第十四話 〈犬〉
金斧一閃。
〈騎士殺し〉のロバートは真っ二つになってその場に崩れ落ちた。
誰もが唖然として、横たわる鎧の断面を凝視している。
決闘は一瞬で終わった。
奴は鎧の防御力を過信し、俺の初撃をわざと胴で受けたのだ。
おそらくは余裕を見せつけて俺の心を折るためだったのだろうが、それが裏目に出た。
もっとも、俺がそう仕向けたのもある。
そのためにこれみがよしに鉄の斧を見せびらかしたのだ。
なにしろ、初撃で確実に仕留める必要があった。
何度か戦ってみて身に染みたが、この斧はかなりの初見殺しだ。
反面タネが割れてさえいれば、腕のたつ奴ならいくらでも対策はとれる。
実際、以前に戦ったあの初老の騎士は俺の斧を剣で受けて見せた。
ともかく決闘には勝った。
あとは勢いがモノをいう。
この衝撃を最大限生かして盗賊どもが冷静さを取り戻す前に状況を動かすのだ。
「やい! お前ら!」
俺はありったけの大声を張り上げながら一歩前へ出た。
怒鳴り声が石の天井に反響してぐわんぐわんと響く。
「この中に親分の仇をとろうって奴はいるか?
いるなら出てこい! 俺が相手してやる!」
そう言いながら、室内の盗賊どもにぐるりと輝く金斧を向けると、盗賊どもは怯えたように後ずさった。
よし、これならいける。
俺はロバートの死体を踏み越えて、部屋の一番奥、最初に奴が座っていた石の上に陣取った。
「よーし、お前ら! それならたった今から俺が親分だ!
だが、それで簡単にはいそうですかとも言えんだろう。
俺の下になんぞつけんという奴らは今すぐ出ていけ。
今なら追いかけやしねえ。立ち去り自由だ」
誰も、ピクリとも動かない。
少しばかり当てが外れた。
誰だって見ず知らずの若造の配下になんぞなりたがるはずもなく、こう言えば皆勝手に出て行ってくれるものと思ったんだが。
仕方がないので俺は出口に近いところにいた、盗賊にしては少しばかり気が弱そうな男に斧を向けた。
「おい、てめえはどうだ!
さっさと決めろ!」
気弱そうだからこうやって恫喝すれば逃げ出すだろうという勘定だ。
一人出ていけば二人、二人逃げれば四人とあっという間に一人残らず散っていくと考えたのだが、そこで一つ誤算に気づいた。
出口になるはずの通路を俺の仲間たちが塞いでいるのだ。
もちろん、わざと塞いでいるわけじゃない。
恐ろしさで部屋の中に踏み込めずにいるうちに身動きがとれなくなってしまっただけだろう。
かわいそうに、緊張でガチガチに固まった彼らは梃子でも動きそうにない。
俺に斧を突き付けられた奴は振り返ってそれ気づき、泣きそうに顔を歪めた。
その時出口の向こうから声が聞こえてきた。
「おら、お前らどけ!
