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伝説騎士リベルタード  作者: ハイパーユリカ
第一部「ウィメンズ・パーティーの乱」
6/95

第二話「ラブノウ秘史(ひし)イテ・フブキ伝(でん)」の一(夕食は蕎麦)

エピグラフ

臣安萬侶言しんやすまろもうす。それ、混元こんげんすでりて、気象未だあらわれず。名も無くわざも無し。誰れかその形を知らむ」(古事記の序文より)


第一話のあらすじ

パーラー「森の中で見知らぬ大女にぶん殴られたボクは鼻骨を骨折しました……」

「ただいま帰りました、ハーフ様。ハーフ様のおっしゃる通り、曇った空の隙間から、イテ・フブキの墓に降下してきた人間を無事に連れ帰って参りましたわ」


 それまで散々偉ぶっていたアカリが、屋敷の玄関で出迎えた男には丁寧な口調で話しかけた。さっき駕籠かきを小突いた時とは違い、とても穏やかな表情をしていた。


「うん、空が突然曇ったのはこの屋敷からでも見えていたよ。伝説騎士を無事に確保できてよかった。これで、我がラブノウ王国も安泰だな」

「あの……」

「ああ、これは失礼。自己紹介がまだでしたね。私はラブノウ王国宰相のハーフ・バンブーです。玄関先で長話もなんですし、もう夜です。どうです?一緒に食事をしませんか。詳しいお話はそこでいたしますので」

「はぁ……」


 いまだ事情を呑み込めていないサトシが何か言おうとしたが、宰相と名乗るハーフはそれをさえぎって、サトシとナナの二人を、自ら食堂へと案内するために歩き出した。サトシとナナはそんなハーフについていくしかなかった。そんな二人に続いて、アカリも当たり前のように食堂の方へ歩いていった。


 外観から想像はついたことだが、バンブー邸はとても広く、食堂もとても広かった。二人が通っている高校の学食並みの広さだった。

 そんな広い食堂の中央に置いてある楕円形の巨大な木製テーブルの上座にあたる位置に置いてあった木製の椅子にハーフが当然のように座り、ハーフから見て左側の、ハーフに近い方の椅子にサトシが座り、サトシの左隣の椅子にナナが座った。アカリはハーフから見て右側、サトシの向かいの椅子に座った。


「しばらくお待ちください。間もなく料理が出てくるはずですから」

「はぁ……」


 ハーフはにこやかに話しかけたが、いまだに事情を把握していない、サトシとナナは生返事をするぐらいしかできなかった。


「ごめんなさい、ハーフ様。この二人、どうも人見知りみたいで、馬車の中でも全然しゃべらなくて困ってしまったんですよ。私からあれこれ話しかけたけど、全然心開いてくれなくて、ホントに困ったもんですよ」


 そんな二人の代わりにしゃべったのはアカリだった。両手を膝の上に置いて、小首をかしげていた。


「フッ、まあ無理もない。突然見ず知らずの場所に連れてこられては誰だって不安になるだろう。それよりアカリ、伝説騎士のお二人に無礼な振る舞いはしていないだろうね」

「え?そ、そんなことするわけがないじゃないですか。ハーフ様は私をなんだと思っていらっしゃるんですか?」

「君は怖い女じゃないか。だから二人は君のことを恐れて、萎縮いしゅくしてしまっているのではないのかな?」

「そ、そんなことありませんって。私は怖い女なんかじゃありませんよ。ハーフ様は私のことを誤解してらっしゃいます」

「ハハハハハ」


 サトシは目の前でおじさんと幼女が楽しそうに話しているのを見て、正直引いていた。このおじさん。イケメンなのにロリコンなのかな、と思わずにはいられなかったが、そんなことを口に出せるわけもなかった。

 相変わらずサトシとナナの二人が黙りこくっているうちに、料理が運ばれてきた。


「どうぞ」


 そう言ってサトシの前に料理の入ったどんぶりを、優しく微笑みながら置いてくれたのは、いつの間にか屋敷の中に戻っていたらしいミズキだった。


「どうも……どんぶり?」

 屋敷の雰囲気からして当然西洋料理、それもフランス料理のフルコースが出てくると思っていたサトシは目の前に置かれたどんぶりを見て、肩透かしを食らったような気分だった。


