つまらなそうにしているクール系美少女が階段から落ちそうなのを庇い怪我をしたら、家族公認の仲になってしまった
「ギプス生活終了!」
「わ~ぱちぱち」
クラスメイトの白峯 銀花さんが階段から落ちそうなのを庇った時に右腕を骨折してからおよそ一か月。
四月に入り高校三年生の生活が始まろうとしているこの時期に、ようやくギプスが取れた。
ただギプスが取れただけで、完治にはまだまだ程遠い。
それが何を意味するのかと言うと。
「これからもお世話するからね」
白銀の髪を持つ美少女、白峯さんとのリハビリ生活が続くということだ。
僕こと有藤 天智は白峯さんと付き合っている。
誰にも何にも興味が無さそうだった彼女は、僕に助けられたことで僕を異性として意識してくれるようになったのが、付き合う直接のきっかけだ。
それ以来、彼女は腕が不自由な僕をかいがいしく世話をしてくれて、傍から見るとイチャラブしているとしか思えないような毎日を過ごしていた。
春休みの今なんか、毎日僕の家に来て押しかけ女房みたいな感じで家事を中心に世話をしてくれる。
『卒業したら結婚ね』
なんてお母さんが揶揄ってくるけれど、すでに結婚しているのではと思える程に毎日一緒に生活しているので感覚がマヒしそうだ。
今だって、彼女は僕の家でギプス取れた祝いをしてくれている。
「新学期に間に合って良かったよ」
「新学期かぁ……」
あれ、白峯さんが浮かない顔をしている。
どうしたのだろうか。
「有藤君は、進路どうするつもり?」
「進路?」
「うん、どこの大学にするか決まってないって言ってたけど、もう決めたのかなって」
そういえばそんな話もした気がする。
まだ白峯さんと付き合っていない頃、僕は白峯さんに毎朝話しかけて答えの来ない雑談を続けていたのだ。
その中で進路の話を確かにした。
「まだだよ。というか、やりたいことなんて思いつきそうにないから、自分のレベルにあった得意ジャンルの学部がある大学を選ぶことになるんじゃないかなぁ」
これまでの進路調査でも、学校ランクだけ見て適当に書いたしね。
「白峯さんはどうするの? やっぱり東大?」
白峯さんは全国模試トップの頭脳の持ち主だ。
東大だって簡単に合格出来るに違いない。
もしかしたら海外なんて選択肢もあるかもしれない。
「私は……」
相変わらず白峯さんの顔色が優れない。
選び放題の彼女にどんな不安があるのだろうか、凡人の僕には想像もできない。
「…………」
しばらくの間、彼女は口を閉ざしていたが、覚悟を決めたのか僕をしっかりと見て答えを告げる。
「有藤君と一緒に居たい」
国内でも海外でも無かった。
進学でも就職でも無かった。
いや、ある意味就職と言えるかもしれない。
「私、何でもするよ。有藤君が苦手な家事も全部やってあげる。有藤君が求めてくれるなら、え、えっちなこともしてあげる。だから私……」
ごくり、と思わず生唾を飲み込んでしまった。
美少女が何でもしてくれる、尽くしてくれる。
男冥利に尽きる話だ。
実際、彼女はここまで僕に尽くしてくれた。
腕が不自由な僕の行動をサポートして、家政婦かのように生活もサポートしてくれて、恋人として傍に居てくれる。
これが永遠に続くのであれば、僕は喜んで彼女を受け入れたい。
「ありがとう。とても嬉しい」
僕の言葉に、白峯さんは少しばかり安堵したようだ。
「でも、それはダメだよ」
「え?」
ああ、本当にごめんなさい。
君をこんなにも悲しませてしまうなんて彼氏失格だよ。
でもここで受け入れるわけには行かないんだ。
「だって白峯さん、凄く辛そうだよ。僕は君にそんな顔をして欲しくない」
「っ!」
白峯さんの頬に少しだけ赤みがさした。
少しくさいセリフかなと思ったけれど、彼女の気持ちが紛れたのなら大成功かな。
「有藤君って、意識してもそういうセリフ言えるんだね」
「どういうこと?」
それじゃあまるで意識しないでキザなセリフを言っているみたいじゃないか。
「えへへ、分からないならそれで良いの」
「ええ~教えてよ~」
良かった、白峯さんの雰囲気が元に戻った。
「有藤君ありがとう。私とても嬉しい。でも、これだけは言わせて?」
