競争勇者
勇者Aは急いでいた。速やかに旅を進め、世界を支配せんとする魔王を滅ぼさねばならない。誰よりも先に。
魔王の根城は海の向こう、魔の大陸にあることはつきとめた。彼は最寄りの港町に船を手配してもらい、支度を整えて乗り込まんとする。最速で。
だが障害が発生した。
勇者Aが乗り込もうとした船に役人が群がっている。
「どうした、早く船を出してくれ」
「それが……」
急かす勇者Aに対し船長が困った顔で応じた。
「我々の船が海賊のものではないかと取り調べされることになった」
「なにぃ!?」
誰かの密告だろうか。勇者Aに対する妨害行為だ。このままでは魔王の城へ攻め込むのに時間を食ってしまう。
「おぉい!」
誰かが勇者Aに声をかけた。見るとそちらにも船があり、身なりの良い船長らしき男が手招きしている。
「アンタ勇者じゃないか、どうした困っているのか?」
事情を説明すると、その船長は代わりに自分の船に乗るよう勧めてきた。
「魔王と戦う勇者のためだ、危険は承知の上よ」
粋な船長の心意気に勇者Aは喜び、早速乗せてもらうことにした。
船は立派な造りで装備も充実していた。これなら魔の大陸まで安全に航海できそうだ。
甲板で潮風に吹かれながら、勇者Aはようやく息をつくことができた。急ぎの旅だが船の上では焦っても仕方がない。
普段が張り詰めている分すっかり気持ちが緩んでいたのだろう。
「船長、礼を言うよ」
勇者Aはギョッとする。船長と思って話しかけたが別の人物だった。海の男の風体ではない戦士風の装備。その顔には見覚えがある……。
「お前、勇者Bか!?」
「遅いぜ」
突如弾き飛ばされた。勇者Aの体は宙を舞い、海に落下する。
「キサマ―!」
「悪いな、ライバルは蹴落とすに限る」
油断した。張り詰めた糸が切れた瞬間を狙われたのだ。
あれは勇者Bが仕立てた船で、同じように魔の大陸を目指しているのだろう。もしかすると、元々乗る予定だった船が足止めされていたのも勇者Bの密告によるものか。
「魔王は俺が倒す。お前は海水浴でも楽しんでな!」
船はそのまま遠ざかっていった。
困った。すでに相当沖へ出た後だ。陸まで泳いで行けるだろうか。
今までも数々の妨害を受けてきたがこれは厳しい。勇者Bが魔王の下へ向かっているということは、魔王討伐も終局が近いと見える。
勇者Aは焦った。今から港に戻るより泳いで魔の大陸へ向かおうかとまで考えた。
すると遠くに船が見えた。段々と近づいてきたその船は、勇者Aが乗るのを諦めたあの船ではないか。
「勇者殿、何をしているのか!?」
見つけてくれた船長が大慌てで引き揚げてくれた。
助かった。荷物は勇者Bの船に取られてしまったが、まだ遅れを取り戻せるだけマシだ。
「まったく、油断はいけませんぞ」
そう言ったのは船上に似合わない派手な身なりの男だった。
「面目ない……」
「私が話を聞いて、役人を退けてやったのです。まさか勇者殿が騙されていたとは」
「重ね重ね、世話になります」
彼は巨万の富を誇る商人で勇者Aの後援者だ。魔王討伐のために支援を申し出た富豪は幾人もいる。だが何も慈善だけでそんなことをしているのではない。
「このまま魔の大陸へ向かいます。頼みますぞ勇者殿」
「はい……」
***
突如現れた魔王の侵略に対し、世界の国々は話し合いの末、優れた戦士を勇者として討伐に向かわせることとした。
問題はその勇者をどう選び出すか、どの国から送り出すかということで、利権も絡んで揉めに揉めた。
その間も魔王に村々が焼き払われていく。結局会議は、出せる限りの戦士を送り込み、その中の誰かが魔王を倒せば良い、という形に収まった。
揃えられたのは100人の戦士。本当は102人いたのだが、キリが悪いからと二人排除されている。
『100人の勇者』と呼ばれた彼らは、一人ひとりがヒノキの棒と軍資金100Gを持たされて旅に出た。本当はもう少しマシな物を持たせたかったが、彼らを集め、送り出す式典などで予算が底をついてしまった。
