誤解の連鎖
シャズアには前世の記憶がある。この世に産み落とされた時点で、それを知覚していた。
前世の知識を活かして無双してやろうと画策していたが、それは想像よりずっと難しいことだった。気がつけば、前世の記憶のほとんどは無用の長物と成り果てていた。
しかしその記憶の中には、忘れられないし、今後の人生を送る上で絶対に忘れてはいけない記憶も確かに存在している。
それは、前世で実際にプレイしていたRPG「ディシディア・ストーリー」のシナリオだ。
どうしてそんな、無駄にしか思えない記憶が大切になっているのか。それは、この世界はディシディア・ストーリーを基にできているかもしれないからだ。
世界観、登場人物、何から何まで似通った点が見受けられる。
最初は、奇妙な偶然だと思うことにしていた。
しかし、この世界で生きる時間に比例して、偶然なんかじゃないという確信は大きくなっていった。ディシディア・ストーリーの世界に転生した事実を受け入れるのに、そう時間はかからなかった。
シャズアは、プレイヤーのヘイトを一身に引き受けるような悪役キャラである。行く先々で主人公── アムルの足を引っ張り、最終的には魔王側に寝返るのだ。その理由は、勇者にしてくれなかった世界への復讐である。
殺害RTAや、どれだけ高火力で倒せるかという検証動画がネットに溢れていることから、その嫌われっぷりがわかるだろう。ある意味では愛されているのかもしれないが。
その末路も、散々利用された挙句、魔王に与えられた力の暴走で爆死するという哀れなものだった。
そうならないために、何があろうとアムルの味方でいると決めた。
主人公なだけあって、アムルはゲームの顔とも言える人気を博している。前世の自分も、一番好きなキャラクターはアムルだった。
勇者を目指す訓練を毎日課せられたが、勇者になりたいという欲は不思議と湧かなかった。この世界の主人公は自分ではないと、無自覚のうちに最初から弁えていたからだろう。
イメージするのは、アムルのピンチに颯爽と駆けつけ、アムルと協力して敵を打ち倒す自分の姿である。そんな理想を現実にするために、血反吐を吐くような訓練にも耐えてきた。
そんな過去が実を結び、シャズアは強くなった。結局のところ、物を言うのは前世の記憶ではなく、毎日の積み重ねなのだ。
アムルに勇者の座を明け渡し、親友と呼んでもいい関係を築くことができた。ここまではシャズアの想定どおりである。
しかし今、頭を悩ませる問題が起きている。祝賀会の後、アーセナブル家の屋敷に帰ったシャズアは、自室にこもってひたすら思い悩んでいた。
「どうしてアウラが祝賀会に、しかもレイシアさんと一緒にいたんだ……!?」
そう、問題とはアウラの存在である。
アウラは典型的な悪役令嬢だった。彼女は傲慢かつ嫉妬深い性格で、嫉妬の矛先はいつもレイシアに向いていた。下級貴族のくせに、自分以上の能力と美貌を兼ね備えているのが許さなかったのだ。
シナリオが進行するにつれ、アウラの抱える嫉妬の炎はどんどん膨れ上がり、最終的にはレイシアの誘拐を企む魔族の手引きをするに至る。
彼女の最期は、魔王の手先に用済みとみなされ、呆気なく殺されるというものだ。嫉妬は己の身を滅ぼすという言葉を体現したようなキャラだ。
そんな彼女が、レイシアと仲良く祝賀会に参加するなんておかしい。何か企んでいるに決まっている。
アウラは所詮、世間知らずの悪役令嬢だろうと甘く見ていた。しかし実際は、毒牙を隠し持ち、好機が訪れたらそれを一気に突き立てる、まるで蛇のように狡猾な女だった。
嫌悪感、そして得体の知れない恐怖が胸の奥底から湧き上がる。
何が彼女を怪物に変えてしまったのか、その原因は分からない。だが、一筋縄ではいかない相手なのは確かだ。
「今の時点じゃ、何を言っても無駄だろうな……」
確かな証拠を掴まなければ、2人とも聞く耳を持ってくれないだろう。それほどまでに、アウラを深く信頼してしまっている。
「あの女の本性を知ってるのは、最初から全部知っている俺しかいない。俺が何とかしないと……!」
決意を新たにするシャズアだったが、1つだけ誤算があった。シャズアの決意の意味が前提から覆る、致命的な誤算が。
この広い世界で、自分だけが特別な存在だとは限らない。転生者は、シャズアだけではなかったのだ。
「どうしてあのシャズアが、アムルさんの授与式にいるのよ……!?」
時を同じくして、スワン家の屋敷に帰ったアウラも自室にこもり、シャズアが祝賀会に参加していた理由をひたすら思い悩んでいた。
アウラこそ、シャズアとは別に存在するもう1人の転生者である。
この世界がディシディア・ストーリーを基にしていることも、シャズアが悪役キャラなのも、そしてアウラがどんなキャラだったかも、全て知っている。
だからこそ、破滅の未来を回避すべく、レイシアとも良好な関係を築いてきた。
全ては順調に進んでいたのだ。そう、シャズアが現れるまでは。
「何か企んでいるのは、間違いない。だけど、アムルさんやレイシアは完全に騙されている……」
シャズアはもっと、余裕のない性格だった。勇者の称号こそが彼の全てで、アムルに負け、勇者になる道が閉ざされようと、雑草のように根深い執着心を最後まで捨てようとはしなかった。
そんな男が、勇者を諦めるなんて。あまつさえ、祝賀会に参加していたなんて信じられない。
何か裏があるに違いない。本性を完璧に隠し、周囲を欺いているのだ。
シャズアはもう、勇者になれない現実を受け入れられず、周囲に逆恨みをするだけの幼稚な男ではない。目的のためなら自分の感情を切り捨てられる、狼のように狡猾な男になってしまった。
最初からそうだったのか、それとも何か転機があったのか、それは分からない。分からないが、シャズアが危険な男であるのは、アウラの中では揺るぎない事実だ。
「決定的な証拠を掴むまでは、きっと何を言っても逆効果だ。それでも、私が何とかするしかない……!」
どれだけ完璧に本性を隠せようと、最初から全てを知っている者には無意味である。つまり、シャズアの企みを阻止できるのはアウラだけなのだ。
しかしそれは、アウラの考えているような本性を、シャズアが本当に隠していればの話だ。
自分だけが転生者だと思い込んでいるアウラでは、シャズアも転生者だという可能性が少しも浮かばないのは当然である。
そしてそれは、シャズアも同様であった。
同じ境遇だからか、それとも似た者同士なのか、2人が辿り着いた結論は同じだった。
「シャズアの本性を暴いて、告発する……!」
「アウラの本性を暴いて、告発する……!」
互いが同じことを考えているとは夢にも思わず、シャズアとアウラはそう誓った。




