第六十二話 虜囚
前回までのあらすじ
泉の精から魔法の斧と噓がつけない呪いを賜ったジャックは、それによって伯爵の役人を殺め、故郷にいられなくなってしまう。
逃亡先で手に入れた仲間とともに王女ヴェロニカの配下に加わったジャックは、大陸での戦争に参加することになる。
王女の策略に助けられ敵の城を陥落させたジャックだったが、敵軍に包囲され激しい戦いの末に捕虜となったのだった……。
戦に負けて捕虜になった俺は、そのままどこか大きな街に連行されて、城の地下にある牢屋へと通された。
放り込まれた、ではなく、通された、だ。
それはもう丁重に、まるで高貴な客人か何かのように扱われたんである。
どうやら、あの王弟シャルルとかを名乗る男は、律儀にも俺が捕虜になる際の約束をきちんと守ってくれているらしい。
この牢屋という奴がなかなかに豪勢で、しっかりと藁の詰まったベッドに加え、温かい毛布、食事をとるための机と椅子、それから暇つぶしにうろうろ歩き回れるだけの広さまで備えていた。
以前にシルフィニ城の一室で目覚めた時には「王族ともなれば牢屋も立派なのかもしれない」と愚にもつかぬことを考えたものだったが、まさか本当に貴人向けの豪華な牢獄があったとは。
その上、食事といえば上等なパンに必ずバターかチーズが添えられており、晩には肉とスープ、おまけにワインまでついてくる。
希望すれば、見張り付きではあるが城内を自由に歩き回ることすらできた。
一度などは、牢から出て宴に参加しないかと誘われさえしたが、さすがにそれは断った。
王侯貴族が宴席で食べる料理というのは大いに魅力的ではあったが、何しろ宴というのは飲み食いするだけの場ではないのだ。
参加してしまえば誰かと話さなければならなくなる。
ところが俺は礼儀作法の類ははとんとダメなんである。
師匠には何度杖でぶん殴られたか分からない。
宴に出たところで、成り上がりの珍獣として笑いものにされるのが関の山だ。
なんなら、うっかり無礼を働いてせっかく拾った命をまた捨てる羽目にならないとも限らなかった。
なにより、俺には嘘がつけない呪いがかかっている。
その上酒まで入ったとなれば何を口走るか分からず、あまりに危険だ。
だいぶ横道にそれたが、ともかく警備についてはそんな有様であるから、その気になればこの城からはいつでも抜け出せそうに思えた。
思うだけで実行に移さなかったのは、地理に不案内な俺では抜け出した後どこへ行けば良いかが全くわからないからである。
なんせ、俺は味方の本拠地であるカチュエが東西南北どちらにあるかすら知らないのだ。
さてこの豪華な地下牢は、入る時に見た限りでは隣にもう一部屋あるようだった。
まったく人気が無いことからして、今は空き部屋になっているらしい。
他の高貴な捕虜たちにはこんな地下ではなく、地上のもう少しましな部屋を与えているのだろう。
そんな空き部屋に住人が入ったのは、先程の宴への参加を断った夜の事だった。
宴に参加していたらしいそいつは、すっかり出来上がった状態で兵士たちに両脇を抱えられながら地下に降りてきた。
この様子ならすぐに寝入って静かになるだろうと思っていたら、兵士たちがいなくなるなりそいつは酒枯れた声で調子っぱずれな歌をガナリ始めた。
「♪俺にゃ友達大勢いるが、どいつ~もこいつも貧乏人~
だーれも身代金を払っちゃくれぬぅ~」
壁越しなのでどんな面かはわからないが、声からすると年の頃は四十半ば程だろうか。
それにしても、陽気な声で歌う割には何とも物悲しい歌である。
そういえば俺の身代金はどうなっているのか。
姫様だって〈犬〉だって、決して俺を見捨てたりはしないだろうが、そもそも無事に帰りついているのか。
まあ、考えるだけ無駄だな。
俺はフカフカと柔らかい寝台に身を横たえると、余計なことを考えずに済むよう目をつむった。
隣の奴はそんなのお構いなしにガナリ続ける。
「♪俺は随分気前よく、いろんなモノを与えてきたが~
恥知らずどもは困った俺を知らんぷり~」
「うるせえ! 静かにしやがれ!」
思わず怒鳴ってしまった。
すると隣の歌声が止まり、すぐに返事が返ってきた。
「おい、下郎!
ワシが誰か知っての言葉か!」
しまったと思ったがもう遅い。
こんなところに捕まっているのだからどこぞのお偉いさまに決まっている。
が、今更引っ込むのはあまりにもみっともないので、俺は正直に怒鳴り返した。
「お前が誰かなんて知るわきゃねえだろうが!」
「なに、知らぬとな?
本当に知らぬというなら仕方もないが、適当に言い逃れしようというなら許さぬぞ!
神に誓ってワシを知らぬと言い切れるか?」
俺は思わず笑いだしそうになった。
この俺に向かって神に誓って、とは!