魔王を討伐させるにあたって王たちはいくつかの作為を施した。
その一つが勇者たちを競わせることである。魔王を倒した勇者にのみ破格の恩賞を用意することで、互いに競い合い切磋琢磨することを期待した。
恩賞は各国から持ち寄られた。金、領地、伝説の秘宝。数々の特権に官位官爵。
中には王の娘と結婚させるという国もあり、それら全てを手にできる勇者はただ一人。俄然やる気を起こした。
もう一つの作為が後援者をつけることである。勇者それぞれに支持者、支援者をつけ冒険を後押しさせたわけだが、これが別の競争を引き起こす。
何しろ栄光を手にした勇者は莫大な富と権力を得る。その支持者も何らかの恩恵に与れるだろうと人が集まり、徐々に派閥を形成していった。
勇者Aもこれまで多くの支援を得てきた。旅の装備や道案内に下調べ。レベルを上げるためにトレーナーを手配してくれたり、手頃なダンジョンを案内してくれたこともある。
後援者の中には勇者の仲間に遊び人を三人もつけて送り出したことがあったが、彼らはダンジョンに挑んだまま行方不明となった。
支援をしてくれている間はまだ良かった。だが支援合戦は加熱し、皆が自分の支援する勇者を勝たせようと、他の勇者の足の引っ張り合いを始める。
勇者たちの旅は急速に泥仕合の様相を呈し、新たな弊害へと発展していった。
航海中、いずれかの勇者や後援者が放ったであろう海賊を蹴散らし、ようやく魔の大陸にたどり着いた。
そこで勇者Aたちが目にしたのは、船着き場で歓声を上げる群衆たちだった。
勇者たちの魔王討伐は世界的なイベントとなり、最後の瞬間を目にしようとこうして集まったようだ。
巨大な掲示板には勇者の名前と数字が羅列されている。どうやら賭けの対象にもされているらしい。相当な金額が動いているようだ。
「遅えぞ勇者A! お前に全財産賭けてるんだからな!」
知ったことかとウンザリした勇者Aだが、聞けばすでに何人もの勇者がこの地へ辿り着いているという。
遅れを取り戻すために勇者Aは群衆をかき分けて疾走った。
魔王の城への道は多くの魔物と、すでに倒された魔物の死体が転がり修羅の巷と成り果てていた。
時間が惜しい。魔物を倒している余裕が無い。そこに後援者の雇った傭兵たちが駆けつけ、魔物を引き受けてくれた。
「頼むぜ、アンタが魔王を倒さないと報酬が減るんだから!」
この地にいる者のうち何割が世界の命運を気にしているだろうか。実際、競争を生き抜いた勇者たちの成長はめざましく、魔王を倒すのは時間の問題と見做されている。後はどの勇者が魔王の首を挙げるか。それだけが注目の的だ。
「あれか……」
勇者Aは迷うこともなく目的の地にやってきた。道中も観衆が沿道で魔物に襲われながらも声援を送っていて、それを辿るだけで城に行き着けた。
魔王の城は今まさに激戦の真っ只中である。情報によれば勇者Aを入れて20人の勇者が城に突入したとのこと。
100人いた勇者のうち半分は道半ばで脱落し、残りの半分は潰し合いで斃れ、残りの一部は後援者からもらった金を抱えて姿を晦ましている。
選び抜かれた戦士たちの中でも激闘をくぐり抜けた勇者たちの侵攻である。魔王城の下層は激しい攻撃ですでに炎上していた。
だが勇者たちの侵攻は著しい停滞の中にあった。何故なら勇者同士が潰し合いを初めて中層を舞台にバトルロイヤル状態に陥っているからだ。
「またこんなところで同士討ちか……」
もっとも、勇者たちは互いを同志だと思ったことはない。そうなるように周囲からけしかけられ、競争を煽られ続けてきた。
勇者Aが駆け込むと、各所で勇者同士が鍔迫り合いの真っ最中だ。本来なら魔王に向けられるはずの武器が、練り上げた技が、魔法が、今は他の勇者に放たれている。
特に激戦区となったのが、魔王のいる最上層に通じる階段周辺だった。誰かが階段を登ろうとすればたちまち蜂の巣になる。実際二、三人の勇者が階段の傍で死んでいた。
