HRにござるっ!
――その仕草に――
「皆さま、初めまして」
―その瞳に―
「ヲルビダ タクト クレイドラと申します。」
――その一言に――
すべての者が心奪われていた。
有史以来、その教室がこれほどまでに沸き立っていたのは、おそらく初めてのことであったでござろう。といっても、大きな声でにぎわっていたというわけでは、ないようで・・教室にいるすべてのものが・・・ただただ、見とれていたのでござる。
もし仮に、世界三大美女なるものが再編されたとするのであるならば、その者、間違いなくランクインすることだろう。
今日、家を出て、このホームルームが始まるまでの、この瞬間まで、彼女を見て振り返らないものはなかった。
春の主役である桜を置いてけぼりにして、彼女は世界の注目を独り占めにしていた。
笑顔もなく、ただつまらなさそうに世界を眺めていた彼女は、それでも、この世界の主役であるようなのでござった。
まて、どうしていきなり昨日会ったばかりの悪魔が拙者と一緒に学校に登校してるんだ!なんてツッコミが、どこからか聞こえてきそうな気がするのでござるが、それはこれ、そもそもライトノベルなのだから、そんなものだろってことで、納得していただきたいのでござる。
まぁ、拙者が学校に行ってくると言ったら、何も言わずにこの悪魔、どこからともなく取り出してきた学校指定の制服をサラッと着て、しれッとした表情で、コロッと拙者についてきたのでござる。なぜか知らない間にヲルビダさんは転校生という設定が出来上がっているでござるし、いやはやフィクションというのは、本当に都合の良いものでござるなっ!
まあ、ぶっちゃけ、全てヲルビダさんが魔法でごり押しした結果がこれなのだろうけど・・・
ただ、翼と額の角を隠した、皆の視線を一同に集めているその悪魔は、なぜかつまらなさそうな顔をしていて・・・。
その悪魔は、ただただ無表情だった。その瞳の中には、何物も宿してなどいない。
「ヲルビダさんは、海外生まれだそうなのだがな、先日日本にやってきたとかで・・・」
老齢を感じさせるクラスの担任の先生がしゃべっているのだけれど、皆にその声が届いているのかは、もしかしたら疑問の残るところだったかもしれない。
みんなが、壇上のその人に夢中だった。
「ヲルビダさんに質問はあるかね?」
一瞬シーンと静まり返る教室。お調子者のA君でさえも、ただただかたずをのんで見守っているあたり、その空気はやはりいつもと違っていたのかもしれない。
冗談でゴリおすには、その悪魔の持っている魅力は大きすぎて・・・
みんなが、ただただ、たたらを踏むのみで、近づく勇気がわかないのだ。
ただ、それでもA君にはA君なりのお調子者としてのプライドがあるのだろう、空元気いっぱいの勢いで手を挙げると、彼が先陣を切った。
「ハイッハイッ、外国の生まれだと言ってますが、どこの国出身なんですか?」
教室全体が、A君のなした所業を褒めたい気持ちでいっぱいになると同時に、この転校生がどのような返事を返すのか期待した面持ちでヲルビダさんを見るのだけど、
「・・・さあ。」
彼女は、ただ・・・そう返すのみ。
線香花火のような生徒に灯された灯は、瞬く間に消え失せて、そこには熱気のこもった葬式のような雰囲気が舞い戻った。
そんな中拙者(バンダナに眼鏡)はどうしていたかというと、窓の外に浮かぶ雲の中で、アニメのキャラに似た雲を探すのに、絶賛御執心中でござった(みんなも・・・やったこと・・・あるよね?)。
そんな俺をいつものように置いてけぼりにしながら、見とれてしまっている悪魔に、質問をしようとする勇者、ついぞ現れそうになく、彼女の目も、そんな教室内の誰かを向くことはなく、ただ一言・・・
「本当に・・・この世界は・・・・。」
担任の言葉を待つ前に、空いた机に向かって歩き出す。その途中、
拙者の横を通り過ぎる前に一瞬目が合う、彼女は寂しそうな眼をしていた。
もし、他の人がやったらハブにされること確定なその所業に対して、教室のみなは不快を感じるのも忘れて、ある者はほほを赤らめ、ある者は上の空になりながら、その人を見ていたのだった。
そして、その中心にいる悪魔は、否定も肯定もすることもなく、すとんと静かに席に着席する。
皆は聞こえたのだろうか、ヲルビダさんが最後に言ったこと、
本当に・・・この世界は・・・空っぽですね。
拙者は、その言葉に聞こえてないふりを決め込んで、ただただアニメのキャラ探しにまい進するのみだった。