彼女はこれまで以上に頬を赤くし、可愛らしくもじもじしはじめた。
「有藤君と一緒に居たいって言うのは……ほ、本当だからね!」
僕の彼女が世界一可愛い件について。
なお、彼女が抱えている問題については、割と早くに判明することになる。
――――――――
「~~♪~~♪」
最近白峯さんの機嫌がとても良い。
「あっりとうくんっといっしょ、いっしょ」
三年生のクラス替えで離ればなれにならなかったからだ。
鼻歌だけではなくて子供っぽい自作ソングまで歌っているのが可愛いんだけど、ちょっと気恥ずかしい。
彼女は相変わらず僕の鞄を持ち、靴を履かせてくれて、お弁当を作ってくれて、移動教室の度に荷物を持ち運んでくれるが、階段の昇り降りの時に体を支えるのは止めてくれた。
あれが一番恥ずかしかったから助かった。
いつものように登校し、いつものように授業を受ける。
「白峯さん、放課後一緒に遊ぼ!」
「興味ないから」
「なんでぇ!? 有藤君からもお願いしてよ、独占良くない!」
彼女との交流を諦めない女子達にスンッとした態度で接するのもいつも通り。
「よう、テン。相変わらずバカップルやってんな。羨ましい限りだぜ」
「後ろに冬慈の彼女がいるけどそんなこと言って良いの?」
「ひえっ!?」
「嘘だよ」
「てめぇ!」
友人の冬慈と彼女との関係をお互いに自慢しあうのもいつも通り。
何もかもがいつも通り。
平和で、幸せで、笑顔の絶えない白峯さんとの日常。
残り一年しかない学生生活を全力で青春していた。
高校卒業。
その進路次第では僕と彼女は離れ離れになってしまうかもしれない。
遠距離恋愛になるかもしれず、これまでのように一緒に居られるかどうか分からない。
その将来の不安から目を逸らしていた。
ああ、その、勘違いしないで欲しい。
この先に大きな障害でも待っているかのような雰囲気かも知れないけれど、そうじゃないんだ。
ただ、その、ね。
そんな不安すらも吹っ飛ぶくらいに幸せにな状況になるなんて怖いな、なんて話と言うだけのことです。
それはある日の休日のこと。
「それじゃあお母さん行ってくるから、早く孫の顔を見せてね」
「もう、お母さん!」
「い、行ってらっしゃい」
いつものように僕の家に尽くしに来た白峯さん。
お母さんは相変わらず忙しく今日も大学に行くので彼女と一緒に見送りをした。
白峯さんはお母さんに毎晩家まで送ってもらっている。
その時に色々と会話をしているからなのか、かなり仲が良い。
でもお母さんがことあるごとにそういうことを勧めるのは心臓に悪いから本当に止めて欲しい。
「まったく、お母さんの話なんて忘れて良いからね」
「忘れないよ」
「ちょっと!」
「有藤君に関係することは全部覚えてる。忘れたくなんか無い」
その言い方は卑怯だ。
「めちゃくちゃ嬉しいけど、今のは忘れてよ!」
「えへへ、や~だよ~」
はい可愛い。
お母さんが見送った後、リビングに戻った僕らは並んでソファーに座る。
そうして少しの間、他愛も無い雑談をするのがいつものルーティンだ。
僕の左側、肩が触れそうな程に近くに座る白峰さん。
後で聞いた話、彼女は僕との会話が楽しくて油断してしまったらしい。
僕を揶揄った時の笑顔のまま、彼女はこれまで口にしたことの無い一つの質問をした。
「有藤君は、お母さんと仲が良いんだね」
もしかしたらこの質問こそが、僕の人生における最大の難問だったかもしれない。
単に質問に答えるだけなら簡単なことだ。
うん、そうだよ。
素直に答えても良い。
べ、別にそんな仲良くなんかないし。
ツンデレ風に照れても良い。
色々あってこうなったんだよ。
お母さんと僕の関係を詳しく説明しても良い。
どれも正解だと思う。
ただ問題はそこじゃない。
『白峯さんはどうなの?』
これを聞き返すべきかどうかなのだ。
白峯さんは小さい頃、周囲から疎まれ嫌われていた。
親戚から、近所の人から、同世代の子供達から。
でも両親の反応がどうだったのかを実は僕は聞いていない。
今、彼女は一人暮らしをしているらしい。
悪い想像をするならば、両親が気味の悪い娘を隔離しているように見える。
聞き返してしまったら、辛い境遇を話させて彼女を苦しませてしまうかもしれない。
