第二話「ラブノウ秘史(ひし)イテ・フブキ伝(でん)」の二(イテ・フブキ伝の朗読)
「そ、そんな急に伝説騎士とか言われても、私たち普通の高校生ですし……」
「コーコーセー? コーコーセーとはなんですか? 知らない言葉です」
久々に口を開いたナナだったが、ハーフにそう言われて、またしても黙ってしまった。
「まあ、それは置いといて。突然、伝説騎士などと言われても困るのは事実です。なぜなら俺たちの住んでいる今の日本はとても平和な国であって、俺も、こちらにいるナナも、武術の一つの心得もないのです」
「え? サトシは剣術の心得があるんじゃあ……」
「その話は今しなくてもいいんだよ!」
ナナの言葉をサトシは大きな声でさえぎった。ナナの言葉がサトシの何かに触れたのか、サトシは思わず椅子から立ち上がってしまっていた。
そんなサトシを見て、サトシ以外の四人は驚きの表情を浮かべていた。
「とにかく……」
「これは私としたことが、とんだ失礼をしてしまいました」
あわてて椅子に座り直し、何か言おうとしたサトシの言葉を、大げさな手ぶりと言葉でさえぎったのはハーフだった。それはまるで、有名なクイズ番組の司会者のようだった。
「自分が名乗るばかりで、お二人の名前を聞いてなかった。これは本当に失礼をいたしました。どうぞ、平にご容赦ください」
そう言ってハーフは椅子に座ったまま、サトシに頭を下げた。
「あ、いえ、それは別にどうでもいいんですけど。俺、言ってませんでしたっけ?名前」
「うかがっていない」
「そうでしたか。それはこちらこそ失礼しました。俺の名前は池川サトシって言います。そしてこちらは……」
「国司ナナです」
サトシはほとんどしゃべらないナナの代わりに、ナナのことを紹介しようとしたが、ナナはそんなサトシの気づかいを知ってか知らずか、自ら名乗った。
「イケガワ・サトシさんに、クニシ・ナナさんですか。よい名前ですね」
「はぁ、そうですか……」
「あ、あら、いけない。そう言えば私もまだ名乗っていなかったわね」
サトシとナナの自己紹介を聞いて、あわててそう言ったのはアカリだった。
「そっかぁ、名前を言ってなかったから心開いてくれなかったのね。そんな簡単なことにも気づかなかったなんて、私ったら、本当にもう、どうかしてたわ。ごめんなさいね、お二人さん」
アカリはそう言うと、改めてサトシの方に向き直り、今さらながら自己紹介を始めた。
「私の名前はアカリ・ウィルソン。バンブー家の家宰よ」
「アカリ・ウィルソン? 日系人か何か?」
「カサイ? カサイって何? サトシ」
アカリの自己紹介を聞いて、サトシとナナはほぼ同時にしゃべった。そのせいでふたりのしゃべったことは相殺されてしまい、誰にも二人が何を言っていたのか聞き取れなかった。
「ほら、ミズキ。あなたも自己紹介しなさい」
だからアカリは二人の言ったことを無視して、自分の後ろに立っていたミズキに自己紹介をするよう促した。
「あ、私はミズキ・ウィルソンです。アカリお姉ちゃんの妹で、バンブー家で、いろいろと雑用をやっています」
「ミズキ・ウィルソン……」
なぜ外国風の名字の異世界の女性に、現代日本風の名前が名づけられているのか、サトシにはその理由がわからなかったが、バンブー邸の人たちはどんどん話を進めていって、サトシに質問するスキを与えてくれなかった。
「いつまでも食堂でお話するのもあれですし、客間にご案内いたしましょう」
ハーフがそう言って、立ち上がって、その客間とやらに向かって歩き始めたので、アカリも立ち上がってそれに続いた。
「何してるのよ? 早くついてきなさいよ、伝説騎士のお二人さん」
「私がご案内しますよ。こちらへどうぞ。あ、お荷物お持ちしますよ」
「いえ、大丈夫です」
アカリとミズキにほぼ同時に促されたものだから、サトシとナナはミズキのあとに続いて客間に向かって歩き始めるしかなかった。その時にミズキはサトシが手に持っている二人分の学生カバンを持とうとしたが、まだ心を許していないサトシはミズキに預けないで、自分で持って歩いた。
食堂を出る時に振り返ったサトシは、どこかから現れたバンブー家の召使いだか、家政婦だか、とにかく中年の女性二人が、サトシたち四人が食べ終えたどんぶりを片付けるところを目撃した。
