表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者は魔王が倒せない  作者: ふぁん
4/4

割合勇者

(呪文、詠唱……)


 自身の中に備わる魔術式を魔法の言葉で呼び起こす。それを戦闘の最中、スキを作らぬために高速で詠唱。

 何度も繰り返し紡いできた言葉だ、淀みなく詠唱を終えると体から不思議な光が立ち上り、魔法の構築が始まった。


 ――ズズンッ


(魔力集中……)


 精神が研ぎ澄まされていくのに合わせ、突き出した手に魔力が集まっていく。


 ――ズズンッ


 巨影が迫るも心の水面には波一つ立たない。彼はこの魔法を得意とし、長い時間かけて磨き上げてきたから。


(理論構築完了、魔力充填完了……)


 目を見開くと敵――世界を脅かす『魔王』の凶悪で醜悪な姿がもう間近だ。それでも彼――世界を救う勇者はあくまで冷静に、練り上げた魔法を撃ち放つ。


「ハン・ブン・ニスル!」


 突如、勇者と魔王の間に横たわる空間が捻じ曲がり、圧縮され、そのまま魔王の躰まで呑み込んでいった。


「グオオオオッ!?」


 空間の渦が周囲の物質を次々と巻き込みながら拡大する。これまで多くの戦いを勝ち抜くのに貢献してきた勇者自慢の魔法だ。

 魔王の肉体は今や歪んだ空間の中で翻弄され為す術もない。


(――ダメだ)


 だが勇者の顔には余裕がない。勝利の手応えがないのだ。

 やがて空間の歪みは元に戻る。魔法を食らった魔王は深手を負ってこそいるが、命を奪うには至らず再び立ち上がった。


「これしきのことで斃れはせぬ!」


 未だ意気軒昂な魔王。勇者はすでに同じ魔法を五回は撃ち込んでいるが魔王を倒せない。

 その原因はハッキリしている。勇者はよく理解しているが、状況を打開する方法が浮かばずにいた。


(どうすればいい?)


 魔王に勝てない原因。それは彼の魔法<ハン・ブン・ニスル>が「対象の体力を半分に削る」という効果だからだ。

 それはつまり、残された体力を半分に減らすということ。これまで魔王に五回放ったため、魔王の体力は半分の半分の半分の半分の半分。2の5乗=32だから魔王の体力は32分の1となる。

 だがゼロにはならない。そしてタフな魔王は、それだけ体力を削られても勇者と戦う姿勢を崩さなかった。


 体力を削るだけでは斃れない。その命の灯を終わらせる最後の一撃が必要だ。勇者は魔法で弱らせた敵を剣で仕留める、そんな戦法で今まで勝利してきた。

 だが今回はそうすることができない。何故なら勇者の剣は魔王の硬い外皮に斬り込んだ際、きれいに折れてしまったのだから。


 勇者は困った。彼は血の滲むような努力で<ハン・ブン・ニスル>を極めた。反面、それだけあれば勝てたため、他の魔法を鍛錬してこなかったことが仇となった。

 剣にしてもそうだ。さほど強力な武器でなくても止めが刺せたため、デザインと効果が好みな剣一本しか持ってきていなかった。

 あの剣はダメージ量に応じて一定割合の体力を回復してくれる効果が好きだったのに。


(他に攻撃魔法は……!)


 普段使わない魔法を詠唱しようとしたが呪文を間違える。久しぶりすぎてド忘れしてしまった。呪文詠唱ができなければ魔法を構築できない。


「こうなったら、こうだ!」


 勢いよく踏み込んだ勇者は拳を握り、魔王の土手っ腹へ思い切り打ち込んだ。

 結果、拳は砕け腕は折れた。


「ぎゃあああっ!?」

「フハハッ血迷ったか!」


 魔王の蹴りで勇者は弾け飛んだ。そのまま壁に打ち付けられ床を転がる。



 ***



 勇者は元々、どこにでもいそうな普通の若者だった。中流階級に生まれた彼は、基礎的な学問を身に付け、手に職をつけ、それから平凡な人生を歩んでいくはずだった。

 だが運命の悪戯か、彼の人生は前触れもなく激変した。


 ある日、何処からともなく魔王が出現、全世界へ攻撃を開始した。

 多くの国が滅んだ。多くの人が倒れた。容赦のない侵略に人々が絶望しかけたが、神はこの世を見放していなかった。


 ある国で流星が堕ち、一人の若者に神が力を授けた。それが今の勇者である。その国の人口が約千万人であったから、1000万分の1という高倍率で選ばれたわけだが、理由は当人にも分からない。神の気まぐれか全くの偶然か。