「そ、蕎麦そば……」


 どんぶりの中身を見たサトシはさらに驚くことになった。目の前に置かれた料理は西洋料理どころか、日本料理の蕎麦だったのだ。それも肉蕎麦。もちろん、サトシ以外の三人の目の前に置かれたのも肉蕎麦。


「蕎麦はお嫌いでしたか? あなたたちの住む世界では大変に有名な料理だと聞きましたが」

「あ、いえ、別に嫌いではありませんし、たしかに有名ではありますが、まさか、こんな西洋風のお屋敷で蕎麦が出てくるとは思っていなかったもので……」

「セーヨーフー?」

「あ、いえ、なんでもないです」


 思わぬ蕎麦の登場は図らずもサトシの口を滑らかにした。蕎麦はサトシの好物だったのだ。好物を見て、思わず声を出してしまったことにより、初めてまともにハーフと会話をすることができた。


「いただいても、よろしいですか?」

「どうぞ、召し上がれ」


 なんだかんだでお腹が空いていたサトシは、蕎麦から立ち上がる湯気を見て、つゆから漂う醤油の匂いを嗅いで、我慢し切れず、蕎麦を食べようとした。が、箸がなかった。


「あのぉ、箸は?」

「ハシ? なんですか? それは?」

「いや、箸は蕎麦を食べる時に必要なもので……」

「それならばそちらにフォークが置いてありませんか?」

「フォーク? フォークで蕎麦をお食べになる?」

「あなた方の世界では違うのですか?」

「ええ、我々の世界では箸と呼ばれる木でできた棒で蕎麦を食べるのが普通なのですが、この世界にはないのですか?」

「ありませんね。しかしあなた方の世界ではそういう物があるのですねぇ。大変興味深い」

「あなた方の世界、ねぇ……」


 ハーフの言葉に引っかかるものを感じつつも、箸がないことを知ったサトシは諦めて、フォークで蕎麦を食べることにした。フォークで蕎麦を食べるのは生まれて初めての経験。


「食べるの?」

「食べないでどうする。せっかく出してもらった料理を食べないのは失礼にあたるだろう」


 久しぶりに口を開いたナナに返事をしてから、サトシは蕎麦をフォークで口に運んだ。その蕎麦は、とても美味だった。


「う、うまい!」


 一口食べてその蕎麦の味に魅了されたサトシは、お腹が空いていたこともあり、猛烈な勢いで蕎麦を食べ始めた。もはやフォークで蕎麦を食べていることは気にならなかった。


「そうですか。それはよかった。じゃあアカリ。私たちもいただくとしようか。そちらのお嬢さんも、遠慮せずに、どうぞお食べください」

「は、はぁ、それじゃあ……」


 ハーフに言われてナナもようやく蕎麦を食べ始めたが、当然サトシのように勢いよく食べることはなく、ゆっくり食べた。ナナは蕎麦のことは好きでも嫌いでもなかった。ナナが食べ始めたのを見て、ハーフとアカリもフォークで蕎麦をすすり始めた。


「うん、うまい。蕎麦の風味が濃厚。このつゆも絶妙な味付けでうまい。そしてこの上に乗っかっている牛肉がまたうまい。何もかもうまい」


 サトシはテレビのレポーターのような感想を言いつつ、蕎麦を食べ続け、あっという間に完食してしまった。麺の一本、つゆの一滴も残しはしなかった。


「ハハハハハ。そんなに早食いしてしまうほどおいしかったのですね。何より何より。あとでシェフのことを褒めておきましょう」

「シェフ? 蕎麦なのにシェフ?」


 頭の中に疑問符を浮かべながらつぶやいたサトシは、蕎麦の次にどんなおいしい料理が出てくるのだろうかと待ちわびていたが、蕎麦以外の料理が出てくることはなく、やがて他の三人も蕎麦を完食し、ミズキがやってきてどんぶりを下げてしまった。サトシの向かいに座っているアカリはナプキンで口元を丁寧に吹いている。もう食事の時間は終了したらしい。


「え? 料理って、蕎麦だけですか?」

「足りませんか?」

「い、いえ、足りないということはないのですが……」

「お若いお二人には物足りない量かもしれませんが、ご容赦ください。今のラブノウ王国では、客人に振る舞うのは蕎麦だけで精一杯なのですよ」

「はぁ……」

「本当は食事の時にお話ししようと思ったのですが、あなたがあまりにもおいしそうに蕎麦をお食べになるものだから、最後まで食べ終えるのを待ってからお話ししようと思いましてね」