「さ、ここが客間ですよ」
ハーフにそう言われて通された客間は、やはり広い屋敷だからか、そこそこの距離を歩かされて、ようやくたどり着いた。
食堂よりは狭い客間にはやはり木製の大きなテーブルと、それを囲むように木製の椅子が十脚ほど置いてあって、サトシは正直思った。「食堂とあんまり変わらないじゃないか」と。
しかし、依然として思ったことを口に出せるような雰囲気ではなく、食堂と同じように上座にハーフ、ハーフから見て、左側にサトシとナナ。右側にアカリとミズキが座った。
ミズキは自らが座る前、サトシとナナに「何か飲み物でも持ってきましょうか?」と言ったが、食事直後の二人がそれを断ったので、大人しくアカリの隣に座ったのだった。
「ええと……どこまでお話ししましたっけね?」
「はぁ、イテ・フブキがどうとか、ヤスシ王がどうとか、その辺りまで聞きましたけど」
ハーフに問われて、サトシがそう答えた。
「そう、イテ・フブキとヤスシ王ですね。このイテ・フブキというのが謎の人物でしてね。長いこと架空の人物ではないかと思われていたのです」
「架空の人物?」
「ええ。なぜならばイテ・フブキのことが書かれているのは、私の先祖である、ラブノウ七星の一人、初代ハーフ・バンブーが書いたとされる『ラブノウ秘史』のみで、ラブノウ王国の正史である『ラブノウ書』にはイテ・フブキのことはまったく書かれていないのです」
「ふむ」
「だからラブノウ王国の歴史家の間では長いことイテ・フブキは伝説上の架空の人物であり、実在していないとされていました。ところが、近年、イテ・フブキの実在が証明されたのです」
「どうしてですか?」
「墓が見つかったのです。架空の人物だとされていたはずのイテ・フブキの墓がね」
「墓?」
「ええ、そうです。あなたたちが降下してきた森。あれがイテ・フブキの墓だったのです」
「森? 降下? どういうことですか?」
森に降下してきた時には気を失っていて、気がついた時には馬車に乗せられていたサトシがそう言うのは当然のことだった。
「ああ、あなた方は降下してきた時の記憶はないのですね」
「あなたたちは覚えていないのかもしれないけど、私ははっきり覚えてるわよ。今日は晴れていて、雲一つなかったのに、突然、空が曇って、その雲に穴が開いて、そこからあなたたち二人がゆっくりゆっくり降りてきたのよ。あれは神秘的な光景だったわね」
「そうして森に降りてきたお二人を、私が馬車にお乗せして、バンブー邸へお連れしたというわけです」
「ラブノウ秘史によれば、イテ・フブキも雲の隙間から降下してきたそうです。それがお二人が伝説騎士である何よりの証拠だと、私は思うのですよ」
「そうなんですか」
ハーフたちの言葉に相槌を打ったり、返事をしたりするのはサトシだけで、ナナはずっと黙って話を聞いていた。ナナには難しい話で、ついていけないのかもしれない。
「それでどこまでお話しましたっけ。森の話のあたりですか。先代のラブノウ国王が、その森を切り開いて、新しい建物を建てようとした時に、森の中に何やら大きな建物が見つかりまして、先代の命を受けた私が調査いたしましたところ、イテ・フブキの墓誌や、イテ・フブキ自身が書いたと思われるメモやらなんやら、いろいろ見つかりましてね、それでイテ・フブキの実在が証明され、長年続いた論争が決着したのです」
「はぁ……」
「イテ・フブキが実在していることが確認されたものですから、ヤスシ王の遺言も真実であると思いまして、それでその遺言通りに召喚を実行して、現れたのがお二人というわけですよ」
「そうなんですか。そんないきなりあれやこれやと言われても、俺には何がなんやらさっぱりわけがわからないですけれども……」
突然、イテ・フブキなる、まったく見たことも聞いたこともない男の話を長々とされて、サトシは正直イライラし始めていた。
「そうですか。それならばお聞かせいたしましょう、『ラブノウ秘史イテ・フブキ伝』を」
「出番よ、ミズキ」
「うん、わかったよ、お姉ちゃん」
上流階級の方々はそんなサトシの感情に気づきもしないのか、勝手にどんどん話を進めていった。
一旦、客間を出て行ったミズキが再び客間に戻ってきた時、その手には分厚い本が一冊。千ページぐらいはありそうな、重たそうな本だったが、ミズキは左手だけで軽々と持っていた。
