第二話「ラブノウ秘史(ひし)イテ・フブキ伝(でん)」の四(セイラとチカの命拾い)
一方、ラブノウ城がはっきり見える平地に設けられた本陣。タンカに乗せられて本陣に帰ってきたパーラーを見て、心配そうに声をかける青髪の美人が一人。
「パーラー、いったいどうしたの?」
この美人こそが、くだんのウィメンズ・パーティー首領、サウンド・ビッグムーンその人である。大きな瞳に胸の辺りまである長い髪、ソングとサングよりは小さいが、高身長のスレンダー。そしてなぜか着ているのは日本の着物。
「ああ、サーちゃん。あたしたちにも詳細はわからないんだけど、森の中で、何者かに襲われたらしいんだ」
サウンドの言葉に答えたのは、やはり日本の着物の上に陣羽織を羽織ったサングだった。兜に隠れて見えなかった髪は赤くて、腰の辺りまである、かなりのロングだった。
「そんなことより、飯だ飯。とにかく、もう腹が減って、腹が減ってしょうがないんだよ」
そう言ったのはもちろんサング。こちらもやはり着物に陣羽織。双子のサングと同じ赤い髪だが、サングと違ってソングはショートカットだった。
この双子は顔がほとんど同じなので、区別がつくように、わざと髪の長さを変えているのだった。
もうだいたいお察しの通り、ソング、サング、パーラーの三人はウィメンズ・パーティーの武将である。
「そんな、ウーちゃん。パーラーがやられているのに、ご飯どころじゃないでしょう」
「ウーちゃんはやめてくれよ、サーちゃん。それにやられたと言っても、死んだわけじゃないんだから、飯ぐらい食わせてくれよ。おい、誰でもいいから、飯を持ってきてくれ」
「そう。生きてはいるのね」
「まだ意識は朦朧としているけどね」
サウンドの言葉に答えたのはサング。
「でも、パーラーがこんなんじゃあ、明日予定していた、ラブノウ城総攻撃は中止かなぁ」
「何? 総攻撃が中止だと」
あごに左手を当てながらのサングのつぶやきに、部下が持ってきたパンを頬張っていたソングが驚いて声をあげた。
「なんでだよ、サング。ラブノウ城なんかパーラーの部隊がいなくても、あたしたちの部隊だけで落とせるだろう。今日の戦、見ただろう? 敵はみんな逃げていくばかりで、誰も真面目に戦ってなかったじゃないか」
やはりパンを頬張りながら、妹に意見するソング。
「そりゃあ負け戦だとわかっている先鋒の部隊の兵士たちは死にたくないから逃げていくだろうよ。でもラブノウ城に残っている兵士たちは、そんな簡単に逃げないはずだよ。最後までラブノウ王国に殉じると決意した兵士たちを侮ると、痛い目を見るぞ」
「それでも、オレとお前が力を合わせれば負けるわけがない」
「いや、万が一にも負けたらここまでの苦労が水の泡。確実に勝てる状態になるまで待った方がいいって」
「そんな悠長なことを言っているうちに敵に援軍でも来たらどうするんだ、落とせるうちに落として、この戦いに決着をつけた方がいいに決まってる」
「でもやっぱり万が一ってことが……」
「あのー、お取り込み中のところすいません」
双子で顔がそっくりでも、性格は違うらしいソングとサングの議論が白熱している時に声をかけたのはパーラーの部下だった。その傍らには、制服を着た見知らぬ二人の人間が。
「なんだ急に。今、大事な話をしてるんだから話しかけるな!」
「いや、ちょっと待てよ、お姉。おい、お前。その二人はいったい何者だ」
ソングはパーラーの部下を無視して議論を続けようとしたが、姉と違って冷静なサングは部下の隣にいる見知らぬ人間のことを見逃さなかった。
「あの……あの……」
サングの言葉のせいで、周囲の注目を集めた、その二人の人間のうちのメガネをかけた女子は、わかりやすく動揺して、おどおどし始めた。そのメガネ女子の隣に立っていたのは見目麗しい、ベリーショートのイケメン女子だった。
「はぁ、この二人は進軍中に道の脇に倒れていたのですが、パーラー様の命によって、我々が助けたのです。しかし、そのぉ……」
「なんだ、はっきり言えよ」
言葉を濁すパーラーの部下に、イライラしながら続きを促したのはサング。
「あのぉ、どこから来たのか、なぜあんなところに倒れていたのか、いろいろたずねたのですが、要領を得ない回答ばかりでして」
