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勇者は魔王が倒せない  作者: ふぁん
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談合勇者

 剣戟の音が響き渡る。互いの武器を打ち合わせてもう何合目になるだろうか。


 薄暗く広大な広間、玉座の間で火花を散らす二人。他に誰も介在しない空間。居並ぶのは奇怪な姿の魔獣像ばかりで、恐ろしげな双眸がこの死闘を見届けようとしている。


 異形の姿をした一方、魔王は手にした邪悪な長剣に魔力を込めた。すでに戦いは十時間以上に及び疲労が激しい。

 このまま体力の削り合いをしていても埒が明かぬと、必殺の構えを見せた。


 対する人間の戦士、勇者も剣にオーラを溜め、暗澹とした広間を光で照らし出す。

 この一撃で相手を倒す。互いに覚悟を決めた構えから、どちらからとも無く一歩踏み出す。


 交錯。決着は一瞬だった。

 勇者の持つ光の剣が魔王を斬り裂いた。

 魔王はしばらく仁王立ちしていたが、やがて膝から崩れ落ちる。


「見事だ勇者よ……」


 その一言には全てが含まれていた。魔王と勇者はすでに幾度となく矛を交えてきた。

 最初は駆け出しの勇者が軽くあしらわれ、命からがら逃げ出した。

 次に遭遇した時は、勇者の目覚ましい成長により互角の戦いとなって魔王が退いた。


 死闘の連続だった。魔王は部下の魔族を繰り出しては倒された。時に策を弄して勇者を追い詰めたが、勇者も機転で難を逃れた。

 やがて魔王は追い詰められ、まさに今、魔王城が決戦の舞台となっていた。


「余はあらゆる手を尽くしたが、貴様には勝てなかったな」


 苦戦した魔王は時に卑劣な手段も考えた。人質を取ろうとしたが勇者に縁者はいなかった。

 弱みを握ろうと勇者に詳しい人間を探したが、勇者に詳しいほど仲の良い人間はいなかった。


 仕方なく無関係の一般市民を百人ほど人質にして降伏を迫ったが、勇者は一顧だにせず人質もろとも魔王の罠を打ち破った。

 多くの人が死んだが、魔王はそれを非人道的などと思わない。むしろ魔族の目からすれば小気味いいほどだった。


「もう抵抗する力も残っていない。さあ、世界を救うが良い」


 この男になら敗れても仕方ない。そう思えたからこそ、もう抵抗はしなかった。

 勇者は荒い息を整えながら魔王に迫る。その目は何を語ろうとしているか魔王にはわからない。


 剣を持ち直し、振り上げた。魔王は目を閉じ、ただ最後の瞬間が訪れるのを待つ。


「……」

「……」

「……」




「……」

「……」

「まだか?」


 魔王が目を開くと、勇者は振り上げた剣を下ろして項垂れていた。


「……ない」

「どうしたのだ勇者よ?」

「アンタを殺したくない……」

「なに?」


 どうにか言葉をひねり出した勇者の顔は、勝者のものとは思えぬ苦悶に満ちていた。

 魔王は何と言葉をかければいいか迷う。


「まさか貴様、魔王である余に情が芽生えたとでも言うのか。つまり……ライバルを死なせたくないと?」

「え……いやライバルとは思ってないけど」

「あっそう……」


 少し傷ついた魔王。ともかく勇者が逡巡して決着をつけてくれないため、状況進行の糸口を探る。


「何故、余を殺さぬ」

「……」

「相応の理由があるのだろう。話してみぬか?」

「……魔王なんぞに」

「余と貴様はライバルではないが、もう長い付き合いではないか。存念があれば聞いてやろうぞ」


 思案した勇者は腰を下ろすと魔王相手に話を始めた。




「……俺はアンタを倒せば、魔族に勝利すれば用無しになる」

「あぁ~そういう」


 「狡兎死して走狗烹らる」とはよく聞く話だ。魔王が調べただけでも勇者の立場はかなり微妙なものだった。


 まず勇者は奴隷身分の出身である。これには魔王も驚いた。酷使され虐げられていた奴隷が神託によって才能を見いだされ、急遽勇者に祭り上げられたのだ。


 それから彼の人生は激変した。衣食住が保証され必要な物は周りがすぐ用意してくれた。一から戦闘訓練を施され、やせ細った身体は見る見る逞しくなっていく。文盲だった勇者はある程度の学力も身につけ、人らしい礼儀作法も教えられた。