 ともかく彼は否応なく一般市民から勇者への転向を余儀なくされ、そのまま魔王討伐の旅へと送り出された。


 無論、ただの市民だった彼に戦う術など無かった。だがその体に宿った特別な力のためか、修行を始めるとまたたく間に才能を開花させていった。

 問題は魔王の侵略が激しく、悠長に修行している時間が無かったということだ。


 そんなある日、彼は封印されし古代の魔法と出会う。名は<ハン・ブン・ニスル>。人間、動物、魔物の別無く強制的に生命力を削ぎ取ってしまう危険な魔法だ。

 しかし習得すれば強力な力になる。急ぎ魔王の脅威を除かねばならない勇者は、懸命にその魔法を覚え、極めた。併せて速やかに止めを刺せるよう速攻の剣術を修めた。


 促成栽培された勇者の進撃が始まった。どんな強大な魔物も、魔王の配下の将軍たちすらも<ハン・ブン・ニスル>を連射するだけで弱体化し、最後に剣で一突きすれば勝利だった。極端なまでの一点特化。例えドラゴンが襲ってこようと巨人が襲ってこようと、むしろ体力自慢の敵ほどこの魔法の餌食だった。


 幾多の戦いを越え勇者は魔王の根城の前に立つ。立ちはだかる配下の魔物たちも魔法乱射で蹴散らした。

 あとは魔王を討ち取るのみ。そのはずだったのだが……。



 ***



 意識が飛んでいた。ほんの何秒か。壁に頭を打って倒れていた勇者。

 骨が数本折れたか。息が苦しい。空気は入ってこないが口から止めどなく血が溢れる。魔王が万全であれば死んでいただろう。


 だが魔王の追撃。これを勇者は転がって避けると、血と泥に塗れながら距離を取り、回復魔法で体力の回復を図る。

 だがこの魔法は体力と同じ割合だけ傷を癒やすもので、死にかけた勇者の体力では回復量もたかが知れている。便利そうだと習得した魔法だったが、今まで圧勝続きだったため使う機会が少なかった。それが今こうして使ってみると弊害に気付かされる。


(ダメだ、正面からじゃ勝てない……!)


 何か工夫しなければ。その前に体勢を立て直す必要がある。だが勇者の不利を見て取った魔王は間髪入れず襲撃する。全体重を乗せた体当たりは壁まで突き破るが、何とか避けた勇者は一目散に逃げ出した。


(一旦姿を隠し、打開策を考え――)


 思案する勇者にそのスキを与えぬと言わんばかりの魔王。壁を打ち壊し部屋を貫通しながら勇者を追跡する。


(時間が作れない……いや、この道は!)


 勇者の脳裏に数刻前の記憶が蘇る。そこは彼が魔王の下へ向かい進んできた通路、階段。そこまできて閃きが走った。


「これだ!」


 魔王に向き直った勇者は呪文を高速詠唱する。これも久々に使う魔法だったが低級なもののため、うろ覚えでも間違えずに済んだ。


 迫る魔王。その視界が不意に霞み、勇者の姿が何人にも分裂して見えた。


「この魔王に対して幻惑呪文とはな」


 鼻で笑う魔王。幻こそ見えているがその影は薄く儚い。低級魔法らしく軽い撹乱が関の山だった。


「そこだっ、死ねぃ!」


 魔王の突進は影でない本物の勇者を捉えた。直撃は免れたものの壁ごと吹き飛ばされる勇者。


「これでいい、少しでも注意を逸らすことができれば十分……!」


 魔王の体が傾く。壁を破った先は階段、それも吹き抜けの超立体的な、登るのが怖くなる高層階段となっていた。

 勢いよく飛び出した魔王は重力に引かれて落下してしまった。この階段を記憶していた勇者の身を呈した罠である。


「この高さだ、落下によるダメージで魔王と云えども……」

「フハハッ」


 見下ろす勇者の眼前に魔王が急浮上ポップアップ。魔王は浮遊魔法で落下を免れ舞い戻ってきた。


「勇者ともあろうものが姑息な手を使う」

「だ、黙れっ。魔王なんぞに言われたくない!」


 言いつつ勇者はダッシュで逃げる。逃げはするが、その思考はこの魔王城内部の構造、今まで通過してきた場所を思い出そうとフル回転する。

 そんな勇者が駆け込んだのは魔王の宝物庫。面倒だったから後回しにしていた場所だが、宝箱を次々と開けて使えそうなものを探す。折れてしまった剣の代わりが見つかれば最後の一押しができる。