「勇者A! キサマ生きてやがったか!」
あれは勇者Bだ。敵意と驚きに満ちた目で勇者Aを見ている。そんな一瞬だけ生じたスキを勇者Cが狙い、勇者Bを突き刺した。
他所では勇者Dが勇者Eと剣を交え、勇者Fと勇者Gが魔法を撃ち合っている。その形相たるや一般の方々には見せられない血眼ぶりだ。
その余波に巻き込まれた勇者Aはたまらず下層に逃げ込んだ。
(無理だ……戦いが激しすぎて突破できない)
もう少し収まるのを待つか。その間に誰かが通過して魔王を倒してしまうかもしれない。絶対的栄華に手が届くところまで来ながら近づくことができないもどかしさよ。
だが、しばらく息を潜めていると上層の戦闘音が止み静寂が訪れた。
勇者Aがひょっこり頭を覗かせると人の姿は見えない。
(だが気配はある。優れた勇者の隠せないオーラが)
戦いに疲れて休息しているのかと思ったが違う。彼らは物陰から周囲の動勢をつぶさに観察しているようだ。
これは誰かが魔王を討ちに上へ登れば、その後をつけて漁夫の利を狙う算段ではないか。己は魔王と戦わず、最後の成果だけを掠め取る。およそ勇者の考える戦術とは思えないズルさだが、ここで削り合うよりは賢明だろうか。
ともかく一抜けし魔王を倒したとして、後からその背中を別の勇者に斬られてはたまらない。考えるほどに魔王への、栄光への道のりが遠く感じる。
(やめようかな……)
それは今まで幾度となく脳裏をよぎった考えだった。重すぎるプレッシャーに負けそうになった時。別の勇者やその支援者に騙され、妨害を受けた時。戦いで死にそうになった時。何度も考えたことだ。
恩賞といえど命あってのもの。というか、これまでの旅でそれなりの旨味、支援や戦いで得た宝を計算すれば恩賞に拘る必要も無い。そんな気がしてきた。
(そういえば、魔王を倒せば結婚できるというお姫様には会ったことが無かった)
どんな人だったのだろう。カワイイ娘だろうか、キレイな娘だろうか。あるいは期待を裏切られる婚姻かもしれないが、心残りといえばそうではあった。
そんな想いも深い溜め息に融けて消えそうだ。
「お前も諦めたか」
不意に声がする。見てみると物陰で身を潜める勇者二人の姿があった。
「お前たちは……勇者Hに勇者I」
彼らは勇者Aと面識ある勇者たちだった。他の勇者たちと違って互いを妨害することなく、むしろ酒を酌み交わしたこともある。
「諦めたって、そうかお前たち……」
「ああ、ここまでで十分だ」
勇者Aと彼らには共通の考えがあった。競争に疲れた。ただただ疲れた。勇者になるのではなかったと酒に酔いながら愚痴をこぼした仲だ。
「けっこう名は売れたし実入りもあった。大富豪とは行かないが十分だ。これで恋人の一人でもできていたら良かったんだが」
「なあに、故郷に帰ればヒーローさ」
「ローカルヒーローだろうけどな」
乾いた笑顔でそんなことを言う。
魔王を倒す殊勲を挙げればその何十倍もの富と名声が手に入る。恋人愛人も一人と言わず選び放題だろう。
それでも疲れた。それが勝った。
「もう邪魔する気も無い。ここで終わるのを待つさ」
「いいのか……それでいいのかな……」
これまで応援してくれた人々、後援者らに対しては裏切りだろう。だが魔王が倒されるなら世界は平和になる。それで十分ではないか。
(……だけど)
勇者Aはこれまでの長い戦いを振り返った。
まだ駆け出しの戦士だった彼は、才能を見込まれて勇者候補になった。見事勇者の一人に選ばれ後援者が付いたのは嬉しかった。
故郷では村人たちが期待をかけてくれ、なけなしの村の財から仕送りを送ってくれたこともあった。涙を流しながら受け取った勇者Aは、必ず魔王を倒し故郷に凱旋しようと誓った。
それがどういうことだろう。いつからそうなったのだろう。競争に疲れ果てながらも餌に釣られるように急ぎ、焦り、魔王の首を求める日々。
もういいだろうと諦めかけている。誰かが倒すだろうと。
ならばこの数年、勇者として歩んできた日々は何だったのだ?
