グリフォバーグ城にて
ここはグリフォバーグ城、謁見の間。
石造りの頑丈そうな壁に囲まれた部屋の中には豪華だけども上品な調度品が置かれ、カーペットやカーテンの生地ひとつとっても一般の市民には一生縁がなさそうな上等なものっぽい。いや、正直僕も目利きじゃないから分からないけど、少なくとも今まで見た事もないような生地だ。
部屋の中央奥は二段程高くなっていて、玉座とでも言ったらいいのだろうか、豪華な椅子が二つ。侯爵と夫人が座る為のものだろうか。
部屋の両サイドには衛兵が並び、中々威圧感がある――ように見えるけど、実は冷や汗をダラダラと流しているのは衛兵の方だったりするんだよね。
(こら、ノワール、アーテル。衛兵さん達が怖がっているよ?)
そう、この二人がかなりの殺気を放出しているんだよね。衛兵さん達に向かって。
(いえ、そもそもこの者達がご主人様を見下した視線を投げかけなければ良かったのです)
(そうだな。この謁見が終わるまで、こやつらには怖い思いをしてもらおう)
つまり、ありがちな展開だったんだ。入室する前に案内してくれた執事さんとメイド隊に武器を預け、入室した途端に不躾な視線が集まって来たんだ。特に僕にね。
サマンサギルド長とイヴァン副ギルド長は街のギルドのトップという事で、一定の敬意みたいなものは払われている気がした。あと、デライラとルークスは見た目が麗しいので蔑むような視線はない。どちらかと言えばデライラに対する値踏みするような下卑た視線だったね。
そして僕に対してはどうか。
うん、鼻で笑われたね。誰も口に出してはいないけど、『なんだこの冴えないガキは』。『こんなのがゴールドランカーなんて冗談だろう』。そんな視線だったね。
それに怒った僕の眷属二人が、衛兵さんを威圧しまくっている訳なんだ。
「ノア・グリペン侯爵閣下のお出ましである!」
衛兵の中でも一番偉そうな、ちょっと年長の男性が声を張り上げた。僕達七人は一列に並び、膝を付き首を垂れる。事前に執事さんと打ち合わせしていた通りだ。
やがて、部屋の左奥にある扉が開き、数人の男性が入室してきた。
「ご苦労だったな。楽にせよ」
着席した男性が声を掛けてきた。
五十代に差し掛かった頃だろうか。白髪交じりの長髪を背中で纏め、カイゼル髭が厳めしい目付きの鋭い男性だ。この方がグリペン侯爵か。
その右には甲冑姿でバトルアックスを背負った大柄な男性だ。顔の作りは厳ついけど、人好きのする笑顔を浮かべながらこちらを見ている。
さらに左には長めの顎鬚を蓄えた長身痩躯の男性だ。こちらは武器は申し訳程度の短剣しか持っておらず、手には書類を携えている。表情はなんだろう? 狐っぽい。糸目だからかな?
その後には近衛兵だろうか。四人程の騎士が並ぶ。
「報告書は読ませてもらった。その上でこちらから質問させてもらおう」
「御意に」
侯爵の言葉にサマンサギルド長が答えた。基本的にはこのスタイルで行く事になる。
「まず、ダンジョン攻略成功、労わせてもらおう。報酬は期待してよいぞ」
そう言う侯爵の視線が僕を刺す。口角を僅かに上げたそう表情は、面白いものを見つけた好奇心に満ちているみたい。
「ダンジョンの主を倒しただけではダンジョンの機能は停止せず、ダンジョンコアなるものを破壊せねばならなかったというのは真か」
「は。先に提出致しました、水晶がそれでございます」
「ふむ」
侯爵は狐顔の男から資料を受け取り、パラパラとめくって確認している。
「それにしてもスタンピードにマンティコアか。お前達はたった七人で、何故生きて帰って来れたのだ?」
この質問は色々と鋭い。たった一言で全部明かさなければならなくなったような気がする。さて、サマンサギルド長はどう答えるのかな?
「マンティコアはゴールドランカーが束になって掛かっても、犠牲者を出さねば討伐出来ぬ魔物だ。そこをよく考えて返答せよ」
侯爵がニヤリと笑みを浮かべながらも鋭い目つきでギルド長を見る。
ああ、これは言い逃れは許さない、そういう意思表示だ。ゴールドランカーのサマンサギルド長ですら、汗を浮かべてしまうほどの重圧を発するとはね。侯爵個人の強さなのか、貴族のオーラみたいなものなのか。
「それは……先代のダンジョンの主が味方に付いたからでございます」
「ほう? 何か言いたい事はあるか? そこの少年」
あーあ、完全に僕をロックオンしてるね。オーガの素材を売却した件は知られているから、指定された地下五階層より下に潜った事もバレているだろう。
「ゴールドランク冒険者のショーンです」
「うむ、ショーンとやら。直答を許す」
「は。先日、ギルドで行った合同クエストの際、僕とパーティメンバーのノワールは、ダンジョンの最下層まで到達致しました」
僕の答えに、侯爵は無言ながら目を見開いて驚いていた。そう、たった二人でダンジョンの最奥部に行ったんだからね。
「その最奥の部屋にいたのは一頭のミスティウルフでした」
僕の答えに侯爵が思わず立ち上がる。左右に控えていた甲冑の男性も狐顔の男性も驚きを隠せないみたい。さらに室内の衛兵達からはどよめきも聞こえる。
「ミスティウルフと言えば、古より生きる伝説の神狼。あのような存在が人間に手を貸すだと?」
「証拠は必要でしょうか?」
疑われているのは分かるよ。でも何て言うかな……あのニヤけた顔を蒼白にしてやりたい。そんな悪戯心がむくむくと湧き上がってくる。
「アーテル」
「うむ」
今まで僕達は片膝を付いたまま応対していたが、アーテルがスッと立ち上がった。衛兵が武器を構えていきり立つが、侯爵がそれを諫める。
それを確認した上で、アーテルの姿がブレ始め、黒い靄に包まれた。やがてその靄が晴れると、そこには僕の背丈よりもまだ高い所に頭がある、巨大な黒狼が姿を現した。
「――!!」
アーテルは何もしていない。ただ侯爵を見据えているだけだ。でもね、ただそれだけの事がとんでもないプレッシャーになるんだよね。それが神狼っていう生き物なんだ。
アーテルの視線を浴び続けた侯爵が、思わずといった感じで椅子にへたり込んだ。それを見て我に返ったのか、甲冑の男性がバトルアックスを構えて一歩前に出た。
さらに、狐顔の男性が表情を厳しくして甲高い声を上げる。
「貴様! 閣下に対して無礼であるぞ!」
こっちの人はアーテルのプレッシャーを感じていないのかな?
だけど、そこで侯爵が手で二人を制した。
「よい。抗ってどうにかなる相手でもあるまい。ショーンよ、疑って悪かった。済まぬが、抑えてくれぬか」
「は。アーテル、もう戻っていいよ」
「承知した、主人よ」
再び靄に包まれたアーテルが人間の姿に戻ると、僕と同じように片膝を付いて敬意を示す。
「あの梟が言っていた事は正しかったか」
梟だって!?