「要領を得ないってどういうことだよ」
パーラーの部下と会話するのはサングだけで、ソングは自らの部下におかわりを要求して補充したパンを食べ続けながら、黙って話を聞いていた。
「そのぉ、二ホンとかいう、聞いたこともない国から来たって言うんですよ」
「二ホン?」
「そしてなんで道の脇に倒れていたのかとたずねてもわからないの一点張りで、それでどうにも怪しくて、パーラー様は保護するようにとおっしゃったのですが、どうにも敵のスパイとかなんじゃないかと思いまして」
「バカ……なんでソングとサングの前に、二人を連れてきたんだ」
そんな自らの部下を見てパーラーが横になったままつぶやいたが、その声はとても小さく、その場にいた誰にも聞き取られることはなかった。
「おい、お前たち」
そしてサングによる尋問が始まった。
「え? な……なんでしょう?」
サングの声に答えたのはおどおどしたメガネ女子。
「お前たち、名前はなんて言うんだ?」
「え? ふ、福原セイラです」
「益田チカ……」
そう、パーラーに保護されたのは、あの大地震が起きた時、たまたま防府天満宮の大階段にいたセイラとチカだったのである。そのせいで彼女たちも転移に巻き込まれて、ラブノウ王国に来てしまっていたのである。
おどおどして目が泳いでいるセイラに対し、チカは険しい表情を浮かべ、腕組みしていた。
「フクバラ・セイラにマスダ・チカ? 聞き慣れない名前だな。で、所属は?」
「しょ、所属って?」
「だから! お前たちはウィメンズ・パーティーの人間なのか、ラブノウ王国の人間なのか、それとも別の国なのか」
「だ、だから私たちは日本から……」
「そんな国は知らん!!」
「ヒィツ……」
サングの尋問に答えていたのは常にセイラの方で、突然、サングに怒鳴られて、情けない声をあげたのもセイラである。チカは険しい表情をしたまま黙っていた。
「まあ、着ている服からするにウィメンズ・パーティーの人間ではないようだな。そもそも、おい、お前。メガネじゃない方!」
「え? 私?」
突然、サングに話を振られたチカはクールな低い声でそう答えた。
「お前、男じゃないのか? もし男だったらただではおかぬぞ」
「な、な……」
サングにそう言われて驚いたチカは腕組みをやめた。
「私は男じゃない! 女だ!!」
そして大きな声を出して、自分が男であることを否定した。
「本当か? そんなに短い髪をして、低い声で、胸も小さい。あたしには男にしか見えないんだがな」
「失礼な! 私は女だ!! 断じて男じゃない!!! 胸が小さいとか失礼だろぉっ!!!!」
チカはそれまでのクールな態度が嘘のように激昂した。そんなチカに、パンを食べ終えて一息ついていたソングが近寄った。そして、おもむろにチカの股間に手を当てたまさぐった。
「ああ、サング。こいつたしかに女だよ。ついてないもん」
「な、な、な……」
突然、股間を触られてチカは赤面した。
「そうか。男じゃなかったのか。でも怪しいことに変わりはないな。このまま自由にさせておくわけにもいくまい。どこかに拘束しておくべきか」
「拘束!?」
サングの物騒な言葉を聞いて、素っ頓狂な声をあげたのはセイラ。
「拘束とかめんどくさい。疑わしきは殺しちまおうぜ」
「殺すぅ!?」
サング以上に物騒なことを言うソングのせいで、セイラはさらに大きな声をあげてしまった。
「ま、まったく、あなたたちは……殺すしか能がないんですか……」
そんな双子たちの言葉を聞いて、ついにしびれを切らしたパーラーが鼻の痛みを押して、起き上がった。タンカで運ばれているうちに甲冑と兜は脱がされたようで、やはり着物姿。髪はピンク色。声はかすれていて、無理をして起き上がったのは、誰の目にも明らかだった。
「パーラー、お前、生きてたのか」
そんなパーラーを見て、声をあげたのはソング。
「生きてますよ。それより、この二人を殺すなんてとんでもない。今のボクには詳しい説明をする力はありませんが、とにかく……この二人は……絶対生かしておかないといけません。拘束もダメです。怖がらせてはいけません。この二人に、自由を与えてあげてください」
「でも、こいつら怪しいし……」
パーラーの言葉に難色を示すサング。