「いいとも誓ってやろうじゃないか。
神に誓ってアンタが誰かなんて心当たりの欠片もないね!」
さすがにこうまで言われれば怒り出すかと身構えたが、しかし返ってきたのはゲタゲタという笑い声だった。
「そうか、わしを知らぬか! さもあろう!
だがわしはそなたを知っておるぞ!
のう、〈木こりのジャック〉よ」
「げっ」
俺は思わずうめき声を漏らしてしまった。
どうせ俺の事なんて知らないだろうとたかをくくっていたのだ。
壁の向こうから、おっさんの楽しげな声が響いてくる。
「フフフ、なにたいしたことではないのだ。
先の宴でブレセンヌ公めがとんでもない勇士を捕まえたのだと自慢しておってな。
ところが見た限りではこの城内に捕らわれておるのは皆わしの知り合いばかりだ。
顔はもちろん声だってそれなりに聞き知っておる。
少なくとも、わしを知らぬような者とは顔を合わせておらん。
とすれば、わしを知らぬというお前こそ、その勇士に違いあるまいて。
どうだ、当たっているだろう?」
タネ明しを聞いてしまえば実に単純な話だった。
俺は観念して答えた。
「そうだよ、いかにも俺がその〈木こりのジャック〉だ。
おっさんこそ何者なんだ?」
俺が訊ね返すと、隣の酔っぱらいはククと笑った。
「言ったろう、知らぬなら仕方がない故許してやると。
どうしてもというなら教えてやるが、その場合は相応の礼節を求めるぞ」
逆に言えば、聞かずにいればそういう堅苦しいことは言わないでいてくれるということか。
「じゃあいいや」
「うむ、それがよかろう」
隣のおっさんは俺の答えに満足したようだった。案外悪い奴ではないのかもしれない。
歌も止まったことだし、無礼討ちの心配もなくなった。
俺は安心して横になると、もう一度目をつぶった。
ところがである。
これで終りかと思いきや、おっさんはしつこく話しかけてきた。
「時にジャックよ」
「なんだよ」
「そなた、ここのところ随分と名を上げているようだな。
陣中でもそなたの歌は随分と人気があったぞ」
俺の歌と言うと、あの〈兎〉が作った奴だろうか。
あんなのがお貴族様の耳にまではいる程広まっちまってるのか。
俺はうんざりして答えた。
「あんなのでたらめだぞ……」
「さもあらん。英雄譚なんぞそんなものだ。
だが、それだけでもあるまい。
火のないところには煙も立たぬ。
リチャードも実に楽し気にお前のことを話しておった。
アレに勝ったというのは本当なのだろう?」
リチャードと言うと、ローズポート伯の事だろうか。
確かに俺はあのバカ強いおっさんに決闘を挑みはしたが、勝ってはいない。
「いや、それも誤解だ。
実際の所、俺の相手はその息子で……」
「ジェフリーか。ならば十分誇れる相手だ。
確かに天下無双と名高いリチャード卿には及ぶまいが、それでも中々の使い手だ。
こと剣技にかけてはあれの右に出るものはそう多くあるまい。
そうだちょうどいい。
そなたの武勇伝を聞かせて貰おうではないか」
「悪いけど、ちょうど今から寝るところだったんだ。
明日にしてもらえないか?」
「どうせ昼間も寝ておったのだろう?
さて、今更寝られるものかな」
おっさんの言う通りだった。
さっきだって寝ようと思ってもなかなか寝付けないからつい怒鳴ってしまったんである。
「まあ、確かにそうなんだけどよ……でもなあ……」
「なに、遠慮はいらん。盗賊仕事についても全て話すがいい。
この剣に誓って、牢を出たら聞いた話は全部忘れてやる。
先程の無礼についてもだ」
おっさんがそう言った直ぐ後に、ジャキンという鞘に剣をまた戻す音が隣の部屋から聞こえてきた。
牢の中にいながら帯剣まで許されているなら、やはり高貴な捕虜に違いない。
ちなみに、俺の斧は取り上げられてしまっている。
今はシャルルの部屋に飾られているらしい。
「あんたを知らないなら、無礼は許してくれるって話だったろ」
「ムフフ、言葉のアヤだ。許せ」
おっさんはご機嫌だ。
まあいいか。ここでこのおっさんのご機嫌を取っておけば、国に帰った後、姫様の味方になってくれるかもしれない。
そこまでの期待はせずとも、ご機嫌を損ねていいこともないだろう。
呪いの事さえ伏せておけば、そう酷いことにはなるまい。
俺はため息を一つついて気持ちを落ち着かせた後、これまでの出来事を話し始めた。
お待たせいたしました。本日から投稿再開です。
これまでは週一での投稿でしたが、今回は実験的に話の区切りがつくところまで毎日投稿予定です。
引き続きお楽しみいただければと思います。
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1~61話に微修正。
誤字修正や表現の変更など。話の流れや設定などに変更はありません。




