる時にはわしを置いて真っ先逃げ出した奴らがどの口でそれを言うのか!

 挙句にようやく戻ったわしに真っ先に言った言葉が褒美をよこせだと!

 いったい何を考えているのだ!

 平時は平時で訴訟やら仲裁やら争いごとばかりひっきりなしに飛び込んでくる。

 どう裁いても必ずどちらかの恨みを買うのだぞ!

 たまには赤子の名づけのようなめでたい頼み事の一つも持ってきたらどうなのだ!」


 それは純然たる愚痴であった。

 全身から凄まじい殺気を放ちながら一体なにを言ってるんだ。


 黙っておっさんのぼやきを聞き続けていた殿下が、静かに口を開いた。


「叔父上は既に、善き王たらんとすることを放棄しておられる。

 ならば、若輩なれどこの身の方がまだましというもの」


 それはおっさんの図星をついていたらしい。

 纏っていた闘気のうちに明らかな怒気が混じる。

 少しでも彼が動いたなら即座に斧を出せるよう俺は身構えた。

 だが、俺の脳裏によぎったのはあの夜に見せられた抜き打ちの技だ。

 動くのを見てからで間に合うか?

 だが、それも一瞬のことであった。

 おっさんはなおも反論しようと口を開きかけ、しかしそれは言葉になる前にため息とともに宙に消えた。

 同時に、彼が体中に漲らせていた闘気に似た圧力が急激に萎んでいく。

 しばしの沈黙の後、おっさんは自嘲するかのように口元を歪ませた。


「やれやれ……兄上にはお前らの事を頼まれていたのだがな。

 子供の成長というのは存外に早い。

 そうとも、お前の言うとおりだ。わしはもう疲れ切ってしまった。

 お前たちに苦労をさせたくないと言っていた兄上の気持ちが今ならよくわかる」


 これまで行儀よく黙っていた姫様がここで口をはさんだ。


「だったら、私どもにお譲りください。

 叔父様の重荷を、私どもが代わって背負って差し上げます」


「お前に言われるまでもなく、いずれそうするつもりだったのだ」


 おっさんが気だるげに吐いたその言葉に、姫様は訝し気に眉をひそめた。


「だったら最初からそう言ってくれれば私だって無茶はしなかったのに。

 あの時だって――」


 おっさんが呆れた調子で言葉を被せた。


「ああも公然と聞かれて『ハイお譲りします』などと言えるわけがなかろう。

 中継ぎに過ぎぬと見なされれば、わしの統治に支障が出る。

 仮初の王に心から仕えようという物好きは少ない。

 今でさえいうことを聞かぬ領主どもが、いったいどんな態度をとるか、想像するまでもあるまい」


 あの時、というのは姫様が修道院へ行くきっかけになったという一件のことだろうか。 

 もしその時に姫様が行動を起こしていなければ今頃俺はどうなっていただろう?


「でも、それは叔父様の都合じゃない」


まあ多分、今でもノドウィッドの森で盗賊団をやっていただろう。

 あるいは大陸への遠征の前に、背後の安定のためとか言って討伐されていたかもしれない。


「これはお前たちのためでもあったのだぞ。

 こうしておらねば、お前たちは今以上に欲深き奸臣どもに囲まれる羽目になっていただろう。

 あるいは、わしの配下にもそなたらに害をなそうという者が現れんとも限らん。

 そなたらが成長し、人を統率し、自らの身を守れるようになるまで待たねばならなかったのだ」


 少なくとも、今みたいに騎士なんてたいそうな身分を賜ることはなかったろう。

 そう考えると、姫様にとっては不満があったとしても、俺にとってはおっさんも間接的恩人ということになるだろうか?

 まあ、捕まってたところを助けてやったんだし、お互い様ってことでいいだろうが……。


「……それは、そうかもしれないけど」


「そなたらが成長し、王に相応しき力と名声を手に入れる日を、わしがどれだけ待ち望んでいたことか!

 ヴェロニカよ、そなた口先一つで城を落としたそうだな。

 ジャックから聞いたぞ」


 突然自分の名前が耳に飛びこんできて、俺は慌てて物思いから復帰した。

 見れば、姫様がこちらをキッと睨みつけていた。

 その向こうからはおっさんがいたずらっぽい視線を向けてきている。

 何事だ?


「ジャック! いったい叔父様に何を吹き込んだの?」


「いや、特におかしなことは……」


 少なくとも、嘘を言ってはいないはずだ。

 そんな俺たちを見て、おっさんが楽しげに笑った。


「己が身を危険にさらしながらも、敵を策略にかけ、兵を城壁の内に送り込んだその胆力と知力。

 まことに見事である。

 そなたらの冒険譚はすでに吟遊詩人らによって歌となり、恐るべき策謀家としての評判は陣中にも拡まりつつある。

 今後、よほどの覚悟と自信を持つ者でなけれ、賢姫ヴェロニカを相手に策を巡らそうとは思わぬだろう。

 自信を持て、しかし油断はするな。

 そして、そこの木こりはお前の宝だ。全幅の信頼を置いてよい。決して手放すな。

 大切に、しかし有効に活用し、その武名を高めさせていけ。

 そうすれば、その男はそこに存在するだけで、お前のような策謀家に欠けがちな武威を補ってくれる」


「え……? あ、はい……叔父様」


 姫様は突然褒めちぎられて目を白黒させている。

 俺もなにがなんだかわからない。

 おっさんは次に殿下に目を向けた。


「ステフよ、そなた騎士どもを下馬させて戦に挑んだそうだな。

 いったいどうやった?」


「特にこれといったことは……理を説き、情に訴え、後は信用のおける者にいくらかの根回しをした程度です」


「フフフ、お前は兄上によく似ている。

 それで人々を従わせることができるのは、平素より信頼を得ているからだ。

 そなたは既にわしより王に相応しい、忠告の必要はあるまい。

 あえて一つだけ言わせてもらうなら、あまり地金を人に見せるな。

 武張った者ほど、裏表のある人間を嫌う。

 演じるなら徹底的にやれ」


「はい、肝に銘じさせていただきます」


 殿下の答えに、おっさんは満足げに頷いた。

 姫様は信じられないといった顔のままだ。


「あ、あの、叔父様……これって……」


「そうだ、そなたの望み通りだ。王位を譲る。

 直ぐに、とはいかないがな。慎重な根回しが必要だ

 急げば余計な混乱と軋轢を生むことになる」 


 殿下が席を立ち、エリック王の足元に跪いた。

 ようやく我を取り戻した姫様が慌ててそれに続く。


「王よ、ご決断に感謝いたします」


「感謝するのはこちらの方だ。

 そして、十全の状態で国を引き継ぐことができなかったこのわしを、どうか許してほしい」


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