灰色の夢のアリス
勝手に企画参加してすいません。
アリスが落ちる不思議の夢は、少しずつだが瓦解していく。
空の青が思い出せないのだ。太陽の赤も色褪せていく。
雲の形もだんだん朧げになり、虹の光沢など、もはやモノクロームのグラデーションでしかなくなった。
不思議の夢は色を失い、やがては形すらも意味をなさない、音と触感、それにわずかに匂いを帯びただけの、現実と変わらない悲しみの国になるのだろう。
眠ることだけが唯一の希望であったアリスは、崩壊止まらぬ夢の中で、声を上げて泣きながら、僅かに残る色をかき集めた。
そんなアリスの側を通った時計うさぎが、呆れかえって小馬鹿にした。
「なんて声で泣いているんだい、はしたない。
まるで世界一の不幸者だとでも、言いだしそうじゃないか。
ボクをご覧よ。この世にボクほど難解な問題を抱えている者など、いやしないって言うのに。
見てよこの時計。モノクロじゃ、金時計だか銀時計だかわかりゃしない。泣きたいのはボクのほうさ。
他に困ったこと?別にないさ。
チクタク言う限りこれは時計で、それを持つボクは紛れもなく時計ウサギさ」
なんて呑気なウサギだと腹を立て、アリスは早足で森へと駆けていく。
途中、帽子屋に、泣き顔を見られてしまった。
「なんて声で泣いているんだい、はしたない。
まるで世界一の不幸者だとでも、言いだしそうじゃないか。
私をご覧よ。この世に私ほど難解な問題を抱えている者など、いやしないって言うのに。
見てよこのティーポット。お湯なのかお茶なのか分かりゃしない。泣きたいのは私の方だ。
他に困ったこと?別にないさ。
柔らかければスコーンで、硬ければクッキー。それだけ分かれば、今日も、なんでもない日万歳のパーティさ」
なんて呑気な帽子屋だと腹を立て、アリスはまたそそくさと足を進める。
思えば、この国の住民は、みんなおかしな人ばかりなのだ。
散々美貌を競いあっていた花たちは、今度は香りと歌声で張り合いだした。
双子は肩を組む代わりに、ステレオタイプに声を重ねて満足しているし、
トランプの兵隊に至っては、これで白と赤のバラは見分けがつかないと大喜びする始末。
だんだんと、悲観する自分が馬鹿のように思えてくるほど呑気なものだった。
そんなアリスの首に、どこからか現れたチェシャ猫が、戯れるように巻きついてきた。
「なんて声で泣いているんだい、はしたない。
まるで世界一の不幸者だとでも、言いだしそうじゃないか。
俺様をご覧よ。この世に俺様ほど難解な問題を抱えている者など、いやしないって言うのに。
不思議の夢に迷い込んだ愚かな少女をからかうのが何よりも楽しみだって言うのに、最近じゃ現実そっちのけで、喜んで夢に落ちたがる。
なあ、もうあんまり来ないでおくれよ。
眠るだけが幸福だと思う子供をからかったって、しらけるだけじゃないか。
確かに君は不幸だ。それは誰にでも起こり得る、ありふれた不幸さ。
君の目はもう二度と見えないし、そんな君の見る夢は、やがて色褪せ、形すらない音の夢になる。
だからって、それがなんなんだい?
モノクロームな夢じゃ、景色のない夢じゃ、不思議の国は崩壊しちまうのか?
馬鹿いっちゃいけない。夢は夢である限り、君は迷い人でここは不思議の国だ。
現実と夢は入れ替わらないし、現実がなければ夢もない。
こんなところにすがってないで、現実に向き合う頃合いなんじゃないか?
現実で踏ん張るからこそ、足元すくわれて、夢に落ちるってもんだろうよ」
赤く腫れたアリスの瞼を、チェシャ猫はヤスリのようにざらついた舌でペロリと舐めた。
優しい言葉はこれきりだと言わんばかりに、いつも通りの笑い声と共に、スッとどこかへと消えていくのだった。
一人置いてきぼりを食らったアリスから、きっともう泣き声は聞こえてこない。