第二話「ラブノウ秘史(ひし)イテ・フブキ伝(でん)」の三(キレるロリババア)
「さすがミズキ。相変わらず朗読上手ね。聞き惚れたわ」
拍手をしながら妹を誉めたのは、姉のアカリである。
「ほら、良い朗読だったでしょ。あなたたちも拍手しなさいよ」
「は、はぁ……」
アカリにそう言われてはサトシとナナも拍手をせざるを得なかった。
やがてハーフも拍手をし出し、四人に拍手をされたミズキははにかみながら、分厚いラブノウ秘史を閉じて、元々座っていたアカリの隣の椅子に再び座った。
座ってもなお続く四人の拍手に、ミズキはとても恥ずかしそうな表情をして、下を向いていた。そして拍手が終わったあと、しばらく続いた沈黙。
「で、これを聞いてどうしろと……」
沈黙を破ったのはサトシ。
「どうしろって、作れるんでしょ?」
ニコニコ笑いながら、サトシに答えたのはハーフ。
「は?」
「お二人は作れるんでしょ? ラウバウタウのロインバルタンドを」
「え?」
ハーフに笑顔でそう言われたものだから、サトシは戸惑ってしまった。「ラウバウタウのロインバルタンド」なんてものは、今までの人生で一度も見たこともなければ聞いたこともない。
「いやいやいや、作れるわけないでしょう、ていうか、そのラウなんとかのなんとかかんたらなんて聞いたことないし」
サトシはあわててハーフの言葉を否定した。
「そうなのですか? あなた方の住む二ホンという国ではごくごく一般的な兵器であり、誰でも気軽に作れる物なのだと思っていたのですが……」
「いやいやいや、気軽に作れる兵器なんてないから。そもそも今の日本で、一般人が兵器なんか作ったら、まず間違いなく逮捕だわ」
「そうなのですか? それはちょっと、困りましたね……」
「困ってるのはこっちですよ。突然、こんなところに連れてこられて、なんだか意味のわからないことをああだこうだと聞かされて」
ハーフに無理難題を言われて、ついにサトシの心の堤防が決壊したようだった。椅子から立ち上がり、次から次に出てくる文句の数々。
「晩飯は蕎麦だけだし、子供には偉そうな口聞かれるし、挙句の果てには、見たことも聞いたこともないものを作って、国を救えだのなんだの。なぜに見ず知らずの人の住む国を救うために俺が命を懸けなきゃいけないってんだ、冗談じゃないよ、コンチクショー。今すぐ元の世界に返してくれよ」
「うーん、まあ元の世界に帰る方法がないわけでもないのですが」
怒気のこもった早口でまくし立てるサトシを見ても、ハーフは冷静だった。
「それだったら、今すぐに元の世界に……」
「ちょっと待って。さっき、子供って言ったわよねぇ。子供って誰のことよ」
冷静じゃないのはアカリの方だった。
「誰って、お前のことに決まってるだろう、金髪! ちっちゃい体して偉そうにああだこうだと言ってきやがって、生意気なんだよ! お前、いくつだ! 俺は十五だぞ! 少しは年上を敬え!!」
「失礼ね!! 私は二十八っちゃいよ!!」
サトシの無礼な言葉に怒ったアカリはテーブルを両手で激しく叩きながら立ち上がり、サトシに向かって大きな声をあげた。
「に、二十八っちゃい?」
「そうよ! たしかに体はちっちゃいけど、あなたより十三歳も年上よ!! 年上は敬え!? ハッ、それはこっちのセリフよ!!! ふざけんじゃないわよ!!!! このクソガキがあああああああああっ!!!!!」
アカリの豹変に戸惑ったサトシに追い打ちをかけるかのようにアカリが大声でまくし立てた。
「お、お姉ちゃん、落ち着いて。お客様に失礼だよ」
「サトシも落ち着きなさいよ。いきなり見知らぬところに連れてこられて、不安になる気持ちはわかるけど、今日会ったばかりの人とケンカしたらダメでしょう」
アカリをなだめたのはミズキ、サトシをなだめたのはナナだった。
しかし、サトシはすでに怒りを忘れていた。今のサトシの心を支配していたのは怒りよりも驚きだった。目の前にいる、小学校高学年にしか見えない、金髪の幼女が、二十八歳だなんて。大人だなんて。成人女性だなんて。
「ロ、ロリババア……」
「誰がババアか! てめえ!! 表出るろぉいっ!!!」
サトシの不意のつぶやきに、ついに本気でキレてしまったアカリは巻き舌でサトシを挑発し、今にも飛びかからんばかりの勢いで、テーブルの上に、前のめりになっていた。
「お、お姉ちゃん、ホントに落ち着いて。ハーフ様の前だよ」
「うるさい! ババアと言われて黙っておれるかぁっ!! 一発殴らないと気がすまない!!!」
「落ち着きなさい。アカリ」
「で、でも、ハーフ様。あいつが私のことをババアと言って愚弄してくるから」
「落ち着きなさい」
「は、はい、すいません」
