不完全なデライラ
会議室でのミーティングが終わり、僕達は冒険者ギルド前に停めてあった馬車に乗り込んだ。割と立派な箱馬車で、馬は一頭立て。御者席には並んで三人掛けられる。
「お前らで御者出来るヤツはいるかー?」
そんなイヴァン副ギルド長の問いかけに、僕達は無言で首を振った。
「そっか、じゃあ行きは俺とギルド長が交替でやるから、帰り道はお前ら全員にやってもらう」
帰り道で馬車の扱いを覚えろって事か。中々スパルタだね。
そうしてイヴァン副ギルド長とサマンサギルド長が御者席に行き、僕達四人は箱馬車に乗り込んだ。対面式にベンチシートが設置されていて、普通の体格の人なら六人は乗り込める。だけど実際には六人分の武器や荷物がある訳で、現実的なところでは四人が限界かな。
「うん、わざわざこういう感じにしなくてもいいんじゃないかな?」
「イヤです。ご主人様の隣は譲れません」
「我もだ!」
「……まぁ、いいけど」
僕を挟んで両サイドにノワールとアーテルが。対面のシートにはデライラが一人と他にはみんなの荷物。
そうやって向かいの席に座るデライラを、アーテルが面白そうに見ている。
「な、何かしら?」
視線に気付いたデライラが訝しむと、アーテルが不敵な笑みを浮かべながら言った。
「こうして言葉を交わすのは初めましてか? 我はアーテルだ」
「あっ、そうね。あたしはデライラ。ショーンの幼馴染よ」
そう言いながらも、デライラが額に汗を浮かべている。どうやらアーテルが威圧しているらしい。
「あ、あんたもそっちのノワールと同じように、普通の人間じゃないのかしら?」
張りつめた空気の中、デライラがそう口にした。彼女はダンジョンの中で、ノワールが黒ウサギに変化しているの見ている。それを誰かに言いふらしてはいないようだけどね。まあ、言ったところで誰がそんな与太話を信じるかって事なんだけど。
そんなバックボーンがあるからか、新しく仲間になったアーテルにも何か秘密があると考えているらしい。
「ほう? どうしてそう思うのだ?」
さっきよりさらに面白いものを見るような目で、アーテルが問い返した。でも君、その尊大な喋り方、偉い人の前ではしないでよ?
しかしそんなアーテルの問いかけにデライラの表情が曇り、視線は窓の外の風景に逸らした。
「だって、きっと今のショーンは誰も信じないもの。まあ、あたしのせいなんだけどね、あはは……」
そうやって自嘲気味に笑うデライラに、先程とは打って変わった真面目な表情で返すアーテル。
「……誰も信じないのに我のような縁もゆかりも無い者を仲間にしたと?」
「そうね。ショーンは、人間は誰も信じられなくなってる。でもノワールのような、人ではないナニカとならどうかしら」
「ふむ……」
そうだなぁ。デライラの言う通りかも知れない。僕は誰も信じない。いや、心を開かないと言った方がいいかな。別に敵を増やしたいとは思わないけど、人間って本当に自分の事しか考えない生き物だって事が分かった。
でもノワールやアーテルは違う。存在そのものが僕を求めてくれるような気がするし、彼女達が僕の元を去ったとしても、それは仕方がないと思えてしまうのは、彼女達に比べてあまりに自分がちっぽけな存在だからだろうか。
「娘、お前は主人をよく分かっているようで分かっておらんな。いや、その前に自分自身が何者か分かっておらん」
「……?」
会話の後もじっとデライラを見つめていたアーテルが、不意にそう呟いた。言われたデライラもきょとんと首を傾げるばかりだ。
「お前はまだ不完全な存在だ。大事なモノが揃っていない。それが何かは我にも分からんがな」
「やはり、あなたも違和感を感じますか?」
「うむ」
そんなアーテルの言葉に、自分も同じように感じているというノワール。
「そんな事を言われても分からないわ。あたしは今、何不自由なく生きてるもの」
「まあ、それもよかろう」
これはある意味デライラの言う通りだろう。知らずにいる事が当たり前ならば、それは何も不足していないのと同じことだしね。
そんな事を考えていると、馬車がじわりじわりと速度を落とし、やがて停車した。同時に、御者席に向いている小窓をコンコンとノックする音が聞こえた。
「魔物だ。準備しとけ」
イヴァン副ギルド長が小窓を開けて、短くそう言った。僕達はそれぞれの武器を手に取り箱馬車から降りた。
「デライラ、君は」
「あたしだってやれるわ!」
ポーターとして同行しているデライラも、剣を手に取り外に出てきた。
「主人よ、いいではないか。この指名依頼の間は我等『ダークネス』の一員という事にすれば」
そう言ってアーテルがウインクしてくる。なるほど、僕のパッシブスキルの恩恵を受けさせればそうそうやられる事はないか。
「僕達がやりますよ。馬車をお願いしますね」
「へっ、言うじゃねえかヒヨッコゴールドランカーが。おう、お前らでサッと片付けちまいな」
街道脇から出て来てこちらを威嚇しているのは野生の熊が魔物化したクレイズベア。結構大きい個体だな。一対一だとブロンズランカーの手に余る強敵で、時にはオークすら喰らってしまうという狂暴な魔物なんだけど、イヴァン副ギルド長は僕達に任せてくれるみたいだ。
サマンサギルド長に視線を移してみたけど、頷くだけで止める気配はない。
よし、やろうか。




