第一話「悲劇の誕生(水曜の夕方、午後6時)」の四(ようこそ、バンブー邸へ)
「そろそろ着くわね」
馬車内の沈黙を破ったのはやはり幼女にしか見えないアカリだった。
アカリの言葉を聞いたサトシが窓の外を見ると、それまで何もなかった風景に、突然大きな塀が現れた。
またしばらくすると、巨大な屋敷と巨大な門が現れ、御者のミズキが門番に何やら話しかけたことで、その巨大な門が開き、馬車は巨大な屋敷の敷地内へと入っていった。
それと同時に門番のうちの一人が屋敷に向かって全力で走り始めるのをサトシは目撃した。
「ここが目的地なんですか?」
意識を取り戻してから、ほとんど話していなかったナナが、向かいに座っているアカリに話しかけた。
「そうよ。ここがラブノウ王国 宰相、ハーフ・バンブー様のお屋敷よ」
「ラブノウ王国? ハーフ・バンブー?」
サトシが疑問符でいっぱいの表情を浮かべてつぶやいた時、馬車がゆっくり停まり、ほどなくして、ナナの右隣にあったドアが開いた。開けたのはミズキ。
しかし、誰も馬車を降りない。
「降りないの?」
アカリにそう言われても、サトシとナナはお互いに顔を見合わせるだけで、すぐに外に出ようとはしなかった。
「ねえ、サトシ。ホントに降りていいのかな?」
不安げな表情を浮かべ、サトシに話しかけるナナ。
「わからない。でも馬車の中に立てこもるわけにもいかないし、降りるしかないんじゃないかな」
「もう、いちいちうるさいわね! さっさと降りなさいよ、さっさと!」
なぜか、なかなか馬車を降りようとしないサトシとナナにしびれを切らしたアカリが突然大きな声を出したものだから、サトシはイラっとした。
サトシは幼女に怒鳴られて喜ぶような性格ではなかった。突然怒鳴られたらカチンと来る、ごくごく普通の性格の男子だった。
「はいはい、わかりましたよ、降りりゃあいいんでしょう、降りりゃあ。ほら、ナナ、早く降りろ」
「う、うん……」
サトシはまずドアの近くに座っていたナナを外に出させて、アカリの隣に置いてあった自分とナナの学生カバンを両手に持ってから外に出た。
その時、車につながれている二頭の馬を見て、初めて自分が乗っていた車両が馬車であることに気づいた。そんなサトシに続いて、最後にアカリが下車した。
「それじゃあ、お姉ちゃん。私は馬車を車庫に入れてくるね。あとはよろしく」
三人の下車を見届けたミズキは再び御者台に乗り込み、二頭の馬に「お疲れ様、あと少しだから、頑張ってね」などど優しい声をかけ、馬のたてがみを右手で優しく撫でてから、馬車を発進させた。
残された三人の近くには大きな噴水があった。その噴水から、巨大な屋敷まではそれなりの距離があった。
「それにしても、広い屋敷だな」
サトシのつぶやき通り、屋敷の敷地は広大だった。
噴水の周りはレンガ造りの歩道だが、それ以外の場所はたいていが芝生広場であり、それは野球やサッカーが余裕でできそうなほどの大きさだった。
芝生広場の周りには大きな木が何本も植えてあり、また敷地内のあちこちにある花壇では、色とりどりのたくさんの花が咲き誇っていた。
そんな芝生広場の反対側に西洋風の巨大な屋敷が建っていた。
RPGやファンタジー系のアニメでよく見る感じの屋敷だったが、建築系の知識がまったくないサトシには、それがどういう名前の建築で、いつ頃の時代の建物なのかはさっぱりわからなかった。
ただなんとなく、中世ヨーロッパ風の建物だなと思うだけだった。
ちなみに、屋敷の周りにある木や花の名前もサトシにはまったくわからない。
「ったく、遅いわね。早く迎えに来なさいよ、チッ……」