邪魔だ! ほら、どけったら!」
しまった、〈犬〉だ。〈兎〉も一緒だ。
彼らが俺の仲間たちを押しのけながら広間に入ってくると、盗賊どもの視線が一斉にそちらに移った。
そのどこか縋る様な目つきから察するに、どうやらこの二人は一党の中でも存外高い立場にいたらしい。
〈犬〉は真っ二つになったロバートを見て「あちゃー」と間抜けな声を上げた。
それから浮足立っている盗賊どもをぐるりと見まわすと、大声で一喝した。
「野郎ども落ち着け!」
先程までの飄々とした態度からは想像もつかない迫力のある声が響き渡り、盗賊どもが一瞬で静まった。
まずい。こいつは思った以上に役者だ。
場が落ち着くのを確認すると、〈犬〉はこちらをギロリと睨みつけた。
「木こりの旦那、これは一体どうしたことですかい」
「決闘だ。負けた方が勝った方の下につく。そういう条件だ」
〈犬〉は目を細めると、先ほどの少しばかり気の弱そうな盗賊の襟首を捕らえて問いただした。
「おい〈大鼠〉、木こりの旦那が言ってるのは本当か?」
「あ、ああ、〈犬〉の兄ぃ。
たしかに親分は決闘を受けた」
「なるほどな……」
彼はしばらく考えるようなそぶりをした後、なぜか振り返って俺の仲間たちをじっと見つめた。
〈犬〉の鋭い視線を受けて彼らはヒィと小さく悲鳴を上げたが、しかし逃げ出しはしなかった。
足がすくんで動けなかっただけかもしれないが。
そんな彼らに、〈犬〉は低い、ドスの効いた声で呼びかける。
「……おい、お前ら」
「へ、へえ、なんでしょう……」
「今すぐここを出ていけ。
お前らは何をしたわけでもねえからな。
見逃してやる。さっさと行きな」
エルマー達がこちらに視線を向けてきたので、俺はシッシと追い払うように手を振ってみせた。
仲間たちの目に涙が浮かぶ。
「オラ、分かったらさっさといけ!」
〈犬〉が大声で威嚇しながらエルマーをつき飛ばした。
だが、彼は数歩よろめいたがそれでも踏み止まり、あろうことか〈犬〉に向かって叫び返した。
「うるせえ! お頭を見捨てて逃げるもんか!」
ノッポのビルとチビのセシルがエルマーの背後に隠れながら一緒に叫ぶ。
「お、お頭はよー!
俺達みたいな情けねえ奴を見捨てずに助けてくれたんだよー!」
「その上、悪い地主まで懲らしめてくれたんだ!
あ、ち、近寄るな! 噛みついてやるからな!」
三人とも口だけは威勢がいいが、足は揃ってガクガクと震えている。
そういえば、と俺はこいつらに出会った時のことをふと思い出した。
あの時も、こいつらはエルマーを見捨てなかったな。
案外義理堅い連中なのかもしれない。
そんな彼らの様子を見て〈犬〉は実に楽しげな笑みを浮かべた。
彼は大げさに手を広げて見せると、広間の盗賊どもに呼び掛ける。
「おい! 野郎ども!
今の聞いたか?
このヒョロヒョロの小作人どもがてめえのお頭守って戦うとよ」
それを受けて、盗賊どもが一斉に下卑た笑い声をあげる。
次の瞬間、〈犬〉は表情を一変させて盗賊どもを一喝した。
「笑うんじゃねえ!」
その剣幕に盗賊どもの笑いが一瞬で引っ込んだ。
静まり返った中で〈犬〉が話を続ける。
「この弱っちい臆病者どもが!
丸腰で! 小便ちびらせながら!
それでも一歩も引かねえって言ってんだぞ!」
「も、漏らしてねえ!
これは冷や汗だ!」
セシルが反論したが〈犬〉は無視した。
「それがどうだ、お前ら。
この中に、ロバート親分のために命張ろうってやつはいたか?
いねえだろうな。俺だってそうだ。
まあ、それをどうこう言うつもりはねえ。
俺たちゃ所詮は盗賊だからな。
大体、親分にゃ世話になったが、それ以上に散々な目にもあわされてらあ。
だからおい、よく考えてみろ。
前の親分と、それから木こりの旦那と、一体どっちの方が世話になりがいがある?