やるだけやった。――本当にそうか?
死ねばそこまで。――もう手は無いのか?
「お前たち、そんなところに固まってどうしたんだ?」
三人の勇者は声のした方に振り向く。そこには勇者Jがいた。
「勇者Jもここまで来ていたのか」
不思議な気分だった。彼、勇者Jも彼らとともに語らった勇者なのだ。共通の認識を持った者同士こんなところで再会したことに、奇妙な縁を感じていた。
(いや、これは何か……)
運命めいたものすら感じた。ここに敵対していない四人の勇者が集まったことには意味があるのではないか、と。
背中を押された気がした。勇者Aは意を決して彼らに語った。
「四人で力を合わせて魔王を倒さないか?」
「力を合わせるだって?」
余人であれば何の疑問も抱かぬことだが、彼ら勇者にとっては意外な発想だった。何故なら彼らは常に競争を強いられてきた。
恩賞にしても世に二つと無い秘宝や一人しかいない姫君を提示されれば、誰かと分け合うという考えは起きにくい。
だがここに、半ば諦めかけた四人が揃ったことがキッカケとなった。
「手を組むというのか。だがその場合、恩賞の配分はどうなるんだ?」
「俺は恩賞に興味は無い。ただこの旅を諦めて終わりにしたくないだけだ」
「お前……」
勇者Aの真摯な目が他の勇者の意志を蘇らせたか。全員目の色が変わっている。
「俺も恩賞を独り占めしようとは思わない。平等に山分けでいいだろう」
「お姫様を分けるわけにはいかないがな」
「分けられないものは辞退しよう。その方が話が簡単だ」
「よし、やるか」
ここに、対立ばかりだった100人の勇者の中から一つのチームが生まれた。
彼らは互いの背後を守りながら上層へ向かった。途中妨害しようとする勇者もいたが、彼らが連携して迎撃するとすごすご退散していった。
立ちはだかる魔物などは勇者が四人も揃えば相手にならない。すぐに魔王城を飾るオブジェに変わり果てる。
そしてついに魔王のいる本丸に突入した。
魔王は勇者同士が潰し合うことを期待していたようだ。結託して現れた彼らの姿に驚き慌て、そのままラストバトルが始まる。
「「「「覚悟しろ、魔王」」」」
意図せず言葉がハモった勇者たち。今や彼らは一心同体。魔王の侵略と激しすぎた競争に終止符を打つためここに立っている。
戦いは一方的なものとなった。
元々一人でも魔王に勝てるだろうと目されていた勇者が四人である。魔王を守る部下たちも全滅し、手の打ちようがない。
「「「「これで止めだ!」」」」
勇者たちは四人で合体魔法を練り上げる。長い戦いだった。苦しい旅だった。様々な想いを乗せた極大魔法が放たれ、魔王を葬り去る。
「ギャッ」
あまりの破壊力に魔王の断末魔も短く切れ、戦いは終わった。
***
魔王は死んだ。もう人々は侵略の恐怖に怯える必要はない。終盤はもうお祭り騒ぎだったが。
世に平和をもたらした勇者が四人。揃って戦勝式典で栄誉を讃えられた。
最後の一撃が四人の合体魔法であったため、誰が止めを刺したことになるか議論するものもあったが、勇者たちはそれを制した。これは四人の勝利であって誰か一人のものではないのだ。
恩賞を提示していた王や富豪たちは、その与え方に多少の話し合いを必要とした。
結果、領地や報奨金は均等に配分し、爵位や官職も皆に同等のものを配る。秘宝の類は分けられないため、勇者たちの方から辞退した。
世界中で展開していた誰が魔王を倒すかの賭けも、勝者を四人の勇者として配当を分配することになった。それでも一大イベントに多くの人々が熱狂し、喜びと平和を分かち合った。
ただ一人困ってしまった王がいる。その王は娘を魔王討伐者と結婚させると約束していたのだ。
「我が姫は何年もの間、勇者と結婚するのだと心に決めて待っていたのに」