「『イテ・フブキは本人の言によれば、我々の住む世界とは異なる文化を持つ二ホンなる国からやってきて、スリーリバー王国のヤスシ王に仕えた男である』」
そして、ハーフの後ろに立って、分厚い本のページをめくり、突然、朗読をし始めた。
「『イテ・フブキがヤスシ王に仕え始めたのは、ヤスシ王がジエンド王国女王ナオミに大敗を喫し、反攻に転じる力をたくわえるために、各地を流浪していた時のことだった』」
「ちょ、ちょっと待って。その分厚い本をすべて、今から朗読するっていうんですか。そしたら朝になっちゃうんじゃあ……」
「え? ああ、大丈夫ですよ。たしかにラブノウ秘史はとても分厚い本ですが、イテ・フブキ伝はその一部分のごくごくわずかでしかありません。すぐに読み終わりますよ。ミズキ、続けなさい」
長くなることを懸念したサトシがあわてて朗読を止めようとしたが、ハーフは「ラブノウ秘史イテ・フブキ伝」の朗読を続けるようミズキに指示した。
「はい。『流浪の地で、ジエンド王国を滅ぼすための作戦を考えるために散歩をしていたヤスシ王は、それまで晴れていた空が突然曇ったのを見て、不思議に思い、空を眺めた。その雲の隙間から降下してきたのが、イテ・フブキである。突然、空から降ってきたイテ・フブキを見て、重臣たちの大半は気味悪がったが、ヤスシ王はイテ・フブキのことを大変気に入り、手厚く保護、官位まで与えて家来の一人とした』」
ミズキの朗読は決して棒読みではなく、大変に感情がこもっていて、それはまるで朗読劇のようだった。当初は聞くのを渋っていたサトシも、気がついた時にはミズキの朗読に真剣に耳を傾けていた。
「『イテ・フブキは自らを西暦三千年の二ホンからやってきた人間であると称し、二ホンという国を聞いたことのない重臣たちはヤスシ王に、イテ・フブキはヤスシ王を惑わすために邪神が送り込んできた悪魔であるとして、イテ・フブキを排除するよう進言したが、ヤスシ王のイテ・フブキへの寵愛は変わることがなかった。それどころか、どうすればジエンド王国を打倒することができるのか、イテ・フブキに相談するほどだった』」
ミズキは左手だけで分厚い本を持ち、話に合わせて、右手を上に下に動かしながら、朗読を続けた。その指揮者のような手の動きをまじえながらの朗読は、サトシをますます夢中にさせた。
「『相談されたイテ・フブキは、数でジエンド王国に負けているのであれば、兵器の威力で勝てばよい、自分に任せてくれれば、ジエンド王国などは一瞬で崩壊させることができると豪語し、重臣たちはますます眉をひそめたが、ヤスシ王は自分のもとにいる職人の大半をイテ・フブキに預け、イテ・フブキが新兵器を開発するのを待った。イテ・フブキは夜も寝ずに働き続け、一ヶ月後に新兵器ラウバウタウのロインバルタンドを完成させた』」
「ラウバウタウ?」
知らない言葉を聞いて、サトシは思わずつぶやいてしまったが、朗読に集中している、他の四人には聞こえなかったのか、ミズキの朗読はまだまだ続いた。
「『イテ・フブキの開発したラウバウタウのロインバルタンドは大変に強力な兵器であり、イテ・フブキが自ら操ったラウバウタウのロインバルタンドはジエンド王国の名だたる猛将たちを一瞬のうちに地獄へと送り込んだ。イテ・フブキとラウバウタウのロインバルタンドの大活躍により、ジエンド王国女王ナオミは自害に追い込まれ、とうとうヤスシ王は戦乱の時代に決着をつけ、新たなる王国ラブノウ王国を建国することに成功した』」
「そうだったのね」
ミズキの朗読を聞いて、そうつぶやいたのはアカリだった。アカリはラブノウ秘史イテ・フブキ伝を読んだことがないらしい。
「『ラブノウ王国建国に多大なる貢献をしたイテ・フブキをヤスシ王は重臣の一人に加えようとしたが、イテ・フブキはそれを固辞し、またイテ・フブキは官職をも辞して、在野の人間となった。それ以降のイテ・フブキがどのような人生を過ごし、どのような最期を迎えたのかは不明であるが、イテ・フブキはラウバウタウのロインバルタンド開発により、ラブノウ王国建国の最大の貢献者となった男である。ゆえにイテ・フブキはラブノウ王国建国に貢献した七人の重臣のことを指す、ラブノウ七星の一人に数えられることとなった』」
ミズキの朗読はそこで終わった。