でも、実は彼女からの話を聞いて欲しいというアプローチである可能性は無いだろうか。
正解が分からない。
凡人の僕には分からない。
分からないけれど、答えは自然と決まった。
僕は彼女を傷つけたくない。
でも同時に、彼女のことをもっと知りたい。
彼女が僕の事をそう思ってくれるのと同様に。
それがどれだけ辛い事であったとしても、知りたい、そして支えたい。
だって僕は彼女のことが好きだから。
「実は昔は今ほど仲が良くは無かったんだよね」
「そうなの?」
「まぁ、色々とあってさ。白峰さんはお母さんと仲が良いの?」
案の定、彼女は顔を曇らせた。
でも、僕が想像していた最悪程の状況ではなく、少しだけ困った風な雰囲気に留まっていた。
「良くはない……かな」
微妙な表現だ。
ここで『そっか……』なんて退くようだったら踏み込んでなんかいない。
「悪いってこと?」
「どうなんだろう……よく分かんない」
全国模試トップの秀才でも人間関係は分からない。
しかも身近な家族との関係すら分からない。
人生って凄い難しいんだなぁ。
「前に、子供の頃の話をしたよね」
「うん」
「みんな私を怖がって気味悪がったけれど、お父さんとお母さんだけは違ったの」
良かった。
少なくとも両親からは酷い目にあってなかったんだ。
「でも……なんか距離があるの」
「距離?」
「いつも態度が素っ気ないし、淡々としていて……」
その状況が子供の頃から今に至るまで続いているらしい。
「でもしょうがないよね。私、二人にすごい迷惑かけてるから、きっと面倒な子供だなって思って嫌われてるんだ。えへへ」
「白峯さん……」
「高校で一人暮らしするように言われたのも、私が近くにいると辛いからで……ひゃっ!」
これ以上言わせてはいけない。
僕は自由な左腕で白峯さんを優しく抱き締めた。
「あ、あ、有藤君?」
耳元で彼女の声が聞こえる。
少しだけ照れくさいけれど、今はそんな気持ちは封印だ。
「ねぇ、白峯さん」
「ひゃいっ!」
あはは、耳元で話をしているからか、変な反応してる。
可愛い。
「僕は両親と仲が良いけれど、昔はそうでも無かったんだよ」
「え?」
白峯さんのように壮絶な体験はしていないけれど、それでも順風満帆な人生だったかと言われるとそうではなかったと思う。
「僕の両親がとても忙しい事、知ってるよね」
「う、うん」
「小さい頃も今と同じでさ。二人とも家に居ないことの方が多かった」
学校から帰って鍵を開けても、家の中は静まり返っていた。
それが普通だった。
「世の中の役に立つ大事な仕事をしてるから仕方ないって分かってたんだ。それに二人が他の大人達に褒められて尊敬されている姿を見ると嬉しかった。自慢の両親だと思ってた。だから『僕は独りでも大丈夫だからお仕事頑張ってね』ってずっと言っていたんだ」
夕飯をレンジでチンして静かな家の中で黙々と食べる。
宿題をして、お風呂に入って、ゲームをして、寝る。
自由気ままに生きていた。
でも確実に心が擦り減っていたんだ。
本当は親の愛情をもっと求めていたのに、その気持ちを隠し続けて溜め込んでしまったがゆえに、良い子ではいられなくなっていた。
「その結果、僕は中学で少しだけ荒れちゃったんだ」
ぴくり、と白峯さんの肩が動いた。
「荒れちゃったって言っても大したことはしなかったけどね。それにお母さんが僕の異常に直ぐに気が付いてくれた」
あの時はお母さんにかなり酷い言葉をぶつけてしまった。
それは今でも後悔している。
「『ごめんなさい、お母さんが間違ってたわ』」
お母さんがあれほどまでに泣いたのを見たのは、後にも先にもその時だけ。
「それ以来、お母さんは困っちゃうくらいに僕を甘やかして構ってくるようになったから恥ずかしいったらありゃしない」
子供の大丈夫を鵜呑みにして、放置してしまった。
決して愛情が無かったわけではない。
「どれだけ大切に想っていても、間違ってしまうことがあるんだって僕は知ることが出来た」
親もまた一人の人間だ。
完璧で立派な存在だと思っていたけれどそうでは無かった。
それに気付いた時、自分が一歩大人になった気がした。
「ねぇ、白峯さん」