勇者たちは姫との婚姻もこじれないよう辞退してしまったのだ。つまるところ婚約が破談になるわけで、姫君としては面目が潰れてしまっただろうか。
「このような結果となってしまい申し訳ございません」
「姫様の結婚相手につきましては王の御心のままに。我ら一同お恨みはいたしません」
四人の勇者は膝を付き、誠実かつ謙虚に申し上げた。
ふと会場にどよめきが起こる。式典に列席していた姫君本人が姿を現したのだ。
「父上、勇者の方々を困らせてはいけませんわ」
鈴を鳴らすような心地よい響きの声。勇者が見上げると、そこには今まで会った女性の中でも最強クラスの美女が。
(((( しまった!!! ))))
めちゃくちゃ好みだ。
その姫はまさに絶世の美女と呼ぶに相応しい容姿を持ち、仕草も流麗で気品に溢れていた。
「はじめまして勇者様。まず世界を救っていただき王室一同、並びに全ての民の分もお礼を申します」
「あ、いや」
「あら、いずれも劣らぬ殿方たちですこと。これでは誰を夫に迎えるか迷ってしまいますわね」
姫が花の咲くように可憐な笑顔になると、勇者たちははにかみながら互いに視線を交わしあった。
(この中の誰かと結婚してくださると?)
(誰かって、誰とだ?)
(メチャカワ……)
(激しく前後したい……)
会場がざわめく中、一人の兵士が大急ぎで駆け込んできた。
「列席する各国の王に申し上げます!」
「何事だ騒々しい、式典の最中ぞ」
「それが……魔王が……」
――魔王が再び現れたとの報せが入りました。
その言葉に場の空気が凍りついた。
「バカな、こちらにおわす勇者たちが倒したのだぞ。見届けたものも多数おる!」
「ですが、すでに辺境の村がいくつも焼き払われ、魔王直々に宣戦布告も……」
騒然とする中、続けて各地から緊急の報告が届き、その全てが魔王の再侵攻を報せる内容となっていた。
会場の紳士淑女たちは混乱し始め、急ぎ帰国するもの、恐れて何もできないものと様々。絶望して泣き出すものまでいた。
「皆さんご静粛に!」
それは姫君の凛とした呼びかけだった。
「恐ろしい報告ですが、どうか心を強く持ってください。私どもにはその魔王を打ち破った勇者たちがいるではありませんか」
人々の視線が四人の勇者に集まった。
「勇者様、どうか今一度だけ魔王と戦ってくださいませ。残酷なことを申していると分かっておりますが、あなた方だけが人類の希望なのです」
姫の申し出に勇者Aが応じた。
「お任せください姫。私が再び魔王を討ち滅ぼします!」
「あぁ勇者様、頼りにしています」
「魔王を倒した暁には、どうか私と結婚しいただけますか?」
ナチュラルに口から出た言葉に他の勇者、そして勇者A自身も驚いた。
「ええ、私ごとき女が世界を救いし勇者様の妻になれるのでしたら、喜んで!」
「でしたら私が魔王を倒します!」
「いや、私が!」
四人の勇者の間に激しい火花が散った。固い絆で結ばれたはずの彼らは、この瞬間から姫を巡るライバルとなったのだ。
「なら俺たちにもチャンスがあるはずだ!」
会場に来ていた他の勇者たち、魔王討伐を果たせなかった勇者たちも名乗りを上げ始めた。ここに魔王討伐競争は第2ラウンドへ突入する。
***
「神様……」
「……」
そこは神々が住まう天上世界。背中に真っ白な翼を生やした天使が、汚物を見るような目で主を見つめている。
「まさか賭けに負けたのが悔しくて魔王を蘇らせるなんて……」
「だ、だって勇者の方だけ100人いるなんてのが、そもそもフェアじゃないんじゃよ」
「そもそも魔王が勝つ方に賭ける神様ってどうなんですか」
「しゃあないじゃろ、他の神が勇者に賭けるから」
天使の溜息が重く漂う。
「今度の魔王は更にパワーアップしている。絶対に敗けんぞ」
「そのうち勇者の方は1000人に増えますよ」