こりゃもう考えるまでもねえやな」
彼はつかつかと俺の前に出てくると片膝をついて頭を下げた。
「そういうわけなんで、今日からよろしくお願げえ致しやす」
そう言い終えてから、顔を上げてニヤリと笑う。
どうみても腹に一物のある顔だ。
〈犬〉はそんな不気味な表情を一瞬で消すと、立ち上がりまた盗賊どもに呼び掛けた。
「おい、それでお前らはどうするんだ?」
誰も答えない。
〈犬〉はさらに続けた。
「おい、みんなそこの三人組を見てみろ。
こんないかにも使えねえひょろっちい連中ですら、木こりの旦那は真っ当に扱ってくださるんだ。
悪いこた言わねえ。
他にアテがある奴以外は俺と一緒にお頭についてこい」
しばしの沈黙の後、真っ先に応じたのは〈兎〉だった。
「ヒヒヒ、それじゃあ私もご相伴にあずかろうかね。
おい、〈梟〉や。お前さんも一緒においで」
〈兎〉に呼ばれて、先ほどの優男も前に出てきた。
二人揃って俺の前に片膝をつき頭を下げる。
「それでは、共々よろしくお頼み申し上げます」
「お、おう……」
それを契機に盗賊どもがどっと押し寄せてきて次々と頭を下げていく。
結局誰一人として出ていく者はおらず、ロバート親分の一党はそっくりそのまま俺の配下に収まってしまった。
ひとまず危機は脱したが、どうも当てが外れた形だ。
これでは俺はいよいよ本格的に盗賊の頭になってしまう。
〈犬〉がロバート一党を代表して改めて頭を下げた。
「へへへ、木こりの旦那、今後はよろしくお願いします。
でっかい仕事を期待しておりやすぜ」
そんなものを期待されても困るのだが。
「それで、次はどうするおつもりで?」
どうするもこうするも、できれば盗賊団なんてこの場で解散してしまいたいのが本音だ。
しかし、成り行きとはいえこちらから頭になると言ってしまった以上はそうも行くまい。
多少なりとも稼がせてやらねば筋が通らない。
「そうだな……」
さて、この盗賊どもに一体何をさせたものか。
盗賊であるからには奪うのが本分だろう。
実に非生産的である。
俺はしばらく足りない頭をフル回転させた挙句に、とうとう一つの名案をひりだした。
「よし、俺は盗られた物を盗り返しに行く。お前ら手伝え」
それを聞いた〈犬〉は困惑した表情を浮かべた。
「盗られた、と言いますと……」
「俺たちの隠れ処にあったお宝だよ。あれを盗り戻すんだ」
盗賊働きをするのは正直気が引けるが、盗品をもう一度盗るだけならば良心の呵責も程々で済む。
ここにいる全員で山分けするとなれば大した稼ぎにはなるまいが、まあいい。
なにより、盗品はさておいても取り戻したい物が俺にはあった。
トムの皮袋だ。
あれはただの小銭袋とは違う。俺にとってはその額面以上の価値がある。
できれば失くしたくない。
「それってえと、つまり――」
〈犬〉はそこで言葉を切って、ゴクリとつばを飲み込んだ。
「つまり、代官を襲撃するってことですかい?」
そういえば、代官の兵がどうとか言ってたな。
お宝のありかがわかっているなら話が早い。
「そういうことになるな」
〈犬〉の奴はしばらくぽかんと口を開けていたが、すぐに気を取り直したらしく猟犬じみた笑みを浮かべた。
「そりゃいいや!
強欲地主の次は、悪評高いクソ代官を一発懲らしめてやろうってわけですな!」
彼は振り返ると皆に向かって叫んだ。
「聞いたか野郎ども!
代官の城にゃ兵隊が大勢詰めてるが恐れるこたあねえ!
俺達にゃナッシの屋敷の傭兵をたった一人で皆殺しにした〈木こりのジャック〉様がついてらあ!
城の倉庫にゃお宝がどっさり! 分け前もたっぷり!
さあ、一世一代の大博打!
元はと言えば、悪代官が貧乏人から奪ったものだ!
世間様に代わって全部取り返してやろうじゃねえか!」
〈犬〉の煽りに盗賊どもがオオーと気勢を上げて応じる。
不味いな……なんだか思った以上に大事になってきたぞ……。
次回は10/20を予定しています