 だが、けして全ての人々から歓迎されたわけではない。

 彼の国では身分制度が厳格だった。称号を得て力をつけ、身なりを整えようとも、彼を奴隷と呼んで蔑む声は止まなかった。


 おまけに勇者にも問題はあった。先にも触れたが魔王が人質を取った時、勇者はお構いなしに攻撃してきたため人質も敵も死んだ。

 この件に関して相当批難があったはずである。だが今にして思えば、勇者の心理状態が透けて見えてくると魔王は気づいた。


(奴隷として差別され続けるこの勇者は、世間を愛していないのだ)


 世間が勇者を疎み、勇者も世間を疎んでいる。彼自身その自覚があるのだろう、魔王討伐後の世界で上手くやっていけるかどうか。そのことを意識せずにはおれないのだ。


「あれはさすがにマズかった……」

「まー余は嫌いじゃなかったよ。貴様のそういうところ」

「でも周りの連中が何としても魔王を倒せって言うから、多少の犠牲は納得してくれるんじゃないかと思って……」


 奴隷として育ったため、周囲と一般常識のズレがあるのかもしれない。

 話しながら回復しようかとも思った魔王だが、それはやめた。この勇者は何をするかわからない。急に変心して斬りかかってくるかも。


「俺、勇者になって初めて“パン”を食べさせてもらった。それまでは生ゴミみたいな飯ばかり……。この服も武器も勇者だからもらえたもので、用が無くなったら取り上げられる……」