「はぁ……」


 しゃべっているのは男二人だけで、女二人は黙って、しゃべる二人のことを見つめていた。


「とは言え、何から話していいのやら。話さなければならないことがたくさんありますからね……」

「ハーフ様。まずは私からお話しさせていただきます」

「おお、そうか。それではよろしく頼むよ、アカリ」

「かしこまりました。ハーフ様」

 アカリはそう言うと、それまで見ていたハーフの方から、向かいに座っているサトシの方へと向き直り、サトシの目を見つめながら、話を始めた。


「まず、この世界があなたたちのいる世界と違う世界だということ。それはわかっているわよね」

「まあ、なんとなく察しはついているけれども……」

「あなたたちの住む世界はたしか『二ホン』とか言うんだっけ? 『ニッポン』だっけ?」

「はぁ、世界というか、俺たちが住んでいた国の名前が日本にほんですけど。読み方は別にどっちでもよくて……」

「そうなの? まあ、そんな細かいことはどうでもいいわ。私たちのいるこの世界はラブノウ王国という国で、そのラブノウ王国は……お恥ずかしい話ながら……大ピンチなの」

「大ピンチ?」


 サトシは戸惑った。目の前で、大人の口調、大人の声、真剣な表情でしゃべっているのは幼女なのだ。幼女が「お恥ずかしい話」だのなんだの言って口ごもっている。正直、滑稽こっけいだった。しかし、笑うわけにもいかないので、無表情を貫いた。


「元々ラブノウ王国は、ジエンド王国と、スリーリバー王国という二つの国に分かれていて、スリーリバー王国のヤスシ王が二つの王国を統一してできたのがラブノウ王国なんだけど、そのジエンド王国の末裔まつえいと称するサウンド・ビッグムーンという女が率いる反乱軍……なんて言ったっけ? たしか、ウィ、ウィ……」

「ウィメンズ・パーティー」

「そう、ウィメンズ・パーティー」


 言葉に詰まって左手をおでこに当てて考え始めたアカリに助け舟を出したのは、いつの間にかアカリの後ろに立っていたミズキだった。


「そのウィメンズ・パーティーに加担する謀反人むほんにんがどうにも多くて、ラブノウ王国は領地の大半をウィメンズ・パーティーに奪われてしまったの。はっきり言って、もうラブノウじょうの周り以外はすべてウィメンズ・パーティーの手に落ちてしまっているのよ」

「今日もウィメンズ・パーティーとラブノウ王国との間で戦闘がありましたが、戦果は芳しくなかったようです。ありていに言ってしまえば、我がラブノウ王国は滅亡寸前です。だから食料を確保するのも一苦労。客人に蕎麦しか出すことができないのです。アカリ、ありがとう。ここからは私が話すよ」

「どういたしまして」


 アカリに続いて、話し始めたのはハーフだった。


「私は文官であり、戦闘に関わることはできません。だからと言って、このままラブノウ王国が滅びるのを手をこまねいて見ていることもできません。そこで私にできることをしようと思いました。先人の知恵を借りるため、ラブノウ王国にある、ありとあらゆる古文書を読みふけったのです」

「はぁ……」


 サトシは自国が滅びそうなのに読書にふけるとは呑気なもんだと思ったが、口には出さずに話を聞き続けた。


「そしたらそこに書いてありました。『ヤスシ王が戦乱を制して、ラブノウ王国を建国することができたのは、第一はヤスシ王の人徳のなせる業であるが、第二は我々と異なる世界にある二ホンという国からやってきたイテ・フブキのおかげである』と。またヤスシ王の遺言も古文書に書かれていまして、こうありました。『私がラブノウ王国を建国できたのはイテ・フブキのおかげである。もし私の子孫が苦境に立たされたのであれば、私が異世界よりイテ・フブキを召喚した方法を書き残しておくゆえ、その方法を用いて、新たな伝説騎士を召還し、窮地を脱するがよい』 そしてその本に書かれていたことを実践した結果、現れたのがお二人というわけなのですよ」


 ハーフはここまで早口で語り上げると、サトシとナナの二人に微笑みかけた。二人の顔に浮かんでいるのは当然、戸惑いに満ちた表情だった。

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