妹になだめられてもキレるのをやめなかったアカリだが、ハーフになだめられると即座に落ち着きを取り戻し、再び椅子に座った。
しかし、目の前のサトシのことは決して見ずに、そっぽを向いていた。そしてわかりやすく大きな声で「フン!」と言って、すねていた。
「サトシ。まだ若い女の人にババアとか言うなんて失礼でしょ、謝りなさいよ」
ナナはやはり椅子に座りなおしたサトシの脇腹を右手で小突いて謝罪するように促した。
「いや、ババアじゃなくて、ロリババアって言ったんであって、決してババアとは……」
「まだ言うか! 貴様ぁぁぁぁぁっ!!!」
「アカリ」
「すいません、ハーフ様」
サトシの言葉に再び激昂しかけたアカリだが、ハーフに名前を呼ばれただけで、すぐに大人しくなった。
「ほら、サトシも謝りなさいよ」
「こ、この度は突然ババアなどという無礼な言葉を使ってしまって、大変申し訳ありませんでした。今後は二度と使わないので、どうか平にご容赦くださいませ」
ナナに謝罪するよう迫られ、サトシは渋々ながらも謝罪した。わざと丁寧な口調で謝罪したのは不満の表れであるが、それはアカリには伝わらなかったようだった。
「フン! まあ、いいわ。今回はハーフ様に免じて許してあげる。でも、今度言ったらどうなるかわかってるわよね。命はないと思ってちょうだい。だいたい私が子供だったら、バンブー家の家宰なんて務まるわけがないじゃない、私は立派な大人よ、ホントにもう……」
謝罪の言葉を聞いたアカリは腕組みしながら、上から目線で物を言った。
「アカリ。伝説騎士殿を殺すんじゃない……」
「あ、申し訳ありません、ハーフ様。私ったら、つい取り乱しちゃって。オホホ、オホホ」
アカリはハーフに何か言われるとすぐ大人しくなるようだった。さっきまで怒っていたのに、今は左手を口に当てて笑っている。
「まったく。本当に怖い女なんだから、君は……それはさておき、伝説騎士殿」
「だから伝説騎士じゃないって、何も作れないって」
ハーフの言葉にサトシは即座にツッコミを入れた。
「まあ、君たちが伝説騎士かどうかはこの際、どうでもよろしい」
「いいんかい」
「とにかく君たちの召還に成功したのは事実なのだから、明日女王陛下に会っていただけないでしょうか?」
「女王陛下?」
「そう。ラブノウ王国の現在の国王である、ジュレナ女王陛下にぜひ会っていただきたい」
「ジュレナ女王陛下?」
「そうです、ジュレナ女王陛下です」
「はぁ……ジュレナって、アイドルみたいな名前ですね」
「アイドル? アイドルとはなんのことですか?」
「なんでもないです」
「そんな、もったいぶらずに教えてくださいよ」
「言ってもわからないと思いますよ」
「そんなこと言わずに……」
サトシはめんどくさい、言ってもどうせわからないと思って答えずにいたが、どうにもこのハーフというおじさんは好奇心旺盛のようだった。このおじさんは本当に宰相なんだろうか? 政治家というよりは学者といった方が正しいんじゃないかとサトシは思った。
「まあ、アイドルというのは、俺たちの世界に存在する、歌って踊る職業のことで……」
「なるほど、踊り子のことを二ホンではアイドルというのですね。勉強になります」
「ま、それでいっか」
ハーフの圧に敗れたサトシはアイドルのことを簡易に説明した。ハーフの「踊り子」という表現は間違っているような気もするが、めんどくさいので直さずにおいた。
「って、そんな話はどうでもよくて」
「いいんかい」
「明日、ジュレナ女王陛下に会っていただけますよね」
「はぁ、イヤだって言ってもどうせ連れて行くんでしょ……」
サトシはもう諦めていた。バンブー家の人たちはどうにも自分たちの都合ばかり優先して、サトシたちの気持ちなどまったく考えてはくれない。
客間には窓が見当たらず、外はまったく見えなかったが、もう夜は更けているのだろう。疲れて眠くなっていたサトシはもう抵抗するのをやめることにした。
「まあ別に強制するつもりはありませんが、会っていただけると助かります」
「はいはい、会います、会います、会いますから、お願いです。もう休ませてください」
「おお、これは私としたことが。そうですよね。突然、このような場所に連れてこられてお疲れでしょう。今日のところはこれで解散といたしましょう。アカリ、ミズキ。二人を寝室へご案内してあげなさい」
「かしこまりました、ハーフ様」
サトシの投げやりな言葉を聞いたハーフはまたしても大げさな手ぶりと言葉で、アカリとミズキに指示を出した。サトシは長い話がようやく終わったことに安堵して、椅子に座りながら、深いため息をついた。






