サムライにござるっ!
「待て」
ヲルビダさんがこちらの世界にやってきてから幾日、いつもの登校中、その声が拙者たちの足を止めたのでござった。
桜が散り新緑の葉桜を横目に見ながら振り向くと、そこに、誰かが立っていたのでござる。
風が揺れるその先にいたその人物は・・・
まるで・・・・物語の主人公のようでござった。
赤黒い髪に、切れ目な目、そして、全てを射抜くようなその瞳。散り終わった桜の花びらが敷き詰められた道をこちらに向かって歩くその様は・・・・、なんだか、新たな物語の始まりを予感させる。
ゆっくりと歩きながら何かに手を添える・・・・それは刀。
静かに引き抜いたそれは、妖しく世界を映していた。
「悪魔は・・・討伐対象だ。」
拙者はハッとなった。
ふっとヲルビダさんの方を向く。
しかしその悪魔、全くもって普段と変わらない声音で、
「どうやら・・・敵のようですね。」
無表情にそう言うのでござった。
「どうして、ヲルビダさんのことが・・・?」
「おそらく、私のマナに気づくものがいたのでしょう。」
知らぬ間に、ヲルビダさんの手には、両刃のついたバカでかい斧が握られている。それは、相手の刀とは対照的にどす黒く、鈍く輝いていた。それは芸術として飾られるような優雅なものではなく、多くの命を吸った狂乱に輝く処刑道具だった。
「ご主人様、危ないので・・・どうか下がっていてください。」
拙者は不安になった。
「ヲルビダさん・・・」
「分かっております。人を殺めることは、この世界ではいたしません。」
ブオンと一振り。
彼女の起こした旋風が、彼女のスカートを少しはためかせる。
その瞳には、自分の負けなどみじんも感じさせない、圧倒的な覇を漂わせていた(まあ、いつもの無表情ではあったけど・・・)。
そう、その時になって初めて、目の前のそれが悪魔なのだと・・・そう、正真正銘の悪魔であるのだと、拙者は認識させられたのでござる。
男は、静かにヲルビダさんの間合いに近づいてくる。
懐に手を入れ、お札のようなものを取り出そうとするのだけど・・・
「人よけの必要はありません。」
ヲルビダさんは、それを遮り・・・
「・・・・なに?」
淡々とこう言う
「あなたを組み伏せるのに、5秒もいりませんので。」
それはきっと、きっと傲慢でもなく、威嚇でもなかった。その悪魔の目は・・・どこまでも・・・無でござった。
相手の体から、ただならぬ殺気がほとばしる。
静かな静かな殺気、それだけでも相手もまたただものではないことが分かってしまう。
拙者にできるのは、ただ緊張でつばを飲み込むだけ。
しかしながらそんな相手でさえもしらけた目で、目の前の悪魔は眺めるのみ。殺意どころかやる気すら全くない。まるで、敵を敵としてみていないかのような・・・。
男はかがみこみ、手を刀に添える。居合の型を作ったかと思うと、
その瞬間、目をカッと開き
修羅にも届く気合を込めて、必殺の一閃を放つ。コンマ数秒を研ぎに研ぎすめた刹那のまたその刹那、彼の刀がヲルビダさんの首筋に迫る。
10人いれば、間違いなく10人が命を落とすであろう、彼の人生全てで砥いできたその太刀筋はしかし・・・
――ガキャン――
たったそんな一音で、
すべて、薙ぎ払われてしまった。
――常人に見えたのは――
驚きに目を見開くあの少年と、
いつの間にか、折れて壁に突き刺さっている刀の一部と、
さもつまらなさそうに、その惨状を眺める一匹の悪魔だけ。
間違いなく立ちふさがった少年は、かなりの使い手であるはずだった。彼自身今まで敗北など知らなかった。ただ・・・、力量だとか技術だとか、修練だとか、才能だとか、きっとそんなものがまったくもって虚しくなるくらい・・・・・・・・・
その悪魔は飛びぬけて強かったのだ。
ヲルビダさんは、戦闘が始まってから終わるまで、表情一つ変えていない。驕ることもなく、嘲笑するでもなく・・・ただただ、どうでもよさそうに
「10年、20年磨いた程度の刃で・・・」
こう言うのだ・・・・
「あなたは一体何を切ろうとしていたのですか?」
「・・・・!」
男は驚きに目を見開きながら、悔しさも浮かんでこないほどの完全な敗北に打ちひしがれている。
ヲルビダさんは拙者の方にくるりと向き直ると、
「ご主人様、行きましょうか?」
まるで、何事もなかったかのようにそう言ってくるのだった。
――続く――