第13話 「うふ。うふふふふふふふふふふふふ…………」
徹夜の寝不足が祟ったのであろう。
クロエのメイド喫茶で目を覚ましたノアは、なぜか隣にリースがいることに目を目をしばたたかせる。
……? なんでいるの?
見知らぬキャピキャピしたピンクのベッドで眠っているのも謎である。ノアが目を覚ましたことに気が付いたリースが「ご主人様っ! ご無事でようございました……っ!」と感極まっているのはノアにとっては迷宮入りの謎だ。喫茶店で少々眠ってしまっただけでそこまで心配することもないだろう。
状況から自分が喫茶店で眠ってしまい、恐らく喫茶店内にあるクロエの私室にて寝かされているのまでは理解できた。ただ、「ご主人様に手を出してはいませんね?」「あはっ! 安心して下さい。ま・だ、食べてませんから」などという会話は理解不能である。一体なにを食べるというのか。
寝起きの悪いノアにしては珍しく目覚めスッキリ。クロエと角をぶつけ合うリースを連れ立ってメイド喫茶(本当にお店なのかは定かではないが)を後にした。
「ご主人様~、またクロエちゃんに会いに来てくださいね~」
と、やたら甘ったるい声で送られる。「二度と訪れることはありませんので、お早い退去をお願い致します」とリースが厳しい捨て台詞を言い残す。ここまで語気が荒いのも珍しい。互いの態度からも知り合いなのであろうと察しが付くが、内心不機嫌そうなリースに聞く度胸はなかった。
自宅に戻ったら戻ったでリースから少々厳しめの注意を受ける。
「ご主人様。良いですか? 知らない人に付いて行ってはいけません。特にあのような脳内ピンクに染まった淫乱金髪メイドとは会話すら有害です。もし目が合ってしまったら、警察に通報して下さいませ」
「指名手配犯かな?」
リースにとってクロエとはどういう存在なのだろう。その口振りから語られるクロエ像はどう受け取っても犯罪者である。
ここまできたら確定的だと思いつつも、ノアは恐る恐る聞く。
「リースはクロエと知り合い――」
「いいえ全く赤の他人でございます。媚を売ることでしか生きていきない、年甲斐もなく若者ぶる女に知り合いはいません。ご主人様の勘違いでございます」
知り合いと思われることすらも不愉快だとばかりに、力強い言葉でリースは断言する。
その反応で知り合いなのは確定的であり、クロエの格好からもMSC関係なのであろう。仲は芳しくないようであるが。
「彼女については記憶するだけ脳が穢れるだけでございますので、早急に忘れて頂きたく」
「辛辣」
「ただ、彼女に限らず周囲には注意して頂きたいのです。外出する際は私が必ず同行致します。私でなくともーー断腸の思いでございますがーーソフィアや狂華を頼って頂いて構いません。なるべく一人にならないで頂きたいのです」
「ちょっと過保護過ぎない?」
「お願い致します、ご主人様」
リースのあまりにも真剣な態度にノアは閉口する。
普段の行き過ぎた奉仕とは違い、語る口調の節々に本気が伺える。過保護なリースのことだ。ノアがお店で眠ってしまったということを重く受け止めているのだろう。
確かに、知らぬ場所で無防備に寝てしまったというのは危機感が足りなかった。クロエが親切だった故に事なき終えているが、万が一ということはある。ニュースサイトを見れば毎日にように目を疑うような犯罪記事が流れてくる。ノアを第一に考えるリースが心配するのも仕方がない。
ノアは両手を上げて降参する。
「わかりました。心配掛けてごめんなさい。以後、気を付けます。しばらくの間、誰かに付き添ってもらいます。これでいいですか?」
「しばらく、ではなく常に、でございます」
「それは勘弁してほしいんだけど……」
どこへ行くにもメイドを侍らす自身の姿に、ノアは重いため息を吐くのであった。
――
夕方に寝てしまったせいだろうか。
ベッドで横になってはいるが、ノアはなかなか寝付けずにいた。目を瞑りながらベッドの上でごろごろごろごろ。このまま寝付けず、明日に響くのは宜しくない。リースにこれ以上迷惑を掛けるわけにはいかなかった。
ホットミルクでも飲もうかなぁ。
そう思ってベッドから降りようとした時、寝室の扉が小さな音を立てて開く。ノアは慌てて掛け布団を被る。
もしかして、リースが様子を見に来た?
レンタルメイドであるリースやソフィア、狂華は業務が終われば帰ってしまう。時折、ノアも知らぬ間に空いている客間を使って泊っていることもあるが。
リースはノアが眠りに落ちるまで残っていることが多いが、ノアが眠れぬままに目を瞑っている間にいなくなっていた。
となると、部屋の扉を開けたのは誰か、となる。だが、ノアはリースだと判断した。
そもそもノアはリースが帰っている姿を一度も目にしたことはない。今日とて、部屋からいなくなったのを物音で察しただけだ。朝まで家に残っていたとしても驚きはしない。
眠っているか確認しに来たのかな。徹夜の件もあるし、気になったのかもしれないけど……。
とはいえ、日付を跨いだ夜深く。リースがノアの寝室に無断で入室するかという疑問が残る。
被った掛け布団の中で考察をしていると、人の気配が間近に迫った。足音、物音を立てないようにする配慮はリースらしい。
たとえ、ノアの予想が外れリースではなかったとしても、ソフィアか狂華のどちらかだ。
寝てるよー。それはもうぐっすり。ぐうぐう。
修学旅行の見回りから逃れようとする学生の気分である。
早く出て行かないかなと待っていると、突然掛け布団が剥がされる。
っ!? 起きてるのがバレたっ!?
驚愕し、身体を起こそうとしたが、誰かが乗りかかり起き上がることもままならない。
想像もしてなかった状況に、ノアは混乱した。
「な、なに!? え、ノアさん寝てますけど!? ぐっすりですけど!?」
「――あらあら。お眠りになっているなんて、わたくしとても残念ですわ」
眠っていることを主張するという極めて矛盾した行動を取っていたノアの耳を、舐めるような妖美な声がくすぐる。
普段お世話をしてくれているメイド三人……ではない。誰とも知れぬ声にノアは固まる。
声にできなかった驚きを心の中で零し、顔を上げれば夜空に浮かぶ月のように輝く瞳がノアを照らす。満月ように丸かった瞳は、ノアが目を向けると、細く薄くなり三日月のような弧を描く。
「だ、誰……?」
「ああ……そうですわね。わたくしは貴方様のことを良く知っておりますが、主様はわたくしのことをまだ知らないのでしたわ。失念しておりました」
陶酔するように零れる吐息。少女の両頬を艶めかしく細い指先が這う。
嫣然と微笑む黒髪の少女は、妖しく揺れる瞳でノアを見下ろす。
「MSC所属、家政部門階級第四位・客間女中、深海愛と申します。うふ、うふふふふふ。ああ……やっとお逢いすることができました。深海愛。貴方様に生涯寄り添い、共に死ぬことを誓いますわ」
見知らぬメイドさんに寝込みを襲われた! どうする?
・無我夢中で抵抗する
・夢かと思って再び眠りに付く
⇒・全てを受け入れ、魔法使いになる夢を捨てる
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