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6.

 物語はここで締めくくられている。


 少女が絶望すると共に大きくなっていく穴は、私の胸の中にあるものと同じなのだろう。

 そこに満たされていた想いは初めから幻で、穴なんてものは存在しない。痛みもまやかし。時間が経てば忘れてしまう。


 物語の中の少女は鎖に繋がれていて逃げ出すことは出来なかった。だが私は自由だ。

 それどころか初めから求められてさえいない。特別な能力だってない。惨めさだけが募っていく。


 神はなぜ私をこの場所へ導いたのか。

 これは私に課せられた試練なのだろうか。


 幸せを感じた分だけ押し寄せる苦しみが私の糧となるのなら、きっとこの想いも無駄ではないのだろう。


「ああ、神よ」

 私はどこに行くべきなのでしょうか。

 迷いを歌に乗せ、天へと響かせる。



 けれど神が私に微笑むことはない。

 翌日、私に告げられたのは残酷な連絡だった。


「シャンスティ王国からの書状により、君がゴルードフ伯爵家の令嬢であり、下級聖女であることが証明された。短い時間だったが、君と過ごせて楽しかった」



 時間切れの合図である。

 私がここに滞在させてもらえたのは身元が不明だったから。


 優しくしてくださったのはきっと、お姉様を下手に刺激したくなかったからだろう。目の前に置かれたケーキと紅茶が一気に色褪せて見える。


「お世話に、なりました」

 張り付いた喉を必死で動かし、最低限の言葉を紡ぐ。

 これで終わりだ。自国に帰り、元の生活に戻る。また神に祈りと歌を捧ぐ毎日。


 充実していたと思っていたそれは少しだけ味気なく思えてしまうかも知れない。けれど次第にこの想いは色褪せ、痛みを忘れる。


 ゆっくりと下げた頭はそのままで。彼の顔を見ることはできない。

 やっと居なくなって清々するなんて思われたらきっと立ち直れないから。今はまだ胸に確かにある痛みをこれ以上増やすことなんて出来やしない。


「もし、君さえよければ」

 ケウロス陛下がそう切り出した時だった。

 キンーーと何かを弾くような音が室内に響いた。


「何事だ!」

 音がした方向に視線を向ければ、そこに立っていたのは呆然と立ちすくむ黒ずくめの男だった。足元には小型のナイフが数本落ちている。


 ケウロス陛下を狙う凶器として用意されたのだろう。

 だが様子がおかしい。彼はケウロス陛下ではなく、私を凝視してわなわなと震えているのだ。


 ナイフが弾かれたということは私を狙った?

 だが能力を知っていたら狙わないだろうし、知らなかったとすればもっと絶好のタイミングがあるはずだ。


 なにせ私が帰されることは訪問初日から決まっていたのだから。

 城内にいる時ではなく、帰る道中を狙えばいい。我が国と帝国に諍いを作るため利用するにしては私は弱すぎる。


 警戒するケウロス陛下とは違い、私の頭の中は疑問でいっぱいだ。



「あの」

「なぜ、無の聖女がここに」

「確かに私には誰かの役に立つ能力なんてありませんが、無能聖女だなんて失礼ではありませんか?」

「無能じゃない、無の聖女だ。全ての悪意を無に還す、神の愛子」

「へ?」

「変だとは思ってた。急に依頼が来たかと思えば、日にち指定でケウロス陛下を殺せと神託があったとか言い出すし。陛下は身元の分からない女に誑かされているとか言うから調べてるのに全然情報出てこないし。無の聖女の情報なら調べたって出てくるはずないよな」

「あの」


 男はあーあ、と諦めたようにその場に座り込んだ。


 だが無の聖女とは一体何のことだろうか?

 私を指しての名前なんだろうけど、全くの初耳である。頭にハテナマークが浮かぶ私を無視して、男は言葉を続ける。


「俺はずっと神なんてもんを信じていなかったんだ。聖女や神官に至っては未だに特別な存在だとは思えない。だがあんたは別だ。俺に唯一、神の存在を信じさせる。ここで出会ったのも神のお導きってやつなんだろう。なぁ無の聖女さま、あんた俺の主人になってくれよ」

「え?」

「自分で言うのもなんだが、情報収集能力は大陸でも五本の指に入るんだぜ? 詳しい身元の特定は出来なかったが、あんたがシャンスティ王国から来たことは突き止めてる。国に帰るなら俺も連れて行ってくれ!」


 いきなり手を掴まれ、身体が大きく震えた。

 だがなおも彼は私の手を握り続けている。つまり敵意はない。本気で私に仕えようとしているということだろう。


 神は偉大である。

 だが偉大ゆえにその力を素直に信じることのできない者達がいる。


 彼に神の存在を信じさせられたとすれば、それは聖女冥利に尽きることだ。


 もしや私がこの国に来たのは彼を導くためなのではないか。ならば私に拒む理由などない。


「共に神に仕えましょう」

 彼の真っ直ぐに伸びた視線に向き合い、力強く頷く。


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