シルフの記憶②
どうやら、その精霊王を唆した者は、直接人間社会への介入は出来ないらしい。よって精霊王を使って権力者を洗脳していったのだが、その精霊王をもってしても思い通りにならなかった存在がいた。
それがこの国ルーブリムの王祖だ。創造神ルーベラの末裔と言われる人物で、かつて四公家と二候四伯家の祖を従えて周辺の蛮族を駆逐し、ルーブリム王国を建国した。
もっとも、この時既に蛮族との争いが絶えなかった事から、徐々に黒幕の浸食は始まっていたと考えるべきだろうね。初めに脅威となり得る蛮族を動かし、防衛と反撃の為に魔法を発達させ、建国が成った後に光と闇を封印し、国内での人間同士の争いを助長させ、魔物の出現でさらに不安定にさせる。
黒幕の目的が何かは分からないけど、随分と用意周到な事だ。
「それで、洗脳した相手って誰よ?」
デライラが、誰もが聞きたい事をズバッと聞く。
「分かりません。ですが、我々上位精霊や精霊王よりも霊格が上位の存在である事は間違いないでしょうね」
「まさか女神ルーベラ様が?」
ルークスの答えに、思わず思い当たる唯一の存在を口にしてしまった。
「人間社会に直接介入しないという事から、その可能性はない訳ではないが……さすがにあり得ないだろう」
「うむ。ルーベラ様はむしろこの状況に御心を痛めておられるはずじゃ。自ら手を下せぬ故な」
だけどそれはかつて神獣としてルーベラ様によって生み出され、女神に代わり地上で世界を見守っていたアーテルとグランツに否定された。否定された事によって安心もできた。
「それじゃあ現状黒幕についてはこれ以上の事は分からないね。シルフの洗脳は解けたのかい?」
「それは大丈夫です。ですが……」
都合悪そうに視線を背けたルークスが続ける。
「かなり弱体化してしまいまして……」
そうしてぐったりとしているシルフに目を向ける。
「ご主人様、影収納に保管しておきましょうか?」
いや、ノワール、保管ってそんなモノみたいに。
「本人から聞きたい事もあるでしょうし、コレは私が責任を持って縛り上げておきますので」
なるほど。確かに洗脳が解けたコイツには聞きたい事もあるし、ノワールを襲ったコイツは現状敵という認識だ。生きてさえいればどれほど苦しもうが知った事じゃないな。
「じゃあ、ノワール、頼むよ」
「はい!」
僕に頼まれて嬉しかったのか、ふんす! っと気合を入れたノワールが、シルフをズブズブと影の中に収納していく。
「ルークス、アレを治癒出来るかい?」
シルフとの戦闘ですっかり忘れていたけど、まるで抜け殻のようになって倒れているヴィルベルヴィントを指差して言った。
「完治させるので?」
「いや、取り敢えずは意識が戻る程度でいいと思うよ?」
うん。コイツも敵だしね。
デライラとルークスがヴィルベルヴィントの治癒に向かうと、その時ノワールから報告……? があった。
「ご主人様、『風』が目覚めたようです。いかがしますか?」
「そう。話せる?」
「はい。影の中ならば比較的安全に話せるかと」
「分かった。じゃあそうしよう」
影の中でシルフと話す事をアーテルに告げ、僕とノワールは影の中へ潜っていった。あくまでも感覚的な話だけど、ノワールはシルフを随分と『深い』ところで監禁していたみたいだ。深い暗闇の中で、うっすらと光る薄緑色の存在が見える。もはや人の形すらしておらず、球形の精神体とでも言えばしっくり来るかな。
「まさか人間に敗れるとはな」
その薄緑の精神体が明滅すると、僕の頭の中にヤツの意志が入り込んでくる。
「僕一人の力じゃないよ。仲間達のおかげさ」
僕がそう言うと、シルフの意識が僕の横にいるノワールに向いた。
「貴様、復活していたとはな」
「ここにいるご主人様が助けてくれた」
「あの時は、他の三人も精霊王も含めて、操られていたのだ。今なら分かる。随分と愚かな企みに手を貸してしまったものだ……」
明滅を繰り返すだけのシルフから、激しい悔恨のような感情が流れ出しているのを感じる。
黒幕の甘言は確かに魅力的であり、いつしかその思考に抗う事すら忘れた。人々が争う世の中になっても何も感じない程に。
しかし、その記憶はルークスに浄化された今でも残っており、激しい悲しみと後悔に苛まれているという。
「今は妙に思考がハッキリとしている。洗脳を解いたのは貴様か、闇の大精霊」
「違う。浄化したのは『光』だ。むしろ私はお前を消滅させたいのを堪えていた」
シルフの問いかけに、なんともつまらなそうにノワールが答える。どうもノワールは復讐対象には激しい憎悪と殺意を持つんだけど、一旦お仕置きをしてしまえば後は無関心というか、熱しやすく冷めやすい性質らしい。
今もシルフに対し、瀕死に近いダメージを与えた事で気が済んでしまったのか、先程の戦闘で見せた殺気がない。
「あのオスト家の小僧は、かなり以前から心が濁っていたぞ。あれこそ、闇属性と光属性が消え去った弊害の顕著な例だろう。自らの欲望の為に他人を傷つける事を正当化する」
なるほど。ヴィルベルヴィントは洗脳されていた訳ではなくて、ブンドルから金を受け取った故に僕達を消そうとした。ただそれだけだったのか。
「だが、そう言った思考は判断力や冷静な分析力を曇らせる。普通なら貴様等に挑もうとは思うまい」
それもシルフの言う通りだ。多少腕利きの兵を集めたところで僕達に勝てるとでも思ったのが愚かだ。公爵家とて、ポー領で何が起こったのか把握していたはず。夜襲が意味のない事くらい分かっているだろう。
「そして、私もそれは人間の事を言えた義理ではないがな」
そう言ってシルフは自嘲する。アーテルを見て闇の匂いを感じ取ったらしいシルフは、とにかく古の神狼ならば消さねばならない。それと同行する僕達も。そう思ったそうだ。それ自体が洗脳されていた証拠なんだろう。