 すると見るからに危険で禍々しい剣が一振り見つかった。勇者は身を隠し、追いすがる魔王を待ち伏せた。


「そこだっ!」


 声を発したのは魔王。危険を察知すると、宝物庫に魔法を放ち壁を何枚もぶち抜く。だが勇者の姿は無い。


「もらった!」


 天井に張り付いて難を逃れていた勇者。降り掛かって魔王の頭部に斬りつけた。


(勝った!)


 確かな手応え。ただでさえ死にかけだった魔王もさすがに倒れ……はしなかった。


「何故だ……?」

「フハハハッ、馬鹿め。ここの宝は我がコレクション、闇の力を持った秘宝ばかりよ。そんなものでは我にダメージを与えることなどできぬ!」


 勇者が見つけた剣は闇のアーティファクトの一種だったのだ。この剣で魔王を斬りつけたところで、闇の力が吸収されて効果が無い。


「クッソこんなもん!」


 剣を捨てた勇者は逃げながらまた<ハン・ブン・ニスル>を放った。体力が削れるだけで魔王は死なないが、派手に空間を呑み込む魔法は足止めにはなった。


「うおっっぷ!?」

「ヒィッ!?」


 素っ頓狂な声を上げてしまった勇者。走り抜けた先で誰かと鉢合わせしていた。相手は魔王の下僕の魔物たちだ。

 彼ら魔物は勇者の魔法で蹴散らされ、斬り伏せられ散々な目に遭っており、勇者の姿を見るや逃げ出した。


「魔王を助けもしねえ……そうだ!」


 勇者は逃げる魔物に錯乱呪文を唱えた。これも低級だが気合の重ねがけでどうにか術中に嵌める。

 錯乱の効果は“見境なく攻撃する”こと。丁度良く追いついてきた魔王に上手く誘導し、錯乱した魔物たちと鉢合わせさせることに成功した。


(魔王を倒すのが配下の魔物たちになるとは、何て皮肉だろうな)


 心の底で暗い笑みを浮かべた勇者。だが彼の目に映ったのは、魔王に触れることもできないまま蹴散らされるザコ魔物たちの無惨な姿。


「1㍉も役に立たねえ!」


 再三逃げる勇者、追う魔王。だが通路の奥に消えたはずの勇者はUターンして戻ってきた。その背後では勇者の背丈を優に超える巨大な鉄球が転がってくる。


「ムウッ、あれは自動追尾鉄球トラップ!?」


 魔王が勇者を阻むために仕掛けた罠である。一度標的を見つけるとどこまでも追いかけるよう造られており、今まさに勇者を潰さんと転がってくる。

 途中すれ違った魔物が容赦なく押し潰されていく。それでも鉄球は軌道修正しながら勇者へ一直線。その勇者は魔王に向かって一直線だ。


「これならどうだ!」

「小癪な!」


 魔王は口から獄炎を吐き勇者を焼き払わんとする。だが勇者は一瞬速く駆け抜けると、スライディングして魔王の股の間を通り抜けた。そして巨大鉄球が魔王に直撃する。


「グヌゥゥゥ!?」


 激しい衝突に今回は魔王の口から苦悶の声が漏れた。すでに魔王の体力は魔法で64分の1以下に減っている。この強烈な一撃でさしもの魔王も倒れ……てはいなかった。


「な、何故だ……。まさかあの鉄球も闇属性?」

「そうではない。確かに手痛い攻撃だったが、惜しかったな」


 魔王は鉄球を受けきり、そのまま投げ返してしまった。


「あの鉄球の効果は“体力を半分に削る”というものだ」

「なっ……」


 そこは即死罠とかにしておけよ、と思わないでもない勇者だったが、来る途中で自分もあの鉄球にぶつかられたことを思い出す。これが一撃死するような罠だったら今こうして立っていない。

