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前門の厄介事、後門の剣姫

「昨夜の料理も美味しかったですね」

「お口に合ったようで良かったですよ」


 御者席で僕とマシューさんが微笑みあう。

 旅も今日で四日目だ。だいぶ砕けた感じで接してくれるようになったな、マシューさん。

 マシューさんが手配してくれた宿は、特に高級宿とかじゃないんだ。庶民的だけど料理が美味い。ただそれだけ。寝床なんて雨風を凌げて、手足を伸ばして眠れればそれでいい。僕だって農村の生まれだから、下手な高級宿よりこっちの方が助かるよ。

 ちなみに宿代はマシューさんが持ってくれたけど、アーテルが頼んだ追加の料理は僕が支払ったよ。だって食べる量が半端ないんだもん。まさか胃袋の中身も影収納とかじゃないだろうなぁ。


「ご主人様、役人が一人、それに兵が一個小隊」


 幌を開いてノワールが御者席の僕に耳打ちをしてきた。進行方向にそういった集団がいるから用心した方がよいという事だ。一個小隊というからには多くても四、五人だろう。相手が普通の人間ならば戦闘に関しては全く問題にならない。

 また、賊の類ならば問答無用で処理するノワールがそのままにしているという事は、現状では敵か味方か判断できないという事だろう。


「迂回路は?」

「残念ながら」

「分かった。ありがとう」


 迂回路がない場所で待ち構えている。関所の業務をやっているのかもしれないし、この先はグリペン侯爵領を抜けて何とか伯爵の領地になる。自分の領地に不審者を入れないのが目的であれば、納得のいく話でもあるよね。


「マシューさん、領地を跨ぐ際には検問や関所などはあるのですか?」

「いいえ。そういったものはありませんね。国境や王都に入る際にはあるんですが、こんな街道の途中でやるなんて事は……ああ、犯罪者などが逃亡した際、とかなら有り得ます」


 なんだよそれ。もう嫌な予感しかしないじゃないか。


「まあ、私共には何もやましい事はありませんし、堂々と通ればいいんですよ」


 マシューさんはカラカラと笑いながらそんな風に言うけど、グリペン侯爵領を出たタイミングを狙うようにして武装集団が待ち構えている。

 確かに僕等には何の非もないけど、白も黒にしちゃうのが権力を持った人間の強みだからね。もしかしたら僕達が犯罪者に仕立て上げられてる可能性もあるんじゃないかなぁ。

 ま、警戒はしておこう。


△▼△


 遡る事三日前、グリフォバーグ城からは、二頭の馬が城門を出ようとしていた。


「ちょっと! なんであんたがこっちに乗ろうとするのよ!」

「いいではないか。儂はお嬢の腰に手を回して――ぐべっ!?」

「いいからあんたはルークスの後ろに乗りなさい! このスケベじじい!」


 デライラは侯爵との謁見後、剣術の腕を磨くべく騎士団で修行に明け暮れていた。

 ショーンのバフや光の魔力による自分への身体強化、あるいはショーンから譲り受けた魔剣の恩恵に一切頼らず、ただひたすらに己の技量を上げるための修行。

 騎士団、特に侯爵の近衛騎士ともなると、剣の技量は凄まじい。冒険者が使う我流の剣術とは違う正統派の剣術からは学ぶところが多かった。また、武を貴ぶグリペンの軍の中枢を担うだけあって、個人の強さも相当なものだ。


「どうも城下でショーンめが陛下のお抱え商人とトラブルを起こしたようでな。私の威光がどこまで効くか分からぬが、この書状を持ってヤツを追うがよい」


 グリペン侯爵から呼び出され、そう告げられたのはつい先ほどの事である。準備の良い事に、馬と必要な物資が詰め込まれたマジックバッグまでが準備されているという手際の良さだ。


「まったく……何をやらかしたのよあのバカ」

「ついでに王都まで行動を共にしてくれ。この書状を陛下に届けるように。それを持っているだけで、私の特使という身分がつく故、問題なかろう」

 

 呆れているデライラに苦笑しながらも、グリペン侯爵は重要な使命を与えた。デライラはその責任の大きさに、背筋を伸ばす。


「では、頼んだぞ。あやつらに限って心配はいらぬだろうが、万が一という事もある」

「は!」


 侯爵からそんな命を受け、出立の準備をして今に至る。


「あたしとしては、もうちょっと修行したかったんだけどなぁ」


 自分に腰に纏わりつこうとするグランツを蹴飛ばしながら、デライラは悪態をつく。

 ルークスはもう一方の馬に跨りながら、その様子を優し気に微笑み見守っている。純白のローブに身を包んだ彼は以前の冒険者の装束より一層美青年っぷりに磨きがかかっていた。


「急ぐわよ! アイツが侯爵領にいる間に追いつかないと! はあ、馬術を覚えておいて良かったわ!」


 幼馴染に振り掛かろうとする災厄を振り払おうと、デライラは表情を引き締める。僅か数日間の修行ではあったが、侯爵の城で過ごした時間は、一介の冒険者ではなく、剣姫と呼べる程に凛々しくなっていた。

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