第24話 「これからも、お仕えさせて頂きます。ご主人様」
「どうしてこのような場所に……っ!?」
いるはずのない人物の登場にリースは驚愕し、慌てて身体を起こす。
ここはMSC本部の屋敷。MSCという会社すら知らなかったノアが、どうやってこの場所に来れたというのか。
驚くリースを見て、ノアはなぜか満足そうに頷く。
「うんうん。その反応が見たかった。勝手に入ったら驚くでしょう? やっぱり、部屋の主が返事をするまで、待つべきだと僕は思うんだよね」
「いえ、あの、ご主人様……?」
まさか、そのような意趣返しのためだけにここまで来たのでしょうか……?
子供染みた行動に、もはや呆れてしまう。あと少しで大人へと仲間入りする高校生にしては、ノアは肉体・精神共に少々幼さが残る。とはいえ、ここまで子供っぽかったかというと、流石に……とリースは思うのだ。
戸惑うリースに対して、ノアは彼女に手を伸ばして言う。
「じゃあ、帰ろうか」
「は? あの、ですが、既に私はご主人様……ノア様の担当から外されておりますので」
言っていてリースは悲しくなる。
主ではなくなったとはいえ、敬愛する心は変わらない。そんなノアの前でなければ、枯れていた雫が再び流れ落ちてしまいそうだ。
一緒に帰ろうと手を差しだしてくれる。胸が締め付けられるほどに嬉しいが、取るわけにはいかなかった。
けれど、そんなリースの憂慮を、ノアは軽い調子で吹き飛ばす。
「知ってるよ。その件については大丈夫。お母様に連絡して雇い直してもらったから」
「アグネス様が……? あの方がお認めになるとは思えないのですが」
もとより、リースの処分を決めたのはノアの母であるアグネスだ。その彼女が雇い直しを認めるわけがないとリースは思っていた。しかし、それは少しばかり考えが足りなかったようだ。
「ん? 電話でお願いしたらおっけーくれたよ」
揉めることもなかったと、あっさりと口にする。
一瞬、リースも驚いたが、直ぐ様納得に至る。
そうでした。メイド長はノア様にはとことん甘いお方でした。
そもそも、リースやソフィアたちがノアのメイドとなることができたのも、ソフィアから報告を受けたアグネスがノアの私生活を心配したからだ。一人暮らしが心配だからと、マンションを丸々と買い取りその一室に住まわせた上、マンションコンシェルジュに自身の教え子であるソフィアを据え、定期的に近況報告をさせていたのだ。過保護っぷりがうかがい知れるというもの。
以前、アグネスは一人暮らしをさせるのは心配と口にしていたが、そんな環境を一人暮らしとは言えないだろうとリースは思ったものだ。とはいえ、リースはアグネスのやり方に肯定派であり、ソフィアや周囲のメイドたちに呆れられていたが。
そんな甘やかし全開の親バカなアグネスだ。ノアが頼めば黒を白とするのも厭うまい。
「と、いうわけだから帰るよ。ソフィアさんや狂華も雇い直したし、今日からまたお世話をお願いするね?」
また、あの日常に戻れる。
そう思うだけで心が温かくなる。失態を演じたメイドに対して、ここまで手を尽くしてくれるノアに敬愛の念は深くなるばかりだ。
「――いえ。やはり、私はノア様に雇われるわけには参りません」
しかし、だからこそリースはノアの手を取るわけにはいかなかった。
「今回の件、全ては私が発端です」
「僕はよく風邪をひくから、タイミングが悪かっただけだよ」
「そうかもしれません。けれど、一因を作ったのは、私の浅慮が招いたことでございます」
自身の気持ちを押し付け過ぎた。過ちを犯したメイドは、ノアに相応しくはない。
「私はノア様のメイドであったことをとても誇りに思っております。終生仕えるべきお方であると。そのような尊きお方を、私の身勝手な行動で縛り付けてしまっていたのです。恥ずべき行為であり、再び雇われる栄誉を賜るなど、あまりにも恐れ多い」
一刺し、一刺し。
自身の言葉が短剣のように身体へと突き刺さる。肉体に外傷はないが、心は痛い痛いと悲鳴を上げている。
目に見えぬ血を流し、それでも痛みに耐えてリースは言葉を続ける。これこそが、ノアに対しての最後の奉仕であり、罪滅ぼしだと覚悟を決めて。
「MSCには、私などよりも優秀なメイドが沢山おります。貴方様のことを第一に考え、尽くして下さる者が必ず。ノア様に手を取って頂けるのは望外の喜びでございますが――」「ていっ!」「いたっ!?」
いきなり、ノアが手刀でリースの頭を叩く。
あまりにも予想外の行動にリースが面食らうと、むすっとした顔をぐいっとリースに近付ける。
「リースは勝手」
「は、はい?」
リースとてよく知っていることである。だからこそ、再雇用などありえないとお断りしているのだから。
狼狽するリースに、ノアは言葉を重ねる。
「いくらお母様に雇われたとはいえ、押し掛けるようにやってきて、息つく暇もないくらいお世話してたっていうのに、失敗したからって急にいなくなっちゃうんだもん。自分勝手!」
「いえ、ですから、勝手な振る舞いをしてしまった私を改めて雇う必要は……」
「はーい! 主からのおしおき!」
再び手刀が落ちる。
痛みはないが、崇拝する主にこうも叩かれては、更に落ち込むというもの。枯れた涙がじわりと目尻に滲む。
「あ、あの」
「全部自分の責任にするなんて、それこそ勝手だよ。こうやって、怒れなかった僕にも責任はある」
「それは……っ!」
「聞きなさい」
否定しようとしたリースをぴしゃりと言って窘める。
それは、これまで一度のなかった主としての言葉であり、命令だ。知らず、リースはベッドの上で姿勢を正す。
「だから、今回は二人の責任ってことにしておいて。ご主人様からの命令です。異論は認めません」
「……っ。ご主人様は、我儘でございます」
そんな優しい命令を、私が拒めるわけありません。
ついには、リースの頬をポロポロと宝石のように透明で美しい雫が流れ落ちる。
本当に良いのでしょうか? 私はまた、ご主人様にお仕えすることが、できるのでしょうか?
懇願するように手を合わせ見上げるリースに、胸を張って力の限り偉そうにノアが宣言する。
「ご主人様は我儘なものです!」
「ふふふ……そうでございますね」
その通りだ。
ご主人様は我儘であり、メイドとはそれを窘め、願いを叶える者だ。
主の願いがリースを再び雇うことだというのであれば、メイドたるリースが否定するわけにはいかない。
リースはするりとベッドから降りると、スカートを摘まみ従者としての礼を尽くす。
「このリース・セシル。再び沢桔梗・A・ノア様のメイドとして、生涯の忠誠を誓わせて頂きます。――これからも、宜しくお願い致しますね? ご主人様」
泣き続け、赤くなって腫れた目元。ずっとメイド服のままベッドで寝ていたのだろう。皺の寄ったスカートはメイドとしてあるまじき姿であろう。
そんな、見苦しい姿であるリースだが、顔を上げた彼女の表情は、とても晴れやかな笑顔であった。
次はエピローグとなり、第一章は終わりとなります。
改めて読み直すと拙いところがありお恥ずかしい限りですが、ここまで読んで頂き嬉しい限りです。ぜひ、最後までお読み頂けると幸いでございます。
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