 あの時に手酷いダメージを負ったのを覚えていたから、魔王にぶつけることを思いついたのに。あのダメージは体力を半分に減らされたものだったのかと納得もいった。




 あれこれ手を打ったが魔王に決定打を与えることはできなかった。勇者は現時点での魔王撃破は困難と諦め、城からの脱出を図る。

 巨大な魔王城の扉が佇む。緊張とともに開き、城へ踏み込んだこの扉を、諦めとともに出なければならないことは悔しいが、背に腹は代えられない。


「あれ……?」


 だが扉は開かなかった。押しても引いても横に動かそうとしても開かない。


「……悪いが勇者よ」

「魔王……」

「我を倒すまで外に出ることはできぬ」

「クソァ!」


 逃げることもままならなくなり勇者はヤケを起こしそうになった。これが詰んだという状態か。

 あれから逃げて戦ってを繰り返す間にまた<ハン・ブン・ニスル>を撃ち込み、魔王の体力は1024分の1以下に減っているはずである。それでも魔王は戦闘を止めない。フラフラになって血を流し息も絶え絶えだがまだ立っている。


 そんな魔王に1のダメージすら与えられない現状に勇者は情けなさで気が狂いそうだった。回復しながら戦ってきたが魔力も相当減っている。魔力が尽きた時がその身の破滅となるだろう。


「観念するのだな勇者」


 魔王が両手に魔力を集中させ、必殺の魔法を叩き込む準備を整える。整えつつ、円運動の要領で勇者の側面に周り込み、己の魔法が入り口を破壊して逃げられぬよう注意していた。


「もう一思いに殺せ……」

「ああ、そうしてやろう」


 魔王の魔力が高まり城全体が鳴動する。これは食らったらさすがに死ぬな、などと勇者は諦観を持って観察していた。

 崩れた石がパラパラと落ちてくる。自分の城を壊してしまうぞと魔王にツッコミそうになった勇者は、石のこぼれ落ちる天井をふと見上げた。


 大きな石だ。勇者と魔王の戦いで魔王の城はすでにボロボロ。更なる震動によって上層の石材が落下してきたようだ。

 やけにスローに見えるその巨石は、魔王の頭に直撃した。


「…………バカな」

「……あ、うん」




 魔王は死んだ。


「………………」


 勇者は言葉もない。努力と足掻きの末に訪れた呆気ない幕切れだった。魔王の魔力が途切れたせいか、ビクともしなかった入り口の門が虚ろに開け放たれる。もう帰れと言わんばかりに。

 世界は救われた。勇者が魔王を倒し人々に平和が戻った。


「……ということにして良いよな?」


 誰も見ていないことだし真実を語る必要も無いだろう。意味もないのに周囲を確認してしまう勇者。その視線の先に、こちらへ接近してくる魔物の姿がフェードインしてきた。


「魔物の残党か?」


 その魔物は勇者の錯乱魔法で発狂した魔物だった。血走った目で勇者に迫ってくる。


(しまった……!)


 錯乱しているが故に魔王の死に気づかない。勇者を恐れもしない。


(くっ――!)


 魔物の凶爪を寸前でかわした勇者だったが、すぐに過ちに気づく。入り口と反対の方向に飛び退いてしまい脱出が遠のいてしまった。

 暴れ狂う魔物から逃れるため、已む無く城の内へ内へと逃げ込む。すると行く先から鈍い震動とともに巨大な影が迫る。


「あ――」


 先刻の鉄球トラップだ。自動追尾機能が死んでおらず、勇者をここまで追ってきたのだ。

 避けきれず勇者と魔物まとめて鉄球に轢き潰された。魔王が言ったとおり割合ダメージのトラップだったため死にはしない。だが既に消耗著しい勇者は立ち上がれなくなった。

 か細い声で回復魔法を唱えるが、割合回復のため回数がいる。そんな勇者の目に崩れかかった天井のヒビが映った。


(落ちてきそう……ほげっぷ!)


 往復してきた鉄球にもう一度轢かれる。倒れていたら無限ループに嵌るじゃないかと魔王に文句が言いたい。死んだのだが、魔王。

 その鉄球が勢いのまま壁にぶつかった。嫌な震動が天井を揺らしヒビを拡げ、ついに崩壊した。


(あぁ……)


 崩落してくる天井がヤケにスローに見える。瓦礫の塊はそのまま勇者を押し潰し無慈悲に圧迫した。


 勇者は死んだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