「だからぁ……もしこの二人がスパイだったとして、ウィメンズ・パーティーに害をなすようなことがあれば、この二人の代わりにボクのことを殺してくれて構いませんから、とにかく、この二人のことはボクに任せてください。悪いようには、しませんからぁ……」
パーラーはそこまで言って、ついに限界を迎えたのか、再びタンカに倒れ込んだ。よほど無理をしたのか、横になると再びウーウーとうめき始めた。
「どうする?」
「どうするもこうするも、あたしたちのリーダーはサーちゃんだろ。サーちゃんに決めてもらえばいいじゃないか」
「え? わたし?」
この騒動に一切口出しせず、ただ傍観していただけのサウンドは突然、サングに話を振られて目を丸くした。
「え、ええと、何を決めればいいんだっけ」
サウンドはうつむきながら、ソングとサングの顔を交互にちらちら眺めながらそう言った。
「だから、この怪しい二人を生かすか殺すかだよ」
「ひえぇ、お願いですから殺さないでください、なんでもしますから、お願いします、お願いします」
サングの言葉についに恐怖が頂点に達したセイラは泣きながら命乞いを始めた。
「お願いします、殺さないでください、死にたくないです、私はまだ死にたくない!」
そしてセイラはついに土下座までして、命乞いを続けた。一方のチカは棒立ちのままだった。
「私は命乞いなんてしない。煮るなり焼くなり好きにしろ!」
「チカちゃん、なんてこと言うの!!」
そしてイケメン剣術女子らしく、かっこいいセリフを吐いたが、そのせいでセイラはついに号泣し始めてしまった。
「なぁ、こいつら絶対スパイじゃなくねぇ? こんなに泣くスパイ、いるわけないだろ……」
土下座しながら号泣するセイラを見て、ソングの態度が軟化した。
「わからないぞ。演技かもしれないし」
姉と違って、サングは疑い深かった。
「で、どうする? サーちゃん?」
ソングとサングにユニゾンでそう言われ、サウンドは困ってしまった。そしてきょろきょろと辺りを見渡して、三十秒ぐらい考えたのち、こう言った。
「あ、あのぉ、わたしたち、もうすぐ勝てそうなんだよね。この二人が仮にスパイだったとしても、絶対に逆転されないぐらいの決定的な差がついてるんだよね」
「そうだぞ。だから明日総攻撃してさっさとラブノウ城を落としてしまえばいいんだって」
「あ、お姉、その話とこの話は別だろ」
「と、とにかく、大勢に影響がないんだったら生かしておいてあげましょう。無益な殺生はよくないよ、こんな泣いて土下座してる女の子を殺したら、罰が当たっちゃうよ」
再び明日のことについて議論を始めようとしたソングとサングを止めるかのように、サウンドが会話に割って入って結論を出した。
「そうか。サーちゃんがそう決めたのなら、オレは文句がないよ」
そう言ったのはソング。
「まあ、サーちゃんがそう言うなら、生かしておいてやるよ」
そう言ったのはサング。
「よかった……」
タンカの上で、小さい声でそうつぶやいたのはパーラー。
「ほ、本当ですか! ありがとうございます! ありがとうございます!」
土下座をやめて立ち上がり、何度も何度も感謝の言葉を述べるセイラ。
「フン!」
険しい表情で、再び腕組みを始めるチカ。
「たしかパーラーがこの子たちの面倒を見るとかなんとか言ってたわよね。パーラー、この子たちはあなたに預けるわ。よろしくね」
サウンドにそう言われたパーラーはタンカの上でうめきながら、二回ほどうなずいた。
「で、明日のことなんだけど……」
「ああー、眠い。明日のことはまた明日考えようぜ」
サングが明日のラブノウ城総攻撃のことに話題を戻そうとしたが、ソングは眠気を訴えてそれを拒否した。
「お姉……」
「オレはもう寝る。お休み、サング」
そう言って、ソングは呆れるサングを無視して、寝泊まりしているテントへ向かって歩き始めた。
「私たちも寝よっか、サング」
「そうだな、サーちゃん……」
そして、サウンドとサングも同じテントへと消えた。
残されたパーラーは部下たちによって、三人とは違うテントに運ばれ、その際にパーラーが指示したことにより、セイラとチカたちもテントへと案内されて、ウィメンズ・パーティーの本陣は静かになった。
本陣の上空には大きな満月が輝いていた。