小さな別れと一蓮托生
翌日、まだ自宅となる物件の準備が整わないマシューさん親子と、定宿で別れを告げた。
「寂しくなりますね。王都からお戻りの際は、是非お寄り下さいね」
「おにいちゃん、おねいちゃん……ぐすっ。ぜったいにまたきてね?」
眉をハの字にして挨拶するマシューさんと、瞳に溜めた涙を袖でグイっと拭いながらこちらを見上げてくるリンちゃん。
僕達も王都にそのまま移住するつもりはないし、用が済めば一度は戻って来るつもりだ。そうなればこのポーバーグも途中に寄る事になる。また会う機会は必ずあるだろう。
しゃがんでリンちゃんと視線を合わせ、頭をぽふぽふしながら分かりやすいようにその事を告げると、漸くリンちゃんにも笑顔が戻った。
「うん! みんな、げんきでね!」
宿の前で手を振りながら叫ぶリンちゃんと、その隣で僕達を見送るマシューさんに軽く手を振り、僕達は宿屋を後にした。
ポーバーグの市街地を出たところで、タッカーさんの乗る豪華な箱馬車が見えてくる。それと比べるとややグレードが落ちる幌馬車が二台。そのうち一台は荷馬車のようだね。そしてそれを護衛する騎兵が二十騎。随分と大袈裟に感じてしまうけど、貴族が王都に向かうともなればこんなものなのかな?
ちなみにデライラ達はグリフォバーグから乗って来た馬があるので、タッカーさんの馬車に乗るのは僕とノワール、それにアーテル。そしてタッカーさんの護衛役のケルナーさんだ。グランツお爺ちゃんは箱馬車の御者席に便乗するらしい。
僕達はタッカーさん達と挨拶を交わし、やや遠慮気味に馬車に乗り込んだ。流石は貴族御用達の馬車だ。シートはクッションが効いていて、長時間座っていてもあまり疲れないかも知れない。
「そんなに畏まらないでくれ。今回世話になるのは俺の方だからな」
タッカーさんが浅黒い顔を綻ばせてそう言う。馬車の豪華さにビックリした僕達だけど、タッカーさん自身はいい意味で貴族らしくない。だからすぐに緊張は解れた。解れたついでに、馬車が動き出したタイミングで何気なく聞いてみる。
「僕には随分大がかりな隊列に思われるんですけど、貴族が王都に向かう時って、こんな感じなのですか?」
それにタッカーさんがつまらなそうに答えた。
「家格によって多少の人数差はあるが、まあ大体こんなものだ。貴族の体面を保つ為っていう理由が主だが、あまり大軍勢を連れて行っても謀反を疑われる恐れもあるからな。まあ、多くても百人を超える事はない」
そうなのかな? 護衛の騎馬だけで二十騎。見栄だけの問題なら騎馬だけでいい気がする。だけど後ろを走る幌馬車には、実の所更に十人程の歩兵も乗り込んでいる。これは外から見えないので、貴族の面子とかいうのとは別の理由がある筈だ。
「へえ……」
恐らく全て真実を話している訳じゃないタッカーさんに、非難の意味も含めて後方の馬車に視線を送りながら気のない返事をして見せた。すると、タッカーさんは都合悪そうに目を逸らす。
「そもそも、兵が三十人もいるんですから、僕達の護衛は必要なかったのでは? この数の軍人相手に、仕掛けて来る盗賊なんかいないでしょう?」
そんな僕の追及に、タッカーさんはお手上げとばかりに深く息を吐き、文字通り両手を上げて降参のポーズを取った。
「ふう、カンのいい奴だ。大きなメリットを差し出さない方が、逆に信頼を得る事が出来ると思ったんだがな」
「いやいや、僕が疑念を持ったのはこの編成を見てからですよ。こんなに兵隊さんを連れて行くとは思っていませんでしたから」
これは言葉の通りで。この人数の兵を連れて行くなら僕等が護衛する必要性はないと思う。なのに、これくらいの編成は貴族として普通の事だという。ならば、僕等を護衛に雇ったのは何かしら道中に心配事があるって事でしょ?
「そうか。初めに言っておくべきだったか。家格に合わない多数の兵を連れて行くのは警戒される原因になるのはさっき言った通りだ」
「はい」
「お前のような規格外れにはピンと来ないかも知れないが、ブンドルのような大物商人の力というのは侮れない」
「……」
僕はタッカーさんの言葉を反芻する。
確かにブンドルの商会が私兵を数百も動かすのはそう簡単じゃないかもしれない。でも、今回マルセル・ポーに対してやったように、有力貴族に金を握らせて領軍を動かしたり暗殺しようとしたりは出来なくはないよなぁ。
そして僕等がグリフォバーグに旅立った日に見た沢山の早馬。あれは各地の領主に送り込まれたものだと考えて間違いない。
「この先、悪事を知られる事を恐れたブンドルが、僕達を消しに来る可能性があるって事ですか」
僕のこの言葉に、タッカーさんは無言で頷いた。
貴族の家格だとか、そういうしがらみを抜きにして金にモノを言わせれば、数で圧し潰す事も可能。もしくは闇夜に紛れて暗殺。僕達だけならどうとでも出来るけど、タッカーさんは分からないもんね。
「お前は否定するだろうが、親父をやったのはお前じゃないかと思っている。それに、親父の暗殺部隊を手玉に取ったお前達なら、俺の道中も安全だと思ってな」
なるほど、最初からそう言ってもらえれば、もっと信用出来たのになぁ。どうせ狙われる旅だし。でもまあいいか。グリペン侯爵への協力も取り付けたし、ここからは一蓮托生の旅と行きますか。