サトシが自分の降り立った噴水の周辺をキョロキョロと見渡して、思索にふけっていたら、アカリがイライラしたような口調でそう言い、舌打ちまでした。
サトシが驚いてアカリを見ると、アカリは腕組みしながら、左足をリズミカルに動かし、レンガの歩道を踏みつけて、カツカツと音を鳴らしていた。
それはまるでハイハットを鳴らし続けるドラマーのようだった。
「アカリ様! お待たせして申し訳ございません」
そう言って、屋敷の方から噴水の近くにやってきたのは六人の男たち。
彼らが手にしていたのは駕籠だった。
そう、江戸時代の大名行列の時に殿様が乗っている、あの駕籠。
「遅いわよ! もっと早く迎えに来なさいよ!!」
アカリは大きな声で駕籠かきの男たちを叱りつけ、そのうちの一人の左肩を右手で小突いた。
「も、申し訳ございません、アカリ様。さあ、早く駕籠にお乗りください。そちらのお客人も、早く早く」
サトシは荒ぶる幼女を見て冷や冷やしたが、なぜか男たちは幼女に従順であり、アカリに怒られ、小突かれても反発する者は一人もいなかった。
サトシとナナがあっけに取られているうちにアカリはさっさと駕籠の中に乗り込み、サトシとナナも駕籠かきの男たちに、半強制的に駕籠に乗せられた。
そして駕籠は動き出したが、駕籠の中は狭く、また窓がついているわけでもないので、駕籠がどこへ向かっているのかはサトシとナナにはわからなかった。
「さあ、お降りください、お客人」
駕籠はすぐに目的地にたどり着いたらしく、サトシがあれやこれや考えるヒマもないまま、地面に降ろされ、出入口の扉が開かれた。
サトシがさっさと外に出ると、そこはさっきまで遠目に見えていた屋敷の玄関の前だった。
「この程度の距離も歩かずに駕籠に乗ったっていうのか……」
サトシは呆れて、ついぼやいてしまった。
もちろん噴水から屋敷までの正確な距離はわからない。しかし、遠目とは言え、見えているのだから、せいぜい数百メートル程度の距離のはずで、そんな何キロも離れているわけではないのだから、普通に歩いて行った方が早いはずである。
なのに歩かない。
「この幼女はいったい何者なんだ……」
サトシはすでに駕籠から降りていたアカリを見て、そうつぶやいた。
「さ、行くわよ、お二人さん」
そんなサトシのつぶやきが聞こえなかったのか、アカリは笑顔でサトシとナナの二人を手招きし、玄関の前に立った。
サトシとナナは無言でアカリの後ろに続いた。ナナは馬車から降りてからずっと黙っていて何も話していない。
そしてアカリは玄関の前に立ったまま、じっとしている。決して自分で玄関を開けたりはしない。
「アカリ様のお帰りー!」
駕籠かきの一人が大きな声を出すと、内開きの大きな木製のドアがギシギシと音を立てながら開いた。
開いたドアの向こうに立っていたのは、黒髪短髪にメガネをかけ、マントの着いた豪華な服を着用した、背の高い、細身でイケメンの中年男性だった。
「ようこそバンブー邸へ。伝説騎士のお二人殿」
その男は微笑みながらそう言って、サトシとナナの二人を屋敷の中に招き入れた。
次回予告
「何もわからないまま連れてこられた巨大な屋敷の玄関で、サトシとナナを出迎えたイケメンおじさんこそが、この屋敷の主にしてラブノウ王国宰相のハーフ・バンブーだった。
彼の口から語られた衝撃の事実『ラブノウ王国は反乱によって滅亡寸前』
そんなラブノウ王国を救うために召喚されたのがサトシとナナであり、二人こそが『伝説騎士』なのであるとハーフは言うのだが……
当然戸惑う二人にミズキが語り聞かせるラブノウ王国の建国史。ラブノウ王国建国に大きく貢献したとされる日本人イテ・フブキとはいったい何者なのか?
次回『伝説騎士リベルタード』第二話『ラブノウ秘史イテ・フブキ伝』
お楽しみに」