公爵との攻防
やはり公爵クラスともなると、近隣のみならず国内全域に斥候を放っており、その情報を逐一ここに集めるようなネットワークを構築してあるらしい。
それが魔法なのか物理による何等かの方法なのかは流石に明かしてくれなかったけど。
「グリペン領のダンジョン制覇。それから間もなく御用商人ブンドルの早馬が各地に走る。その中で、ポー伯爵の急死。それらのタイミングに全て貴公がいる」
「とりあえず、ブンドルの件はあちらが勝手に絡んできて暴行しただけですので……」
「随分と高額な『落とし前』を要求したようだが?」
「自業自得というものです。僕は理不尽には何が何でも抗いたくなる性質なので」
ここまでの攻防を終えたところで、僕とオスト公は互いにティーカップに口を付け、喉を潤した。そして彼の視線はタッカーさんの方へ。
やはりオスト公はかなりの曲者だ。比較的穏やかな表情はしているけど、実のところ、かなりのプレッシャーを放出している。それはあくまでも僕個人にぶつけられていたものだけど、今度はそれがタッカーさんに移った。途端にタッカーさんは額に汗を滲ませ始めた。
「今回のポー伯の件は残念だったな? なんでも暗殺されたそうだが?」
これはいかに情報収集が巧みな公爵家と言えども、ブラフだろう。あの状況で他殺と判断するのは無理筋過ぎる。何しろ侵入不可能な寝室での密室殺人だったのだから。
「公式には自殺という事になっているはずですが、なぜ暗殺などと?」
頬を引き攣らせながら、辛うじてタッカーさんが答える。うん。それほどオスト公のプレッシャーは強烈だ。まるで魔力そのものをぶつけているような。
「ほっほ。なに、そういう噂も出ておるのでな」
そう言いながらチラリとこちらを見る。カマかけなのは見え見えだけど、老獪な彼のやる事だ。一つ一つに何か布石があるようで怖い。これにタッカーさんがどう答えるか。
「流石です、閣下。どうやら隠し事は無理のようですね」
あらら、タッカーさん、意外と簡単に折れちゃう?
「実は親父を殺したのは俺です」
――!!
タッカーさんのその一言で、室内に緊張が走る。
「お主は親殺しをしたと申すか!」
オスト公の声が大きくなった。テーブルに置かれたティーカップが、ソーサーの上でカタカタと震えている。魔力と精霊が騒ぎ出しているんだ。
(ノワール、精霊達を鎮めてくれ)
(はい、ご主人様)
おそらく影の中に潜んでいるであろうノワールに脳内で話しかける。案の定、ノワールはすぐに答えてくれた。
いくらオスト公が感情を昂らせて魔法を行使しようとしても、大精霊であるノワールが働きかければ、精霊達はその活動の権限を全てノワールに握られてしまう。
室内の大気の震えが収まった。オスト公は一瞬目を見開いて僕を見た。でも動揺する素振りはその一瞬だけで、再び視線はタッカーさんに戻る。
「親殺し……そうですね。でもそれが領民の為だったと俺は考える」
よそ行きの言葉遣いだったタッカーさんが、素の口調に戻り始めたね。
「ブンドルと癒着して私腹を肥やし、それに従う者達もヤツからの袖の下で不正に従う。甘い汁を吸っているのはごく一部。殆どの人間はずっと苦い思いをしてきた!」
ダン! とテーブルを叩きながら、タッカーさんが立ち上がり力説する。オスト公のプレッシャーも弱くなって、調子が戻ってきたみたいだね。
「悪は許さないをモットーにやってきた閣下だ。分からない訳ではないでしょう? それに、ここにも汚い金を持ったブンドルの早馬が来たはずだ! 俺達を消すか潰すかしろって!」
「……」
そんなタッカーさんを、オスト公は静かに見つめている。まるで真実を見透かすかのように。
「お主は、それが理由で親を、何より伯爵という身分でかつ領主である人間を殺したお主を、陛下が認めるとでも思っておるのか?」
「それは……! 分からない。それでも、俺の代わりにブンドルの息が掛かっていない貴族が新たに領地を治めてくれるならいいと思っている」
「そうなれば、お主は貴族の身分を剥奪され、平民に落ちるであろうな。もっと悪くすれば処刑もあり得る」
そこまで言ったオスト公は、再びカップのお茶をコクリと飲み込んだ。
「なぜお主はそこまで罪を被ろうとする? 親が自殺、あとは自然な流れでポー伯爵家を継ぎ、健全な領地経営をすればよかろう」
「それじゃダメなんだ。親父の不正を明るみにする事でブンドルの悪事も公表出来る。さらには他の汚い貴族にもそれは飛び火するだろう。領内だけじゃない。この国から汚い連中を駆逐したい!」
タッカーさんが命を懸けてでもこの国をクリーンにしたい思いが伝わってくる。だけど今のタッカーさんにはそれに釣り合うだけの力がない。グリペン侯爵がある程度後ろ盾になってはくれるだろうけど、まだ弱い気がする。
「残念だが、お主の語る理想を実現するのは難しい」
「――!!」
「こちらでも掴んでいる話だが、父親は全く抵抗の跡がなかったそうだな。他殺と思わせる事が無理なのだ。それにお主がやったのであれば、自死と思わせるような工作もしたという事だろう? ますます無理がある」
「くっ……」
オスト公は紙とペンを持ってくるよう、護衛の兵士に言伝てた。
「しかし、お主の心意気に免じて、今回ばかりはこのオスト公爵が手を貸してやろう」
「は?」
突然の流れに狐につままれたような表情になるタッカーさんに、オスト公がニヤリと笑いながら言う。
「ブンドルの賄賂の件、私からの陛下への書状をお主に預ける。どうせグリペン候からの書状もあるのだろう? 四公家と二候四伯家の一角がそれぞれ訴え出れば、陛下とて無碍には出来まい」
尚もオスト公は続ける。
「如何に証拠があろうとも、ブンドルに汚染された貴族を悉く潰したのでは国が傾く。そこの浄化には時間を掛ける必要がある」
「……はい」
「今回は、ブンドルの排除でまずは良しとしておけ。お主は父親が自死した故、正々堂々とポー家を継げば良い」
「……はっ!」
タッカーさんが立ち上がり、オスト公に頭を下げた。
「とは言っても、私は自殺などとは考えておらぬがな」
一件落着と思われたところで、オスト公が厳しい視線をこちらに向けて来た。