「それで勇者よ。余を見逃せば自分の地位は安泰であり続ける……と?」

「……」


 即答しない勇者。さすがに物事は甘くないと分かっているのだろう。


「俺は……」

「フ……まあよいか」


 立ち上がった魔王は勇者に背を向け歩み去る。


「せっかくだから余は退くとしよう。決着はお預けだ」

「……すまない」

「謝るでないわ」


 勇者と魔王の一大決戦はこうして幕を閉じる。



 ***



 それから二人の奇妙な関係が始まった。


 魔王は体勢を立て直し、依然として人類の脅威で在り続けた。それに対し勇者は再び攻勢をかける。

 だが少し戦っては撤退することが増えた。魔王も追い込まれる前に姿を晦まし、また別の地で復活する。そんなイタチゴッコが繰り返された。


 魔王の脅威がある限り人々は勇者に頼る。よって彼の地位は保たれた。

 そのうちに勇者はサイドクエストに熱中し始めて魔王軍との衝突も減っていく。




 また魔王にとってもこの関係は悪くないとわかってきた。

 元来、魔族というものは闘争本能が高い。一方で忠誠心は低いため、常に乱世のような闘争状態にある。

 魔王の目から見ても、部下たちの中にはいつ刃を向けてくるか分からない輩が多い。


 そんな反骨心旺盛な部下たちは前線に送り込まれた。そうするだけで勇者が彼らを処理してくれる。


 そんな二人は、この秘密の協定を守ることには懸命だった。魔王を殺さないという背信、勇者に生命を救われたという恥辱は、周囲に知られれば彼らの立場を危うくするだろう。


 魔王は気密性の高い通信魔法を勇者に教え、互いに必要な時だけ連絡を取り合うようにした。




 だが彼らは、そんな密約が別の病巣を育てていることにまだ気づいていなかった。




 その日、魔王は私室で配下のリスト片手に暗殺指令を検討していた。

 武闘派の不穏分子は勇者にぶつければ良いが、文官、参謀で邪魔な者は刺客を差し向けて内密に処理することもある。


 ふと、髑髏で作った燭台の火が揺らめく。


「――!」


 魔王は咄嗟に戦闘の構えを取る。侵入者。

 魔王の私室は情報漏洩を防ぐために部下を遠ざけてある。警護の必要はない。彼は強大なる魔王なのだから。


 だが侵入者の姿を見た魔王は驚きと戸惑いを同時に抱いた。


「勇者、何故ここに?」

「……直接話したいことがある」


 とりあえず魔王は毒々しい魔界の葡萄酒で客人をもてなした。


「口に合えばいいが」

「ゲロマズい」

「慣れれば癖になる。それで話とは、余程のことなのだろうな」


 勇者の沈んだ表情を見ればその深刻さが分かるというものだ。


「俺は勇者じゃなくなった……」

「なんて?」

「勇者の称号を剥奪され、新しい勇者が選ばれた」


 人類は魔王討伐に成果が上がらなくなった勇者を見限り、新たに優れた戦士を見出して新勇者とした。

 古き勇者はあらゆる特権を失い後援者は離れた。再び何も持たない存在へと堕ちてしまったのだ。


「魔王に頼みがある」

「言ってみよ」

「新しい勇者を殺してくれ。俺以外の勇者はいらない」


 新たな密約が交わされた。


 勇者は魔王に対し、新勇者について知る限りの情報を教えた。魔王はそれを基に計画を立て実行する。


 魔王は悪辣だった。まず新勇者の下に集った戦士たちを一人ずつ暗殺した。それが下準備で、次に大部隊を送り込んで新勇者を包囲する。

 新勇者はまだ未熟だったが手加減はしない。人類が絶望するように圧倒的力で蹂躙してみせた。

 その後に選ばれた勇者も倒した。更に勇者の候補者が育成されている場を突き止めると、これを徹底的に滅ぼした。


 この魔王軍の大攻勢に人類は再び恐怖し、一度は捨てたはずの勇者を頼るしか無くなった。彼は再び英雄として祭り上げられた。

 すると魔王軍は勢いを失い後退していく。結果として勇者の存在が際立つように魔王が演出したのである。


 勇者は地位を回復した。だが事態は急速に変転していく。




 ある日、勇者が秘密の別荘でくつろいでいると来客があった。薄汚れた魔王である。

 勇者は南国の酒とフルーツで魔王をもてなし、話を伺った。


「……謀反に遭った」


 魔王自身が気づかぬうちに配下の者が不満を募らせていたのだ。

 彼らは勇者に対して及び腰な魔王に見切りをつけると、一斉に蜂起して魔王を打ち破った。


「今では元家臣が新たな魔王を名乗っておる……」


 傷だらけの魔王は普段の威厳もかなぐり捨てて涙した。


「わかった、そいつを殺してやろう」

「やってくれるのか、勇者よ?」

「俺はアンタが魔王じゃないと困る」


 勇者はニヤリと笑った。その笑みにはもう密約への後ろめたさは無い。人類への愛情も無い。


 新魔王の居場所を教えてもらうとすぐに出撃した。普段の腰の重さから想像もつかない速さと早さで新魔王の拠点に迫る。


 倒していい相手に対しては容赦がない勇者だった。立ちはだかる魔族を次々と討ち、すぐに新魔王の首を挙げた。

 その手際は元の魔王も舌を巻くほどだ。敵に回さないほうが良い。

 かくして新魔王軍は瓦解し分散解散、散り散りとなった。


 魔族たちはかつての魔王が帰還すると、その足元に屈して許しを請うた。魔王は復権した。



 ***



 勇者と魔王の決着がつかぬグダグダ状態が数年続いたが、そんな時代に終止符を打つ画期的な変化が起こる。

 人類と魔族の間に講和条約が締結されたのだ。


 人類側の諸国家と講和に踏み切ったのは魔王軍内の和平派だった。

 彼らは力では魔王に対抗できない。その代わり、秘密裏に人間側と交渉して和平の段取りを整えると、機を見て一斉に魔王の下を去った。


 ほとんどの魔族がその動きに従った結果、魔王軍は魔王一人ぼっち状態となり、事実上の解体を迎えた。

 この点、魔族内の強硬派が尽く勇者に倒されていたことが幸いしたようだ。


 人類と魔族、ともに笑顔で手を取り合うとは行かない。この和平が長く続くかは分からない。それでも彼らは疲弊した結果、傷つけ合うより平和を求めたのだ。




 勇者は今度こそ無用の存在となった。むしろその横暴かつ怠慢な態度が反感を買っており、平和が訪れたこの機に不満が爆発。追い出される形で姿を消した。

 同時に魔王も姿を消した。彼ら二人は今や人類、魔族の双方からそっぽを向かれてしまった。


 世界に平和が訪れた。たとえそれが仮初の平和であろうとも、人々はようやく穏やかな日々を取り戻した。

 世界の復興に魔族が手を貸す。人類の実りを魔族にも分け与える。数年前までは考えられない奇跡的な光景がそこにあった。


 そんな世界の片隅で、居場所を失った二人の用無しが世界を転覆させる計画を練り始めた。それを知る者はまだいない。

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