僕は白峯さんの家庭の様子なんて何も分からない。
彼女から断片的に様子を伝え聞いただけ。
大きく間違っているかもしれない。
余計なお世話かも知れない。
彼女をより傷つけてしまうかもしれない。
「お母さんに甘えてみたら?」
「え?」
でも伝えたかった。
彼女が欲しがる両親からの愛は、手の届くところにあるのかもしれないのだから。
「白峯さんのことだから、甘えたこと無いでしょ」
自分がお母さんに迷惑をかけているかもしれない。
だから甘えるなんて申し訳なくて出来ない。
彼女は聡明だからこそ、そう思ってしまうに違いない。
「でも……」
そんなことをしても迷惑がられるだけではないか。
「『困らせるくらいに甘えてくれて良いのよ。むしろ困らせて』」
迷惑をかけたって別に良いんだ。
だって僕らはまだ子供なんだから。
「お母さんに言われたこと」
逆に迷惑をかけられているような気もするけれどね。
「白峯さんも困らせちゃおうよ。それでもダメだったら……うちに住む?」
「!?」
当然だ。
彼女を愛してくれない人の傍になんか置いておけないもん。
でも僕は大丈夫だと確信している。
だって素の白峯さんはこんなにも純真で可愛らしい真っ当な女の子なんだ。
小さい頃から敵意を浴びせ続けられていたのに狂わなかったのは、守ってくれた人がいたからだろう。
彼女は僕の言葉のおかげだなんて言うかもしれないけれど、あれだけで辛い日々を耐えられるなんて到底思えない。
両親が不器用ながらも白峯さんを愛して導いてくれたのだと僕は信じたい。
「だからさ、手を伸ばしてみようよ。ああ、でももしかしたら我が家みたいにウザいことになっちゃうかもしれないけどね」
「…………最高だね」
「うん、そうだね」
「ぐすん……ありがとう……本当にありがとう」
白峯さんは家族からの愛を求めていた。
進路の話の時に僕と一緒に居たがったのは、その、恥ずかしい話なんだけれど、僕と家族になる将来を彼女が既に思い描いていて、進路の違いで離ればなれになってそれが消えてしまうのを恐れたからでは無いだろうか。
「ねぇ、有藤君」
「何?」
「前に『もっと好きになって貰えるように頑張るね』って言ったの覚えてる?」
「もちろんだよ」
あんな衝撃的なセリフ、忘れられるわけがない。
「でも、何だか私ばかり好きにさせられてる気がする」
「そんなことないよ」
「そんなことある」
「そんなことないよ」
「そんなことある」
「そんなことないよ」
「そんなことある」
「あはは」
「えへへ」
小さく笑うと僕らは体を離した。
「本当は有藤君の右腕が完治するまで待つつもりだったんだよ」
「何のこと?」
白峯さんは濡れる瞳を指で拭い、はみかみながら何かを伝えようとしている。
「有藤君が……天智君が悪いんだよ。好きになりすぎて我慢出来なくなっちゃった」
ふわりと甘い匂いがした。
そして同時に唇に柔らかな感触が伝わり、それがキスだと気付くのに時間はかからなかった。
――――――――
「銀花さん、もう荷物は持たなくて大丈夫だよ」
「えへへ、いつもの癖で」
右腕が完治し、いつも通りの生活を取り戻して迎えた夏休み。
僕と銀花さんは温泉旅行に行くことになった。
二人っきりでの旅行。
だったら良かったのに。
今回は家族ぐるみでの旅行だ。
両家の親達が気を使ってくれたから宿に着くまでは別行動。
宿についたらいつも通り揶揄われるんだろうなぁ。
まさか銀花さんの両親もうちの親と同じタイプだったとは。
会うたびに孫はまだかと弄られて恥ずかしいんだよ。
「ほら、荷物返して」
「や~だ~」
「可愛く言ってもダメです」
「やった、可愛いって言ってくれた」
「うんうん、可愛いから返してね」
「あっ」
少しだけ力を入れて強引に彼女から鞄を取り返した。
「む~」
「これからは僕が持つよ」
どうしてそんなにも僕の鞄を持ちたがるのか分からないけれど、これだけは譲れない。
「ほら」
「!」
だってこうしないと二人の手が空かないじゃないか。
「行こう、銀花さん」
「うん!」
僕の手をしっかりと握ってくれた銀花さんは、何もかもが楽しくて幸せ一杯の満面の笑みを見せてくれた。
これにて完結です!